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穏やかに

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 案の定、身籠っていた。

 この家族の元にお世話になって三ヶ月後に発覚した。エリザベスが告げると、みな喜んでくれた。
 
 経緯はどうあれ前の通りに子を宿した。
 最期もやはり処刑されるのでは、という最悪の結末が頭をよぎる。

 ──この子だけは、何としても守りたい。

 前は我が子に会えずに処刑された。今度はこの子に会えるかもしれない。この子だけが希望だった。


 つわりが終わると、お腹も膨らんで実感が湧いてくる。
 この屋敷の娘のマリーは、エリザベスがずっと体調不良なのを心配してくれて、何度も部屋を訪れてくれた。
 家庭教師という身分上、エリザベスはマリーにお勉強を教えた。つまんなーいと匙を投げるマリーに何度もペンを握らせた。産まれてくる子の未来を見ているようで、可愛くて仕方がなかった。

 母親の名前も娘と同じマリーだったが、エリザベスは奥様と呼んでいた。
 奥様は読書好きで、騎士とお姫様が恋に落ちる騎士道ものを好んで読んでいた。
 そういった書籍が本棚を埋め尽くしていた。
 エリザベスも何冊か読んでみたが、所詮物語は物語。愛だの恋だのと言ったものは前のせいで、全く何にもときめかなくなっていた。

 旦那さまは事業家で、幅広い分野に精通し、思慮深かった。
 事業の立ち上げに関わっては、経営を信頼できるものに引き渡す。そんなことを繰り返しているらしい。
 最近は芸術にも手を伸ばして、パトロンめいたこともしているらしい。屋敷の離れには芸術家を何人か住まわせていた。

 順風満帆なエッジワーズ一家。エリザベスには眩しく映った。


 お腹の子は元気でよく腹を蹴ってくる。
 エリザベスは腹をしきりに撫でた。順調に育っていた。

 あっという間に臨月で、いつ産まれてもおかしくなかった。

 庭に出て散歩する。日課だった。転んでしまわないように杖をついて歩いた。

 すると向こうからマリーが走ってやってきた。庭師を従えてこちらに手を振っている。エリザベスも手を振り返した。

「マリー、そんなに走って。本当に元気ね」
「へっちゃら!あのね、庭師のパブロがね、お姉ちゃんにお話があるんだって」

 マリーの後ろに背を折り曲げて歩いていた庭師が、一層頭を下げる。エリザベスはそう恐縮しないで、と優しく言った。

「お話とは何でしょうか」
「へ、へぇ。実は、花園の手入れをしておりますが、本日はそこにエリザベス様をお招きするようにと、鍵をお持ちしました」
「まぁ、花園に?ありがとう」

 花園は屋敷の家族しか立ち入れない秘密の場所。
 身重のエリザベスを気遣って特別に入れるようにしてくれたのだろう。エリザベスは薔薇が好きだった。

「マリーも一緒に行きましょう?」

 誘うと、庭師が口を挟んだ。

「そ、それが、旦那さまはお嬢様だけをお招きするようにと仰せでした」
「そうなの?残念だわ」
「マリーはパブロと鳥の巣を見る約束してるの!そっち行ってくるね」

 薔薇よりもそちらの方が興味があるようだ。活発に走り去っていくマリーを庭師は必死に追いかけていった。


 胸踊らせて花園に入る。見事な薔薇が咲いていた。
 そんなに大きな花園ではない。身重のエリザベスにはちょうどいい広さだった。
 花園の中心にあるベンチに腰掛ける。
 ささやかな風が吹いていた。静かだった。エリザベスは髪を耳にかけた。

 もうすぐこの子に会える。男の子だろうか女の子だろうか。元気な子ならどちらでも良かった。

「元気そうだな」

 声が落ちる。エリザベスは最初、そら耳だと思った。

 肩に手が置かれる。後ろにいる人物。エリザベスは血の気が引いて、一気に汗が吹き出た。

 驚きすぎて声も出せなかった。身体が小刻みに震える。すがるように腹を押さえた。

「探し出すのに苦労した。まさかこんな所に隠れ住んでいたとはな」

 リズ。聞き慣れた声。変に優しい声で、薄ら寒いものを感じた。
 
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