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新たな困難2

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「滅多なことを言うものではありませんよ」

 白々しく王妃が言う。全て分かった上で、あえて自分は何も知らないとしらを切っているのだ。

「それで?」アーサーの表情は変わらない。「理由と証拠を示せ」

「エリザベスさんは隣国のグレアで出産しました。そこでお世話になっていた屋敷の者と密通したのです」
「エッジワーズ子爵家のトムという者が、子の父親です」

 これが証拠です、と、従僕が動いて一枚の書類をアーサーに渡す。目を通して、無言でエリザベスにも渡される。

 婚姻証明書だった。妻の欄には、エリザベスの名前が刻まれていた。

 それをアーサーがつまんで、再び彼の手に戻る。親指と人差し指で止められた証明書は、頼りなさげにゆらゆら揺れる。

「他は?」
「え?」
「これだけか証明は」

 二人は黙り込む。伺うように王妃に目線を向けてから、違います、と答えた。

「証人がおります」
「連れてこい」

 また同じ従僕が小走りに扉へ向かう。扉を開けて何事かを話した後、何者かが姿を見せた。

 エリザベスはその姿に、あ、と驚く。

 紹介される。二人の令嬢は、くすくすと笑い合っていた。

「こちら、エッジワーズ子爵のトムさまでございます」
「本人の口から、つまびらかに明かしてもらいましょう」
 
 トム本人だった。エリザベスは困惑する。
 何も無いことを、トム自身が分かっているはず。何故、証人としてこの場にいるのか。
 
 二人に促され、トムは口を開く。

「私は、エリザベスを愛しておりました。エリザベスも、私と同じ気持ちだったはずです」

 血の気が引いていくのが分かった。とても本人が喋っているとは思えなかった。

「エリザベスさんと私通したのね?」
「エリザベスと婚姻し、夫婦でした。夫婦であれば、私通とはなりません」
「ではなぜエリザベスさんは、殿下と婚姻したのかしら」
「ある日、殿下が人目を忍んで訪ねてこられました。あろうことか二人だけで花園へ行き、何やら話をしていました。私はその当時、殿下とは知らずにその場に遭遇し、随分乱暴に追い返しました。エリザベスに問い詰めましたがはぐらかすばかりで答えてくれませんでした。おそらく二人は元々恋仲で、何かのきっかけで別れ、エリザベスが結婚したとでも聞きつけて、会いに来られたのだと思います。それで二人はヨリを戻したのでしょう」

 トムの告白を聞きながら、なぜこんな嘘をつくのだろうと考えていた。トムは正義感が強く、子爵の仕事を手伝いながら、ゆくゆくは弁護士になりたいと言っていた。アーサーの脅しにも屈せず自分を守ってくれたのに、どうして。

 気が動転していると、アーサーが肘をついてきた。それに気を取られると、彼は顔を寄せてきた。

「──前の時もこんな感じだったのか?」
「え?」
「俺がリズを処刑したときと、同じ状況か?」

 あの時は、急に部屋に人がやって来て──思い出したくない。エリザベスは眉根を寄せながら答える。
 
「違います。突然、言われたんです。こんな回りくどいことも無かったです」

 周りに聞こえないように小さな声で話す。

 いつも、最期の場面を思い出してしまう。断頭台に登らされ首が刎ねられた瞬間。いつも、ありありと思い出せる。エリザベスは震える手で自分の首に触れた。

「ちょっと!聞いてますの!?」

 けたたましい怒声にエリザベスは我に返る。アーサーが守るようにエリザベスの前に出る。

「で?まだ話があるのか?言いたいことがあるなら洗いざらい話せ」
 
 アーサーは腰のベルトを撫でた。バックルは王家の紋章をかたどったものだ。

「エリザベスとセシルを非難する者は、皇太子である私を侮辱するのも同じ。お前ら、覚悟出来てるだろうな」
「エリザベスさんこそ嘘をついておられます!」
「私たちは殿下の為を思って、こうして証拠と証人を揃えました!これで処罰されようと、私たちは後悔しません。真実ですから。甘んじて罰を受けます!」
「だったら望み通り罰をやろう」

 アーサーは手を上げる。扉に立っている二人の衛兵が、手にしていた槍を捧げるように両手で持つ。甲冑が擦れる金属音がやけに耳についた。

「衛兵、不届きな三人を塔へ送れ」
「待ちなさいアーサー」

 止めたのは王妃だった。王妃の静止を受けて、アーサーは衛兵を止める。

「母上は戯れ言を信じておられるようだ。セシルが私の息子でない方が都合がよろしいので?」
「無視できないからこうして呼び寄せたのですよ。大事な息子をコケにされたのならば、黙ってはいられないもの」
「大事な息子ねぇ…」

 含みをもたせた言い方に、アーサーは冷笑する。

「まず、その婚姻証明書は偽物だ。グレアの国のものと比べれば分かるが、紙の質が違う。この国で偽造したものだ。そこの男、似ているがトムじゃないな。向こうの国では双子を忌み嫌う風習がある。おそらく里親にでも出された口だろう。よく見つけてきたものだな。これらは調べれば直ぐに分かることだ。まぁそんなことする必要はないがな。なぜなら──」
 
 アーサーは一旦、言葉を止めると振り返った。優しい微笑みを向けられる。慈しむような笑みに、エリザベスは場違いに胸が高鳴った。

 アーサーは王妃に向き直る。

「──なぜなら、セシルを見ていただければ、一目瞭然かと。あの子を見て、あの男の血が入っているなどと、微塵にも思わないでしょう」
「…貴方が一度も連れてこないから、こんなことになったのですよ」
「王宮は蠱毒の溜まり場ですから。出来るだけ遠ざけておきたい親心ですよ」

 アーサーは再度、衛兵に命令する。今度は王妃は止めなかった。
 二人とトムを衛兵が槍を突きつける。二人は悲鳴を上げ、膝をつき、王妃に助けを求めた。

「王妃さま!お助けを!」
「私たちは無実です!あの女は殿下の子を宿してはいません!王妃さま!」

 そんな二人を、トムは足蹴にした。

「きゃあ!」
「やめて!」
「この馬鹿女どもが!俺をはめやがって!」

 突然のことに、エリザベスは思わずアーサーの腕を掴む。アーサーは、大丈夫と言わんばかりに手を重ねてくれた。
 暴れるトムを、衛兵は二人がかりで後ろ手に縛り上げ、拘束した。

「クソっ!話が違うじゃねぇか!」

 豹変したトムが悪態をつく。すっかり様変わりして、アーサーの言っていたことが本当だった。てっきりエリザベスは口からでまかせを言っているのだと思っていた。

「俺はそこの二人に頼まれたんだよ!うまく行ったら金をもらう約束だった!俺は無関係だ!解放してくれ!」

 アーサーは早く連れて行けと言わんばかりに顎を振った。衛兵は三人を捕らえて、部屋を出ていった。

 三人が居なくなると、沈黙が広がる。エリザベスは冷静を取り戻して、そっとアーサーの腕から手を離した。

「大丈夫か?」
「はい…」
「疲れたろう。屋敷に戻れ。よく休んでから、セシルに会うといい」

 エリザベスは名残惜しかった。事が終わった安堵感もあったが、心細く、アーサーの傍にいたかった。

「…一緒に帰りたいと思うのは、私だけですか?」

 アーサーは珍しく、ぽかんとしたような顔をした。いや、と口ごもる。

「なら、待っていてくれ。母上と話をしたら直ぐに帰ろう」

 従者が呼ばれて、別室へ案内される。部屋を出る寸前、アーサーが王妃に何かを話すのが聞こえた。


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