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空虚
しおりを挟むレオンは一人で帰ってきた。
エリザベスは自室で胸を突いた。
が、発見が早く一命を取り留めた。ベットに横たわりながら、死ぬなと言われているのだと、ぼんやりと思った。
ダッカンに向かったレオンだったが、アーサーとセシルを捕らえた事実はないし、襲撃などもってのほかと突き返されたという。
空振りだったのか、レオンが言うには嘘をついているとは思えなかったという。
何を聞いても何も考えられなかった。変装するローズマリーに抱きしめられても何も感じなかった。心は空虚だった。
ローズマリーは変装を続けた。政務にも携わり、レオンと宰相とでやり取りするのを毎日のように見た。彼女の完璧な変装は、ときおりレオンと宰相が本物だと勘違いするほどだった。エリザベスは一度だって彼女をアーサーだと思わなかった。
気遣ってか、ローズマリーは部屋に籠りがちなエリザベスを庭に連れ出した。手を引かれる。
「リズ」
と呼ばれる。本当の関係になるのは二人きりの時だけ。エリザベスは顔を向けた。
「どうされました?」
「ほら」
指差した方を見る。白薔薇だった。
「見事な白薔薇ですね」
「違う。ここだ」
茎に目をやる。そこには緑色の虫が登っていた。
「これが?」
「可愛いだろ」
思い出したくないのに思い出してしまう。昔、アーサーとこうやって話をした。奇しくもローズマリーはアーサーと同じことを言いだした。それが悔しくて悲しかった。
過去を塗り替えたくなくて、振り払うように首を振る。
「…冬なのにまだこんな虫がいるのですね」
「今年は暖かいからな。お陰でこうして庭も歩ける」
笑みを向けられるが、応える気になれない。エリザベスは頷くに留めた。
庭を歩くと目ざとく押しかけてくるのは、モラン侯爵夫人アンナと決まっている。
侍女を引き連れカーテシーの礼を取る彼女の足元には、小さな娘が立っていた。ニ歳になる娘は、不思議そうにこちらを見上げている。
アンナにローズマリーが声をかける。
「モラン侯爵夫人、今日は娘も一緒か」
「はい陛下。この寒さなら外に出してもよいかと思いまして。マリー、ご挨拶して」
「必要ない。それよりもその娘は疲れてるようだ。早く休ませてやれ」
ローズマリーの指摘で、やっと娘の状態に気づいたようだ。モラン公爵夫人は、取り繕うように笑みを深める。
「そ、そうですわね。そうさせていただきますわ」
アンナが目配せすると、侍女が娘を抱き上げた。娘がと目が合うと、エリザベスはとっさに目を逸らした。
アンナ一行が立ち去ると、ローズマリーは背中をさすってきた。
「無理するな」
何に対してか、とは聞かれずとも分かりきっていた。娘を見て、セシルを思い出さずにはいられなかった。
「無理をしておりません」
「彼女とはよく会うのか?」
「ええ。セシルと娘を結婚させたいようです」
「野心あふれる奴は嫌いじゃないが、あからさま過ぎると興醒めだな」
アーサーならそう言っただろう。本当に、憎らしいほどそっくりだ。
「…聞きそびれていましたが、貴女は未来が見えると、どうしてそんなことを言い出したのですかか」
ああ、とアーサーは顎を撫でる。
「ロベルト王のせいだ」
「せい?」
「ロベルト王のことは信用するな。アイツはローズマリー嬢の父親を謀反の疑いで処刑している。生き延びるために、彼女は未来が見えると嘘をつき投獄を逃れ、母上を頼った」
そんな経緯があったとは。そう言えば昔、どこかの貴族が謀反を起こしたとは聞いたことがあったが、それがローズマリーの家の話だとは知らなかった。
「ローズマリー嬢にとって母上は命の恩人だ。だから母上に忠義を尽くすんだろう」
自分のことを、まるで他人事のように話す。アーサーに扮しているのだから当然と言えば当然なのだが、エリザベスは違和感を感じた。
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