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親愛なる叔父上
しおりを挟む戴冠式の日。快晴だった。式は王宮内で執り行われるから天気など関係ないのだが、やはり吉日には天気が良い方が良い。雲ひとつない見事な秋晴れだった。
出席するだけで、自分たちはこれといった役目もない。ただ招かれてここにいるだけで箔が付く。そういうものだ。
ダッカンの王が入場するまでの間、各国の王族は待機する。会場は王宮内に隣接する寺院だった。寺院内は柱一つなくだだっ広い。窓には教典になぞらえたステンドグラスが張り巡らされ、陽光に照らされ色付きが床に落ちる。
通路の左右にそれぞれ王族が座る席が設けられ、アーサーとエリザベスは寺院の奥、聖像が安置された祭壇がよく見える場所に通される。ダッカンの新王一家の次に近い席。間近で新王の戴冠が見られる絶好の場所だった。
「何故こんなに近い席なのですか?ダッカン国とは敵対国なのに」
「敵対国とはいえ、祖父の妹が嫁いでいる。先の皇帝一家暗殺の件で、身内が減ったから、繰り上げでここになった」
アーサーはこの日の為に軍服を着ている。紺色に金の飾緒、金のボタンがよく映えた。腰のベルトからサーベルを吊り下げている。髪を後ろに撫でつけた姿は、何か噂が立ってしまいそうなほど見栄え良かった。
エリザベスは白のドレスに赤のサッシュを左肩にかけている。女性は皆一様に同じ白のドレスと決まっていた。
アーサーの手が、エリザベスの耳たぶをつまむ。人差し指と親指でこするようにしてくるので、エリザベスはくすぐったくなって肘を叩いた。
「お止めになって」
「リズの黒髪には、パールが似合う」
何で引っ張ってくるのかと思ったら耳につけているパールを見るためだったらしい。エリザベスはアーサーの手を払いのけた。
「褒めたのに何で不機嫌になる」
「からかわれているように聞こえます。他の王族の方もいらっしゃるのに、止めてください」
名残惜しそうな顔をしてくるアーサーを無視する。彼が触れていたパールがよく見えるように髪を耳にかける。それからそっぽを向いた。
「──おやおや、仲の良いことで」
突然の声がけに、エリザベスとアーサーは振り向いた。席の隣には、壮年の男が立っていた。
「これはロベルト国王」
と言いながら、アーサーはサーベルに手を置いた。
「おいおい、ずいぶん敵意丸だしだな」
「コレが一番楽なんだ。王もそうすればいい。少しは足りない威厳が出るかもな」
「相変わらず生意気なガキだ。叔父上と慕ってくれたのがつい昨日のことのように思い出されるのに」
ガキ、などと一国の王か慣れた口調で言い放つ。
グレア国の国王、ロベルト一世。アーサーの母、マルガレーテ王妃の弟に当たる。
ロベルト王の登場に、エリザベスは礼を取ろうとして、アーサーに止められる。
「どうして」
「もう少し話す。礼はその後に」
エリザベスは戸惑った。話をする前にまず礼だろうに。混乱するなか、アーサーの言いつけを守って二人を見守る。
ロベルト王も、アーサーに顔立ちが似ている。年を重ねたらこんな顔になるのかもしれない。ただ違うのは、彼が銀髪だということ。
エリザベスは初めて銀髪の人に出会った。この世に存在することも知らなかった。
金と銀で並び立つと、異様な風格が漂う。そんな中、アーサーがサーベルから手を離す。
「ニセ金の件、わが国は痛手を受けた。そろそろ補填しろ」
「だから可愛い姪っ子をあげたろ。好きにしな」
「母上の手先をどう使えと?てっとり早く金貨を寄越せ」
「いやいや、ローズマリーは使える子だ。何たってグレア国の『巫女』をしていたからね」
聞いたこともない単語。アーサーは目を細めた。
「『ミコ』?何かの隠語か?」
「東方の言葉で『未来を見通す能力を持つ者』という意味だ。彼女は、この国の皇帝一家暗殺の事件も、姉上がニセ金事件で糾弾される未来も、全て予知してみせた。凄いだろ」
ロベルト王は、自らの実績だとでも言うように胸を張る。それよりも、おそらくアーサーも、同じことを頭の中で考えているはずだ。
──もしかしてローズマリーも、同じ時を遡った者?
