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お忍び1
しおりを挟む次の日、現れたアーサーの姿にエリザベスは目を疑った。
「ア、アーサー、なのですか…?」
言われた本人が、にっと笑う。間違いなくアーサーの笑い方だった。
「黒髪にしただけで分からなくなるとは、俺に対する君の思いは、その程度だったんだな」
「何故黒髪などに?かつらですか?」
さらりと流して問うと、アーサーは半目になった。
「その程度だったんだな」
「冗談すら乗れないつまらない女だと、貴方も知ってますでしょう。私を驚かせて満足でしょう?理由を教えてください」
「出かけたくて…金髪だと目立つから、かつらを被った」
眉とまつ毛は黒で塗ったという。徹底した変装だ。
「出かける?危ないですから、お忍びは無しだと話したじゃありませんか」
「ああだからこうして変装した」
「アーサー」
「悪いが、これはレオンの為なんだ」
「レオン様の?」
アーサーの弟、レオンを思い浮かべる。彼は小説を書くのが好きで、やがては小説家にと夢を抱いている。ダッカンへ向かう道すがら、アーサーからそういった話を聞き、実際に彼の書いた小説に目を通していた。
アーサーは懐に入れていた封筒を取り出した。
「レオンから、渡せたら渡しておいてくれと言われている」
「手紙、ですか」
「ファンレターだ」
「ファンレター…」
エリザベスは首をひねる。誰宛か見ようとする前に、アーサーは懐に戻した。
「どなたへのファンレターなのです?」
「行ってのお楽しみだ」
「私も行くのですか?」
「もちろん。危険な目には遭わせないと約束する。行こう」
アーサーの笑み。
──なんだか、黒髪になっただけなのに、笑顔に邪悪さが増しているような…?
「…昔から思っていたのですが、」
「ん?」
「貴方、笑った顔、怖いですよ」
アーサーは笑うのを止めた。自分の頬に手を当てる。
「怖い?言われたことない」
「皇太子殿下には言えませんよ」
「じゃあなんだ。いつも怖い怖い思いながら俺が笑った顔、見てたのか」
「もう慣れましたからへっちゃらですけど、今は黒髪でしょう?印象がまた変わってくるんです。王妃さまも同じように笑われます。やはり親子なんですね」
「心外だ」
と言って、アーサーは鏡台の手鏡を手に取った。取っ手のない丸い鏡で、手に収まる大きさだ。
鏡を見ながらアーサーは微笑む。そのままエリザベスに向けてくる。
「どうだ?怖いか?」
「いつもと変わってないです。もう少し、目元を柔らかく出来ませんか?」
大真面目に聞いてくるものだから、エリザベスも真面目に答える。指摘したからといって、早々に良い笑顔になるわけでもない。
指で目元を垂れ目にしているアーサーに、エリザベスも一緒になって顔を覗き込む。
「セシルに向ける顔は、とても優しい顔をしていらっしゃいますよ」
「セシルに…」
「セシルに会うと思えば、良い笑顔になるかと」
アーサーは少し動きを止めて、考え込む。それから手鏡を伏せて置いた。
「止めた。思えば、俺が平民に媚びる真似をするなど、あってはならないからな」
言い訳と開き直りをする。
エリザベスも指摘して直せるとも思えなかった。
「失言でした。お忘れください」
「いや、良い指摘だった。自分はなかなか客観視出来ないからな。参考にさせてもらう。他にもあるか?」
「いえ、特には」
「思い出したら教えてくれ。リズの衣装もある。着替えて、使用人用の出入り口から外に出よう」
着替えて街に繰り出す。馬車だと目立つから、街に入ってからは徒歩で向かった。
石造りの街並み。壁は漆喰でアイボリーの色をしている。狭い通路は影が落ちて、昼間でも薄暗い。治安が悪いと聞いていたが、今のところ浮浪者のような者はいない。整然としていて、道々は掃除されている。
前を歩く黒髪が見慣れない。変装の為に汚れた布を外套代わりに羽織っているが、生来の姿勢の良さから、あまり誤魔化せていないように見える。
アーサーは地図を片手に町中を進む。迷いなく行きついたのは、質素な木の扉だった。
「ここですか?」
「ああ。私だと怖がらせるだろうから、君が叩いてくれ」
根に持っているアーサーに代わって扉を叩く。もし、と声をかけると、ゆっくり扉が開いた。
薄く扉が開く。そこには、妙齢の女性が立っていた。
「どなた?」
と聞かれて、それが警戒するような口調だったので、エリザベスは少し気後れして名前だけを名乗った。
「何の用?」
これにもエリザベスは戸惑った。なんせ、よく分からないままここまで連れてこられたのだ。
「あ、えっと…」
「ザラ・ブラウンか?」
アーサーが問う。すると女性は用件も聞かずに扉を閉めようとした。が、閉まらない。
見ればアーサーが扉に足を挟んで阻止していた。
「足を退けて!」
女性が叫ぶ。なぜそんなに警戒するのか。不思議に思いながらも、エリザベスもアーサーの強硬な態度に止めようと入る。
「アーサー、あまり無理強いは…」
「この者が恐れているのは諜報員だ。我々はただの『セシルの冒険』のファンだ」
「え?」
一瞬、聞き間違いかとアーサーを見返す。セシルの冒険?
「──まさか、」
「彼女が『セシルの冒険』の作者だ」
アーサーが力任せに扉を開ける。開いた扉の向こうには、目を見開き立ち尽くす女性と、奥に人形を抱きしめた小さな女の子が立っていた。
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