【完】皇太子殿下の夜の指南役になったら、見初められました。

112

文字の大きさ
6 / 14

6

しおりを挟む

 保養地から、陛下と共に王宮へ。父とは保養地で別れた。しばらくは会えない。父の言葉が心強かった。
 夏の盛りを過ぎた王宮は、朝晩は肌寒いくらいになるという。古い記憶を呼び戻そうとしても、昔から季節の移り変わりを気にせずに暮らしてきたマリアはどんなものか思い出せなかった。
 馬車が到着する。陛下はマリアの手を取った。マリアはにっこり微笑む。彼はふい、と顔を背けた。耳が赤かった。
 多くの臣下や使用人が出迎える中、馬車を降りる。彼らは見送りのときにはいなかった、親密そうな女の姿に驚きを隠せないようだった。マリアは笑顔を保ったまま、左右に陳列する貴族たちを盗み見する。顔を覚えておかないと、これからは彼らと対立したり協力したりしなければならない。
 ご令嬢も何人か姿があった。彼女らはマリアを見て扇子越しにひそひそ囁いている。未婚の新王の隣に、こんな年増がいたらさぞかし気分を害するだろう。
 陛下は臣下たちに脇目も振らず、さっさと中に入っていく。マリアの認識では、こういうときは彼らに出迎えご苦労とか、労りの言葉をかけるものだが、まるで居ないもののように無視して行ってしまった。
 陛下が声をかけないなら、臣下も話せない。これは異常なことだった。
 
 陛下の自室に入る。白の壁に金で縁取りされた広い部屋だった。窓枠も金。カーテンも金。目が痛くなりそうだ。
 着替えの為にやって来た使用人たちを一旦下がらせて、マリアは声をかけた。
「臣下たちに挨拶しなくてよろしかったのですか」
「必要ない」
「彼らはわざわざ陛下のお帰りを待っていたのですよ。言葉をかけるべきでは?」
「必要ない」
 二度同じ返答で、マリアは不審に思った。陛下は理由を話す気は無いらしい。上着を脱ごうとするので、マリアは手伝おうとする。
「貴女はそんなことしなくていい」
「召使いは下げてしまいましたから」
 と言っても、彼は身を引いた。拒絶と受け取って、手を下げた。
「ご無礼致しました」
 いや、と言ったきり彼は黙った。マリアは一つの取り決めを思い出して、声をかけた。
「ノア様」
「………」
「お休みされますか?」
「宰相に仕事を任せてきた。これから引き継ぎをする。貴女だけ休め」
 船と馬車の移動を経て、まだ政務をするという。若いとはいえ疲れはあるだろうに。
「ご無理なさらず」
 ノアは口元だけで笑うと、マリアの頬に手の甲を滑らせた。
「うるさい装飾の部屋だろ?」
「眩しいです」
「もともと父の居室だった。内装もそのまま。貴女の好きに変えるといい」
「そんなおこがましい真似、出来ません」
「私が許す」
 手が離れる。額に口づけが落とされて、マリアは目を細めた。
 

 一人残されて部屋で待っていると、なんと王太后からお呼びがかかった。マリアは直ぐに向かうと、彼女は寝起きらしく、夜着のままだった。胸元が開いていて、マリアは目のやり場に困った。
「驚いたわ」
 王太后は窓を一瞥してから、女官たちに着替えの支度をさせた。夜着が脱がされて新たな服をまとう。マリアは少し離れてその様子を見ていた。
「羽根を伸ばしてこいとは言ったけれど、貴女をつかまえ戻ってくるとはね」
「…王太后さまにおかれましては」
「挨拶は結構よ。私と貴女の仲じゃない。水くさいわ」
 マリアが女官として仕えていた頃と全く変わらない笑み。ノアの微笑みとは違って、妖艶さも感じられる自信に満ち溢れた豊かな笑みだった。
「あの子は貴女にぞっこん。この前の指南役も本当は別の女官だったのに、陛下は貴女がいいと言ったの。私を困らせたのは後にも先にもあの一回きり」
「どうして私のような者を…もったいないことでございます」
「本人に聞いて頂戴。…もういいわ。下がって」
 王太后は女官たちに言った。頭を下げたまま彼女らは部屋を下がっていく。最後の一人が扉を閉めると、王太后は鏡台の前に腰を下ろした。
「結ってくれる?昔みたいに」
 よく上手だと褒めてもらったのを思い出す。マリアは背中に立った。香油を手に取り髪になじませる。たっぷりとした金の髪に輝きが増す。それから櫛で丁寧に梳いていく。
「陛下は貴女をきさきにと望んでいたわ」
「私は年が年ですし、子が成せません」
「アルバートが継ぐわ」
 ノアと同じことを言われる。ノアの子に継がせたくないのだろうか。不思議だった。
 ノアの弟、アルバート。遅くに生まれた子で、まだ若干八歳だという。マリアが女官を辞めてからの子だから、面識は無かった。
 でも、と王太后は鏡を見つめた。
「これからの事を考えると、貴女は愛人の方がいいかもしれないわね」
「これから…ですか」
「聞いてない?我が国はこれから、セラフ教を国教にするの」
 王太后はさらりと言った。それがどれだけ重大なことか、マリアは直ぐには理解が追いつかなかった。
 今の国教はミルトン教。ほとんどの貴族がミルトン教を信仰している。マリアも勿論そうだ。
 セラフ教は王太后の実家が信仰している。王太后もかつては信者だったが、先王と婚姻するにあたりミルトン教に改宗していた。
「まだ触れ出していないけれど、薄々貴族たちは感づいてきている。勿論、反発は必至でしょうね」
「それは…とても危険なことでは?」
「仕方ないわ。教会が力を持ち始めている。王権をおびやかしかねない勢いだもの。代替わりした今、一気に改革を進めるチャンスなの」
 国教を変えることで、それまで庇護されて助長してきた教会の権威を失墜させようという算段らしい。
 マリアは自分の立場が分かってきた。王太后が愛人の方がいいと言った理由も。
 王の采配に貴族や教会は不満を持つ。その矢面に立てと言っているのだ。
「公妾として、陛下をお守りせよとのことなのですね」
 王太后は白い歯を見せた。
「──ふふ。その通りよ」
 