背中を向けているアーサーは、ロベルト王と向き合っている。アーサーはロベルトの挑発とも取れる態度に、サーベルの柄を撫でた。
「予知?馬鹿か」
吐き捨てるように言うアーサーに、ロベルト王は大げさに肩をすくめる。
「だよねぇ」
と、ロベルト王も同意してみせる。くすくす笑い出したロベルト王に、今度はアーサーが肩をすくめた。
「くだらん妄言は聞き慣れてる。交渉する気が無いなら、ローズマリー嬢を返却する。邪魔だからな」
アーサーの発言は、エリザベスを驚かせた。エリザベスは彼女を嫌っているが、アーサーとローズマリー自体の関係は良好に見えた。そんなことを言い出すとは思っても見なかった。
「それは困る」と、ロベルト王。「ローズマリーはそちらの暮らしを気に入っているようだ。姪っ子の為にも、ひと肌脱ごうかな」
ロベルト王は、ぺら、と襟を広げてみせた。冗談めかせてから、視線がエリザベスに向けられる。
「やぁ奥方。お初にお目にかかる」
急に始まった挨拶に、エリザベスは慌ててカーテシーを取った。
「ロベルト国王陛下」
「陰気だとか聞いてたけど、可愛らしい娘じゃないか」
陰気。隣国にもエリザベスの散々な評価が届いているらしい。
「…お褒めいただき──」
「死ね」
聞き流そうとしたエリザベスに対し、アーサーが語気を強めて反抗する。
率直な言葉にエリザベスは冷や冷やしたか、ロベルト王は何故か顔を上げて笑い出した。
「あっはっはっ!弱点があからさま過ぎる。そんなんで王座に座れるかな?」
「決闘してやってもいいんだぞ」
「お断りさせてもらおう。…失礼したね夫人。非礼を許してくれ。私とアーサーは国の関係上、敵対してはいるが、実は軽口を言い合うくらいには仲が良いんだ。君とも仲良くしたいな。よろしく」
手を差し出される。握手を求められてエリザベスも差し出す。ロベルト王と握手するのを、アーサーはあからさまに嫌な顔をした。
「少しは取り繕ったら?」
ロベルト王は苦笑しながらアーサーにも握手を求める。アーサーは嫌な顔のまま、手を握った。
「ロベルト叔父上」
「久しいなアーサー。良き夫君には良き細君が似合う。お似合いの二人だ。結婚おめでとう」
「…気持ち悪いな」
「酷くない?」
手が離れる。サーベルにはもう手を置かず、ただ下ろした。アーサーはエリザベスに顔を向けた。
「リズ、叔父上は性格は気にくわないが信頼出来る。先のニセ金の件は、母上の独断で叔父上は関与していなかった」
「そうなのですか」
「人間としては嫌いだが、王としての采配は堅実だ。そこは評価できる」
ロベルト王が口を挟む。
「けなしてるんだか褒めてるんだか全く。ニセ金が横行すれば、そちらだけでなく我が国にも打撃が波及する。それが姉上には分からなかったらしい」
「補填しろよ」
「穴埋めはするよ」
「あと巫女ってなんだ。新たな宗教か」
「いや、私も実はよく知らない。彼女が自分で言い出したんだよ。ニセ金の件も、そちらから話が来る前にローズマリーが教えてくれた。そしたら姉上を助けるために侍女になるとか言って、勝手にそっちに行ってしまった。変な娘だよ」
不審な振る舞いにロベルト王は扱いかねているようだ。
アーサーも考えるように口元に手を当てる。
「まぁいい。こちらで対処する」
「悪いね」
「本当にな」
話が一段落したところで、ラッパが鳴り響く。開幕のラッパだ。戴冠式がようやく始まる。寺院の大扉が開き、王冠を被った新王が現れる。アーサーもロベルト王も胸に手を当て新王へ敬意を示す。良く似た二人に隠れるように、エリザベスも静かに向き直った。
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