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手っ取り早い

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 急ごしらえの新王と新王妃。前回を経験しているだけあって、アーサーは、卒なくこなせたが、不慣れなエリザベスは度々、非難の対象となった。王妃教育を受けていたのは前回の数年のみ。仕方ないと諦めるわけにはいかない。
 エリザベスの為に教育係がついた。エリザベスは顔を引きつらせた。

「ロスシー公爵夫人…」

 丸眼鏡が特徴の、見るからに気難しそうなキツイ目をしている五十代の女性。先王の妹君だ。
 ほっそりした体格から想像できないほどの怒号が飛んでくる。そう、前回の王妃教育でも先生だったお方だ。見た目通り厳しい人で、間違えると容赦なく扇子が飛んでくる。何度泣かされたことか。エリザベスはもう今から泣きそうだった。

 背筋をしゃんと伸ばしたロスシー公爵夫人は、眼鏡をかけ直す。金縁の丸眼鏡が、彼女のトレードマークとも言えた。

「エリザベス王妃、前々から教育したいと思っておりましたの」
「……お手柔らかにお願いします」

 彼女が扇子を開く。エリザベスはビク、も後ずさった。

「もっと堂々となさい!天下のラジュリー王国の王妃ともあろうお方が、そのように怯えるなどあってはなりません!」
「す、すみません」
「背筋を伸ばしなさい!肩を落として胸を張りなさい!みっともないですよ!」
「は、はい」
「おどおどしない!」
「はい!」

 初手からこの有り様。かと言ってこの人の教えが間違っているとは決して思わない。教え方はともかく。エリザベスは必死に背筋を伸ばした。

 幸いにして、前の短な記憶により、王宮内でのしきたりや、暗黙の了解などは心得ていた。姿勢などの初歩的なことも熟知しているから、本来であれば公爵夫人に怒られるはずがない。単に前の事を思い出して、怯えているだけだ。ちゃんとしていれば、怒られないはず。

 公爵夫人を呼んだのには理由がある。
 王宮にはローズマリーがいる。

 彼女ほど王宮の主にふさわしい人間はいない。心得た社交でのやり取りはもちろんだが、何と言っても飛び抜けた容姿。嫌でも目を引いた。
 そこそこの見た目だと自覚しているエリザベスは、どうしても見劣りしてしまう。だからこそ、公爵夫人が呼ばれたのだ。

 公爵夫人はエリザベスの周りをぐるぐる歩くと、嘆くような大きなため息をついた。

「地味過ぎるわ」

 呟きが、本心から言われているのが分かって、いくら自覚しているからといっても傷つく。

「地味ねぇ。顔もパッとしないし、背もそんなに高くない、つくしのような細い体。どこをどう見ても地味だわ」
「自分が、よく分かっております…」
「うなだれない!王妃なら、いつでも胸を張りなさい!」

 ビシッと指をさされエリザベスは背筋を伸ばす。急に怒鳴ってくるものだから心臓がどきどきする。早く終わらないものか。

「地味なのは生まれつきです。太れないのも体質です」
「言い訳するわけですね」
「本当のことを言っているだけです」

 自分で言っておいて悲しくなる。エリザベスは場の空気に呑まれないよう咳ばらいした。

「ロスシー公爵夫人。私は、正直に言いまして、ファッションセンスがありません」
「まぁそうですわね。その赤サンゴのイヤリングに緑のサテンのドレス。無難過ぎてつまらないですわね」
「…そういうわけで、ロスシー公爵夫人をお呼びしたんです」

 ロスシー公爵夫人は視線を上に向けた。考えるような素振りをして、エリザベスに近づく。

「女官ですね?」

 エリザベスは頷いた。

「私は伯爵家で王妃としては爵位が低く、女官を他家から選定し打診するだけの力もありません。それで王太后さまに女官を斡旋して貰いましたが…」
「どうりで」公爵夫人は扉を見やる。「女官の質が悪いと思いました」

 扉の向こうには女官が控えている。この部屋には二人しかいない。この話をするために、女官たちには外で控えるように言ってあった。

「お陰で私に被服の提案をしてくれる方がいません」
「私は王妃教育にと呼ばれたのですよ」
「しきたりなどは自身があります。でもドレスだけは、どうしても」

 王妃教育は表向き。これと言って友人もいないエリザベスには、他に頼る人がいなかった。

「公爵夫人には私の服を見繕って欲しいのです」
「見返りは?」
「望みは?」
「そうねぇ…離婚したいの。陛下に取り次いでくれる?」
「離婚、ですか」

 公爵夫人の夫。確か海軍の大佐だったはず。たとえ先王の妹でも、離婚自体が難しい。それでアーサーの力を借りたいのだろう。
 教会が認めた結婚。離婚とは、その教会の決定を覆すことになる。上手く事を運ばなければ、教会の王族に対する心証を悪くしかねない。

 公爵夫人も承知しているのだろう。こんなことを言った。

「離婚が難しいなら、夫を処刑して頂戴」
「しょ、処刑だなんで」
「手っ取り早いでしょ?寡婦となったら結婚しやすいもの」

 ほほ、と笑う。エリザベスは笑えなかった。  

 公爵夫人の発言は、嫌でも前の記憶を呼び覚ました。自分がかつて処刑されていたから、余計敏感に感じ取ってしまっている。

 ──まさかあの時、アーサーは離婚が出来ないから、私を処刑したのかしら。

 今のアーサーを知っているだけに、何故自分を処刑したのかの謎が深まる。夢であったらと思いたいが、処刑の生生しさは消えない。

 首に触れる。繋がっている。大丈夫。

「どうかなさいました?」

 公爵夫人の問いに、エリザベスは首を横に振った。





 アーサーに、ロスシー公爵夫人の離婚の話を切り出す。

「無理だな」

 と、彼は即答した。

 お互いに寝巻きに着替え終えて、後は寝るばかり。アーサーは先にベットで横になった。続いてエリザベスも潜り込む。

「離婚が難しいのはリズも知ってるだろ」
「だからアーサーに頼んだのでしょう。離婚が無理なら、処刑してくれとまで言われました」
「何の罪を着せる気なんだか」

 アーサーは肘をついて横向きにこちらを覗き込む。

「叔母上の旦那は交易商だ。東方にも船を出している。我が国の出資金でまぁまぁ稼いでくれたから、財政的にも大いに貢献してくれている」
「国としても、離婚されると困るのですね」
「あのワインの毒の特定も任せている。余計無理だな」

 先王の暗殺に使われた毒は、この一帯のどの毒とも違うと侍医は言っていた。だから東方にツテのあるロスシー公爵を頼ったということらしい。
 
「公爵夫人は、私を教育する見返りに離婚を求めてきました。どうしましょうか」
「適当な男を見繕って渡しておく」
「い、いいのですか?そんな解決方法で」
「叔母上の多情は今に始まったことじゃない。おおかた、今の恋人に離婚を急かされているんだろう。他の男に乗り換えたら、離婚と言っていたことなどすぐ忘れるだろう」
「処刑とまで言っていたのに」
「本気には思っちゃいないさ。昔っからああ言って周りを振り回すんだ。だが仕事はちゃんとこなす。そこだけは買っている」

 これで話は終わり、とばかりにエリザベスの肩を叩く。横向きに寝ろという指示で、アーサーに背を向ける。彼は背中からエリザベスを抱きしめる。
 大きな手がエリザベスの手を包む。
 アーサーの静かな呼吸に耳を澄ませて、エリザベスも眠りについた。

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