 自分がセラフ教を国教にするようにそそのかしたと思わせれば、王への不満をかわせる。
 王妃でなく公妾なのは、いざというとき切り捨てられるからだ。
「貴女を公式寵妃として扱うから、そのつもりでね」
「寵妃などと…あまり見目も良くないのに」
「本気で言ってるの?」
「え?」
 王太后は、はぁ、とわざとらしく大きなため息をついた。
 ちょうど髪が結い終わる。三つ編みを頭に巻き付けて、パールの髪留めでまとめ上げた。マリアが鏡で後ろ姿を見せると、とても喜ばれた。
「貴女が去ってから、色んな女官に髪を結わせたけれど、やっぱり貴女が一番上手だわ」
 少女のような笑顔。マリアもつられて笑う。
 化粧箱を開けようと触れたところで止められる。
「駄目。貴女は昔から化粧下手なんだから。自分でやったほうがましよ」
「これでもあの頃より上手になったのですが」
「てんで駄目ね。腕のいい女官を貸すから、王宮にいる間は決して自分でやらないでね」
 容赦なく言われてマリアは落ち込む。そんなに酷いだろうか。自分の顔を鏡でそっと覗き込む。よく分からなかった。
 


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

殿下、私以外の誰かを愛してください。

ハチワレ
恋愛
公爵令嬢ラブリーは、第一王子クロードを誰よりも愛していました。しかし、自分の愛が重すぎて殿下の負担になっている(と勘違いした)彼女は、愛する殿下を自由にするため、あえて「悪役令嬢」として振る舞い、円満に婚約破棄されるという前代未聞の計画を立てる。協力者として男爵令嬢ミリーを「ヒロイン役」に任命し、準備は整った。

永遠の十七歳なんて、呪いに決まってる

鷹 綾
恋愛
永遠の十七歳―― それは祝福ではなく、三百年続く“呪い”だった。 公には「名門イソファガス家の孫娘」として知られる少女キクコ。 だがその正体は、歴史の裏側で幾度も国を救ってきた不老の元聖女であり、 王家すら真実を知らぬ“生きた時代遺産”。 政治も権力も、面倒ごとは大嫌い。 紅茶と読書に囲まれた静かな余生(?)を望んでいたキクコだったが―― 魔王討伐後、王位継承問題に巻き込まれたことをきっかけに、 まさかの王位継承権十七位という事実が発覚する。 「……私が女王? 冗談じゃないわ」 回避策として動いたはずが、 誕生した新国王アルフェリットから、なぜか突然の求婚。 しかも彼は、 幼少期に命を救われた“恩人”がキクコであることを覚えていた―― 年を取らぬ姿のままで。 永遠に老いない少女と、 彼女の真実を問わず選んだ自分ファーストな若き王。 王妃になどなる気はない。 けれど、逃げ続けることももうできない。 これは、 歴史の影に生きてきた少女が、 はじめて「誰かの隣」を選ぶかもしれない物語。 ざまぁも陰謀も押し付けない。 それでも―― この国で一番、誰よりも“強い”のは彼女だった。

待ち伏せされた悪役令嬢、幼馴染み騎士団長と初恋をやり直す。

待鳥園子
恋愛
悪役令嬢クラウディア・エズモンドとして転生し、前世の記憶が婚約破棄の夜会数日前に戻った。 もう婚約破棄されることは避けられない。覚悟を決めて夜会が開催される大広間に向かう途中、騎士団長であるオルランド・フィンリーに呼び止められ……。

