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旅行3

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 六角形の城は、外から見ると小さく見えるのに、中に入るととても広かった。
 それはいいのだが、元々、監視、籠城するための城だったから窓は小さく、昼でも明かりを灯さないといけなかった。
 部屋から出るときは、使用人が手燭を持ち先導した。多少の不便はあったが、それくらいだった。

 何といっても城の屋上に上がれば、素晴らしい展望が見渡せた。エリザベスはそこがお気に入りとなった。

 整えられた部屋は一つしかなく、二人はそこで寝起きした。ベットも一つで、互いに離れて眠った。

 アーサーが灯りを消す。先にベットで横になっていたエリザベスの隣に潜り込んだ。

「明日、客人が来る。小さな城だから、大したもてなしなんぞ出来ないが、まぁそれなりに気を遣ってやれ」
「どなたですか?」
「明日になれば分かる」

 それだけを言った。アーサーは反対を向いて眠った。


 翌日、朝から誰だろうと、そわそわして待っていたら、相手は湖からやって来た。いつも乗っている二人乗りの小舟よりも一周り大きいもので、船頭を入れると四人が乗っていた。

 舟が近づくにつれて、エリザベスは誰か分かってアーサーを見やる。アーサーは背中を押した。

「早く出迎えに行ってやれ。向こうの娘は舟から落ちそうなはしゃぎっぷりだ」

 エリザベスは船着き場へ走った。舟が止まって、父親に抱き上げられて娘は地上に降り立つ。
 娘が走り寄るのを抱きしめた。

「マリー!」

 お姉ちゃん、とマリーは抱きついてくる。エリザベスは抱き上げようとしたが、重くなって出来なかった。代わりに額にキスをすると、マリーも頬にキスを返してくれた。
 エリザベスの出産の時に世話になった一家だった。およそ一年ぶりの再会で、みな元気そうに見えた。

 エリザベスはマリーを抱きしめたまま、旦那さまと奥さまにも挨拶をした。奥さまは涙を浮かべてハンカチで拭っていた。それを見るとエリザベスも泣けてくる。涙をぐっと堪えた。

 遅れてアーサーが船着き場にやって来る。エリザベスとマリーの横を抜けて、旦那さまへ手を伸ばした。軽い挨拶を交わす。それを終えると、アーサーはエリザベスに向き直った。

「積もる話もあるだろう。俺は席を外しているから、お気に入りの屋上でも案内してやれ」

 と言ってその場を離れた。階段を上がっていくアーサーを見送って、エリザベスは堪えきれなかった涙を拭って、マリーの手を繋いで、上へ案内した。

 
 三人とも屋上からの景色を気に入ってくれて、物凄く感動してくれた。
 
 椅子やテーブルを置いて、ちょっとしたお茶会気分を味わう。エリザベス自らが紅茶を注いで、テーブルを囲んで近況を話し合った。
 エッジワーズ一家はこの一年、つつがなく過ごせたという。新しく立ち上げた事業も成功して、トムにも手伝ってもらっているそうだ。

「トムは元気ですか?わたし、あれっきり会えていなくて」

 マリーが焼き菓子を頬張る。

「元気だよー!あのね、この前お絵描き一緒にしたの。そしたらね、お犬さん描いたのにね、カバさんって言われたの!」
 
 エリザベスは苦笑した。マリーの絵の壊滅的な才能は、決して幼いからと言い訳できない代物だった。エリザベスも滞在中に薔薇をてんとう虫と間違えて怒られた記憶がある。

 奥さまはマリーにお菓子を渡して機嫌取りをする。食いしん坊のマリーは、食べているときはお行儀よく座ってくれる。それを期待しているのだろう。


 エリザベスもこの一年のことを話した。聞けば向こうはアーサーが皇太子であると既に知っていた。
 旦那さまは紅茶に口をつけてカップを置いた。

「実は、あの方がやって来た次の日に、またやって来たんだ」
「え?」
「彼が君を直ぐに入院させるようにと言ってきてね。なんでも前は産褥死だったからちゃんとした医師に診てもらうようにとか、きっと別の奥方の話だったのだろうけど、やけに熱心に言われてね。それで王都の病院に入院させたんだよ」
「…そうだったんですか…」

 彼が知るエリザベスは産褥死だったと聞いている。
 今思えば、入院しているとき、頻繁にナースが様子を見に来ていたし、セシルを産んだときなんかは何人も常に傍にいて、何度も下穿きを変えて、常に清潔が保たれていた。
 産褥熱は結局は細菌の感染によるもの。消毒をしていれば十分防げる病だった。
 
 奥さまはエリザベスに微笑みかけた。

「──殿下は貴女にしたことを、とても後悔されておられますよ」
「なにか、奥さまに言ってたんでしょうか」
「なにも。でもね、季節の折々に、いつも匿名の贈り物が届くの。上質な布だったり、装飾品だったり、馬を貰ったこともありました。感謝のつもりなんでしょうけど、殿下の後ろめたさがそうさせるのだと思います」

 奥さまは一度言葉を切ると、こう切り出した。

ねえやの話をしましたね。覚えてる?」

 もちろん忘れるはずがない。恋人に裏切られた姉やは、首を吊って命を絶った。

「命日になるとね、姉やのお墓に、たくさんのお花が飾ってあるの。たくさんの黄色いお花。花冠もあって、埋もれるくらいに花で満たされてる。…恋人だった人が毎年手向たむけていくのよ」
「…………」
「ね?同じだと思わない?」
「私に…彼を許せと言うのですか?」
「まさか。二人の問題ですから、私たちが口を出すことではありません。でも、知っているのと知らないのとでは、雲泥の差よね。恨むのも苦しむのも辛い。二人で落とし所を上手く見つけられるといいわね」

 マリーが食べ終えて騒ぎ出す。奥さまと旦那さま、二人でマリーに構いだす。その様子を見守りながら、エリザベスはアーサーとセシルを重ね合わせていた。

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