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その後

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 ローズマリーと、それに関係した貴族たちが捕らえられ、獄に閉じ込められた。貴族たちがローズマリーをアーサーだと誤解していたと口を揃えて言うので、彼に罪が一気に集中した。

 罪に問われているのは、エリザベス王妃への虚偽の罪をきせた処刑未遂のみだ。
 アーサーとセシルの襲撃や、先王への毒殺の件は、事が事なだけに公にはされず、ローズマリー自体も何も吐かないため、膠着状態となっていた。

 アーサーは、腕を失った経緯や、何故、ダッカンにセシルを預け、ロベルト王から兵を借りてこの地に戻ってこられたのか、何も話さない。酷い苦労があったろうに、そんな素振りを全く見せない。話したくないのかもしれない。

 アーサーが戻って以来、エリザベスは熱を出し寝たきりとなっていた。ローズマリー関係のそういった話は全く彼の口からは聞かれず、エリザベスが聞いても万事うまく行っているから気にするなと言われ、見舞いにやって来たレオンに頼んでようやく教えてもらえた。

 水を入れた盥に布を浸す。レオンは布を絞ると、エリザベスの額に乗せた。

「ありがとう」

 礼を言うと少し微笑んで、すぐ近くの小椅子に座った。

義姉上あねうえに会う時間が無いって兄さん、凄くイライラしてましたよ」
「毎日会ってるのに」
「足りないんだって。政務の話しながら唐突に言い出すから流してるけど」
「それがいいわ。レオンはどう?そろそろ意中の人とか?」

 世間話のつもりだったがレオンは押し黙った。その深刻な顔にもしや、と体を動かす。

「良い人、いるの?」
「あ、いや。違うんです。あのー…き、気になる人が」
「まぁ、どんな人?」

 レオンは恥ずかしそうに拳を握りしめた。服を掴んでしわくちゃになる。

「……貴族じゃないんだ」

 絞り出すように言われ、エリザベスはごく普通に笑った。

「関係ないわ。貴方の心の赴くままにね」

 言い出すのに相当の決意をしたに違いない。レオンはあからさまにホッとした。

「誰にも言ってないんです。どうか内密に」
「もちろん。良い話を聞かせてありがとうございます。レオン、手を」

 レオンの手を掴んで少しだけ振る。

「頑張って。応援してるわ」
「…あの、女の人って、何が好きなの?」
「人それぞれですけど、花はどう?」
「花…うん…頑張ります」

 はにかんだ笑みが眩しい。エリザベスもつられて笑みを浮かべた。





 髪を梳き、香油を揉み込む。ほのかな匂いが立ち上る。よし、と言ったのはアーサーで、エリザベスの髪の手入れをしてくれていた。ここ毎日の日課となっている。

 エリザベスは鏡台に映る自分の顔を眺めながら、すっかり短くなった毛先をちょんとつまんだ。
 鏡にアーサーが映り込む。後ろに立っている彼は、同じように髪をつまんでくる。

「なかなか伸びないな」
 
 と大真面目に言うので、エリザベスは吹き出してしまった。

「何わらってる」
「陛下、髪は一日二日で伸びませんよ。前ぐらいまで伸びるには二年はかかるかと」
「そんなに?」
「しばらく公務にはカツラで凌ぎますから、お気になさらず」

 眉根を寄せたアーサーは、違う、と言う。この人は本当に黒髪が好きなのだから。惜しいと思っているのだろう。

「髪ぐらい、また伸びてきます。貴方の腕に比べたら、些末さまつなことです」
「リズはいつも腕のことを言う。気にするなと言ってるだろう」

 髪ぐらい、とエリザベスが思っているように、アーサーも腕くらい、と思っている。エリザベスからしたら腕の方が比重が明らかに上であるのだが、どうもその辺り、分かってくれない。口論にしたくないからエリザベスが折れる。

「──セシルは、いつ戻ってくるんですか?」

 アーサーは顔をパッと明るくした。息子の事となると彼は実に人間味のある、父親としての表情を見せる。

「使いは出しているから、そろそろダッカンを出発する頃だ。具体的な日数は分からないが、一週間以内には戻ってくるはずだ」
「ザーラさんの所でお世話になっているんでしょう?何かをお礼をしないといけませんね」
「没収されていた財産を返却してもらうように要請しておいた。いくらか上乗せした額も紛れ込ませておく手はずだから、向こうは断れない」

 何か思い出したのか、アーサーは笑みを深くする。

「セシルの奴、ザーラが『セシルの冒険』の作者だって知ったら俺を物語に出せって言うんだ」
「貴方を?」
「『父さまはかっこいいから出してあげて』だとさ」

 これにはエリザベスも思わず笑ってしまう。立ち上がってアーサーの手を取り、ベットに共に上がる。向かい合うように座ると、彼の手がエリザベスの首元に触れた。熱は引いているか、確かめているのだろう。
 エリザベスも手を伸ばして、彼の帯を締め直す。片手で何でも器用にこなしてはいるが、こういったことはどうしても片手では難しい。些細なことでも、アーサーの助けになりたかった。
 
「それで貴方は何か言ったのですか?」
「リズも出してくれって言った」
「やめてくださいよもう。親子して何言ってるんですか」
「言うだけならタダだろ」

 いくら世話になったとはいえ、没収された財産に色を付けて返却するよう取り付けたのだ。彼女が変に恩を感じて、物語に登場させようなどと思わないでいてくれると助かるのだが。

「陛下、このままお休みになりますか?」
「なんだその言い方」
「え?名前で呼んだほうがよかったですか?」
「それもあるが、なんだか使用人みたいな言い方で嫌だ」
 
 使用人みたいな?エリザベスにはよく分からなかった。

「なんと言ってほしいんですか?」
「可愛く言ってほしい」
「可愛く…アーサー、もう寝ましょうか」
「駄目だ。もっと違う言い方で」
「何と言ってほしいんですか」

 アーサーはニヤリと不敵に笑って、耳元で囁く。途端、エリザベスの顔は真っ赤になり、アーサーの頬に張り手を打った。



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