悲報!地味系令嬢、学園一のモテ男に「嘘の告白」をされる。

恋せよ恋
恋愛
「君のひたむきさに心打たれた」 学園の王子様、マーロン侯爵令息から突然の告白。 けれどそれは、退屈な優等生である彼が仕掛けた「罰ゲーム」だった。 ターゲットにされたのは、地味で貧乏な子爵令嬢・サブリナ。 彼女は震える声で告白を受け入れるが――眼鏡の奥の瞳は、冷徹に利益を計算していた。 (侯爵家の独占契約……手に入れたも同然だわ!) 実は、サブリナの正体は王都で話題の「エアハート商会」を率いる敏腕マネージャー。 「嘘の告白」をした男と、「嘘の快諾」をした女。 互いに利用し合うつもりが、いつの間にか本気に……? お互いの本性を隠したまま進む、腹黒×腹黒の騙し合いラブコメディ! 🔶登場人物・設定は筆者の創作によるものです。 🔶不快に感じられる表現がありましたらお詫び申し上げます。 🔶誤字脱字・文の調整は、投稿後にも随時行います。 🔶今後もこの世界観で物語を続けてまいります。 🔶 『エール📣』『いいね❤️』励みになります!

地味顔令嬢の私を「嘘の告白」で笑いものにするつもりですか? 結構です、なら本気で惚れさせてから逆にこっちが盛大に振ってあげます!

日々埋没。
恋愛
「お前が好きだ。この俺と付き合ってくれないか?」    学園のアイドル、マルスからの突然の告白。  憧れの人からの言葉に喜んだのも束の間、伯爵令嬢リーンベイルは偶然知ってしまう。それが退屈しのぎの「嘘の告白(ウソコク)」だったことを。 「あの地味顔令嬢が俺に釣り合うわけないだろ。ドッキリのプラカードでも用意しとくわ」  親友のミネルバと共に怒りに震える彼女は、復讐を決意する。まずは父の言いつけで隠していた「絶世の美貌」を解禁! 嘘の恋を「真実の恋(マジコク)」に変えさせ、最高のタイミングで彼を地獄へ突き落とす――。 「……今さら本気になった? 冗談はやめてください、これドッキリですよ?」

記憶を無くした、悪役令嬢マリーの奇跡の愛

三色団子
恋愛
豪奢な天蓋付きベッドの中だった。薬品の匂いと、微かに薔薇の香りが混ざり合う、慣れない空間。 ​「……ここは?」 ​か細く漏れた声は、まるで他人のもののようだった。喉が渇いてたまらない。 ​顔を上げようとすると、ずきりとした痛みが後頭部を襲い、思わず呻く。その拍子に、自分の指先に視線が落ちた。驚くほどきめ細やかで、手入れの行き届いた指。まるで象牙細工のように完璧だが、酷く見覚えがない。 ​私は一体、誰なのだろう?

下賜されまして ~戦場の餓鬼と呼ばれた軍人との甘い日々~

星森
恋愛
王宮から突然嫁がされた18歳の少女・ソフィアは、冷たい風の吹く屋敷へと降り立つ。迎えたのは、無愛想で人嫌いな騎士爵グラッド・エルグレイム。金貨の袋を渡され「好きにしろ」と言われた彼女は、侍女も使用人もいない屋敷で孤独な生活を始める。 王宮での優雅な日々とは一転、自分の髪を切り、服を整え、料理を学びながら、ソフィアは少しずつ「夫人」としての自立を模索していく。だが、辻馬車での盗難事件や料理の失敗、そして過労による倒れ込みなど、試練は次々と彼女を襲う。 そんな中、無口なグラッドの態度にも少しずつ変化が現れ始める。謝罪とも言えない金貨の袋、静かな気遣い、そして彼女の倒れた姿に見せた焦り。距離のあった二人の間に、わずかな波紋が広がっていく。 これは、王宮の寵姫から孤独な夫人へと変わる少女が、自らの手で居場所を築いていく物語。冷たい屋敷に灯る、静かな希望の光。 ⚠️本作はAIとの共同製作です。

P.S. 推し活に夢中ですので、返信は不要ですわ

汐瀬うに
恋愛
アルカナ学院に通う伯爵令嬢クラリスは、幼い頃から婚約者である第一王子アルベルトと共に過ごしてきた。しかし彼は言葉を尽くさず、想いはすれ違っていく。噂、距離、役割に心を閉ざしながらも、クラリスは自分の居場所を見つけて前へ進む。迎えたプロムの夜、ようやく言葉を選び、追いかけてきたアルベルトが告げたのは――遅すぎる本心だった。 ※こちらの作品はカクヨム・アルファポリス・小説家になろうに並行掲載しています。

処理中です...