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旅行4

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 また再会する話をして、三人と別れる。三人を乗せた舟を見送る。マリーが大きく手を振るのに負けないくらい、エリザベスもいつまでも手を振り返した。

 見送りにはアーサーは立ち会わなかった。三人が去ってから部屋に戻ると、従者と何やら話をしていた。エリザベスが来てから会話を止めたので、出ていましょうか?と聞く。

「いや、もう終わった。あの三人は帰ったか」
「貴方も見送りに来ればよかったのに」
「湿っぽいのはごめんだ」

 部屋は昼間だというのに、相変わらず暗い。エリザベスは手燭を持っていた。アーサーは窓際に座っていた。小さな四角い窓からは湖の水色だけが絵のように切り取られていた。夕方になると、そこが夕陽の色に染まる。その静かな一時ひとときが、エリザベスは結構好きだった。

「寒いだろ。そこの上着を着ていろ」

 アーサーが指したのはベットの上に投げ捨てられていた毛皮の上着だった。狐の毛皮は重いが、防寒には優れている。言われた通りそれを羽織った。

「冬になる前に、マフラーでも仕立てましょうか」
「セシルの肌を傷めない毛糸でも仕入れておくか。色は何がいい?」
「青がいいです。この湖のような」
 
 アーサーは窓を一瞥して、そうだな、と呟いた。気づいただろうか。彼の表情は変わらない。
 エリザベスは知っていた。青は彼の好きな色だと。
 彼はセシルのために、マフラーを仕立てるつもりだと思っている。自分のためだと知ったら、彼はどんな顔をするのだろう。
 奥さまに言われたからじゃ、決して無い。ただ、この旅行の礼をするだけ。それだけだと言い聞かせる。

 エリザベスも窓際の椅子に腰掛ける。対面する形になって、アーサーはチラリとこちらを見てきた。

「どうした?」
「良い景色ですね」
「ああ…もう一泊してくか?」
「セシルが待っていますから」

 こんなにセシルと離れるのは初めてだった。親の顔を忘れていないといいのだが。

「ご自分の政務がおありでしょう。この旅行が終わったら王宮に帰るのですか?」
「そうなるな」
「私も王宮に住まわなければなりませんか」

 アーサーと夫婦になったとはいえ、公式にはその事実は伏せられている。一時的なもので、近いうちにおおやけになるものと思っていた。

「出来ればまだそちらにいて欲しい」
「いつまで?」
「…三年くらいか」
「そんなに?もしかして、三年のうちに何かあるのですか?」
「察しがいいな。まぁ、大したことはない。実家にいれば巻き込まれないだろうし、セシルも守れる」

 やはり何かあるのだ。エリザベスは詰め寄った。

「教えて。何があったの」
「あったんじゃない。これから起こす。やられる前に潰しておけば、俺がセシルに殺される未来も変わるかもしれない」

 何度聞かされても信じられない。セシルがアーサーを殺すなんて。でもアーサーもエリザベスを殺した事実がある。その未来を変える為に、時を遡ったのだと思いたい。
 セシルにアーサーを殺させたくない気持ちも十分ある。

「そういうことなら、なおさら教えてください。出来ることがあれば協力しますから」
「おいおいな」

 アーサーは立ち上がった。

「アーサー」
「明日には帰るんだぞ。最後に舟に乗せてやるよ」
「はぐらかさないで」
「帰りの馬車で教えてやる。さっさと来い」

 本当だろうか。あれこれ言って誤魔化されるかもしれない。エリザベスは疑いの眼差しでアーサーを見やった。
 彼は素知らぬ顔で外套を羽織り手袋をして、扉を開けて先に行ってしまった。エリザベスも後を追いながら、やはりセシルの好きな赤の毛糸を頼んでもらおうかと考えていた。


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