【完】前世で種を疑われて処刑されたので、今世では全力で回避します。

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お忍び3

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 ザーラの家を出る。エリザベスは大事に一冊の本を胸に抱いた。

「まさか献本していただけるとは思いませんでしたね」

 最新作、外伝の本を譲ってもらっただけでなく、サインまで貰ってしまった。一生の宝にしよう。

 アーサーもその本に目を落とす。

「ああ、まさかあんなに怒られるとは思わなかった」
「…貴方が産まれながらに皇太子なのは仕方ありませんが、身分の無い者を演じるのならば、もっと下手したてに出るべきでしたよ」
下手したてに出たつもりだったんだが」

 エリザベスは呆れると同時に、そうだろうなとも思った。アーサーが急に下々の者たちに気を遣ったりなんかしだしたら、明日は嵐だ。


 何はともあれ用事は済ませた。本当ならばこのまま帰るつもりだったが、別れ際、ザーラは変わったことを言い出した。

「そちらの方、占い師みたいですね。未来が予知出来るような、不思議な力」
「人生二回目なんでな」

 アーサーは隠しもせずに言った。信じないだろうと高をくくって言ったのだろう。

 だがザーラは口元を両手で覆って驚いた。

「まぁ…まぁ、私の知り合いにも、同じことをいう人がいるんです。なんでも自分は時を遡ったとかで、新王は五年後には外国へ逃亡するって言うんです。私は信じてなかったんですけど、夫は信じてビラを巻いて捕まってしまったんです」

 アーサーと顔を見合わせる。ザーラの発言は、アーサーが体験してきた記憶と一致する。ということは、その占い師も、同じ時を遡った人物なのではないか。

「その占い師に興味があるな。ぜひ会いたい。教えてくれ」
「構いませんよ。地図と紹介状を書きます。待っていてください」

 ザーラが奥へ引っ込む。待つ間、アーサーはしきりに頭を掻いていた。

 というわけで占い師の元へ向かう。ザーラの家よりも更に奥の区画。更に狭い路地で、浮浪者らしき人の姿もちらほら。少し緊張してアーサーと手を繋いで進んだ。

「これを言ったら君はまた怒るだろうが」
 と珍しくアーサーは前置きする。
「護衛は付いている。君が危険な目に遭うことは無い」
「護衛…いるのですね」

 二人だけだと思っていたエリザベスはほっとした。

「すまないな」
「謝るなんて珍しい」
「危険だとすら思わせたくなかったんだが、上手くいかないものだな」
「もしかして、下手したてに出てます?」
「バレたか」
「もう」

 アーサーの肩を叩く。すると腕が伸びてきて、エリザベスの肩を抱く。

「何ですか急に」
「拳が飛んできそうだから、先に抱きついて機嫌でも取っておこうかと」
「それで私が喜ぶとでも?」

 アーサーは両手を上げて離れた。くるりと背を向けると、一つの路地を指差した。

「あそこだ」

 一等暗い路地だった。足元もよく見えないような。ここまででも暗いと思っていたのに。何だか鼻につく臭いもする。何かの香のようだが、鼻が曲がりそうだ。

「怖いなら、護衛を呼ぶから待ってるか?」
「いいえ」
「手繋ぐか?」
「見くびらないで」
「さっきまで繋いでたのに」

 軽い調子のアーサーに、エリザベスは内心、怖いと思っていた気持ちが和らいだ。

 と思ったのも束の間、入ろうとする二人の前に、三人の男が立ち塞がる。
 三人とも身なりこそボロを纏っているが、アーサーよりも背が高く屈強そうな男たちだった。 

 アーサーはエリザベスを守るように前に出る。

「そこの占い師に用がある。通してもらおう」

 紹介状もある、とザーラに書いてもらった紙を指に挟んで見せた。

 男の一人がその紙をさっと取り、目を通す。男は紙を見せて指を差した。

「おいこの旅行者ってのは何だ」
「書いてあるとおりだ」
「お前ヤケに小奇麗な格好してるじゃねぇか。でけぇ態度も気に食わねぇ。もしかして貴族じゃないだろうな」

 アーサーは鼻で笑う。なぜそんなに人を小馬鹿にしたような態度を取るのが上手なのか。エリザベスはハラハラしながら見守った。

「馬鹿が。お貴族様がこんな所に来るか?どこからどう見ても庶民の格好してるだろ。どこ見てものを言ってるんだ」
「ああ?なんだと」
「この野郎!」
「待て待て!ブラウン夫人の紹介状だぞ。穏便に、な?」

 今にも殴りかからんとしていた男二人を一人が割り込んでなだめる。その冷静な一人のお陰で難を逃れたというのに、アーサーの顔は涼やかだ。
 なだめてくれたその人は、やれやれと頭を掻いた。

「なぁアーサーさんとやら、ラジュリーから来たようだが、俺たちの国の事情はよく分かってるだろ?それで俺たちも気が立ってるんだ。占い師の婆さんに用があるなら、俺たちの質問にちゃんと答えてくれ」

 アーサーが何かを話そうとする前に、エリザベスは手で覆って口を塞いだ。これ以上話をややこしくされてはかなわない。

「あの!私たち怪しいものじゃ無いんです!夫は世間知らずなんです!どうか許してやってください!」

 アーサーの頭を押さえて下げさせる。

「おいリズ」
「黙って!──本当に申し訳ありません!夫にはよく言い聞かせておきますから!」

 エリザベスも一緒になって頭を下げる。非礼を詫びるしか手はない。

 沈黙が落ちる。エリザベスは冷や汗をかいた。

「──あっはっはっ!」
「いやー面白いもん見させてもらったよ!」
「旦那の頭を掴むカミさんなんか、確かにお貴族様ではないわな!」

 三人が爆笑する。何とか乗り切れて、エリザベスは心底ホッとした。

「くくっ、やー分かったよ。美しい奥様に免じて、無礼な態度は許してやるぜ」
「だがな、質問には答えてもらう。素性の分からない奴らに婆さんは会わせられない」
「ラジュリーから何の用でここに来たんだ?」

 一転して友好的な態度になる三人に、エリザベスも答えようと口を開く。

「…はい、あの──」
「私は宮廷楽士だ。リュート弾きでな。こたびの戴冠式後の披露宴でわざわざこの国に来てやったんだ」

 ベラベラと嘘を並べるアーサーに、エリザベスは開いた口が塞がらなかった。

「げ、宮廷楽士かよ」
「だからデカい態度なんだな。納得したぜ」

 などと男たちが言い出したので、取り繕えてはいるらしい。

「リュート弾きならよ、一曲弾いてみろよ」

 と一人が言う。アーサーがリュートを弾くところなど見たことが無いし、王族が嗜むのはピアノと決まっている。そのピアノですら見たことがないのだから、到底弾けるとは思えなかった。

 男がどこかの家からリュートを持ってくる。

「ほらよ、汚ねぇのは仕方ないからな。文句言うなよ」
「何でもいいから弾いてみてくれよ。そしたら婆さんに会わせる」

 ずい、とリュートが差し出される。感情の無い顔で、アーサーは受け取った。まじまじとリュートを見つめる。さも初めて触りましたとでも言うような反応に、エリザベスはもう駄目だと思った。

 アーサーは男たちにリュートを見せる。

「おい、弦が切れてるぞ」
「そんくらい気にすんなよ」
「弾けるとこ見せてくれればいいんだ」
「…チッ、仕方ないな」

 悪態をつきながら、アーサーはぞんざいにリュートをつま弾きだした。


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