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 なんと奇跡的に雇ってもらえることになった。しかも部屋も貸してくれるという。上手く行き過ぎて怖いくらいだ。ルイーズは一人密かに飛び上がった。

 ルイーズの職場は新聞屋、ではなく、別の通り沿いにあるカフェだ。そこのカフェの給仕をするわけでは無い。道路沿いにあるテラス席が、ルイーズの職場だ。

 ルイーズはそこで、代筆屋として働くことになった。

 代筆屋とは、字の書けない人に代わって文書を作成する仕事だ。手紙の代行が主で、部屋代と席代を引いた残りは丸々ルイーズの稼ぎとなる。とっても良い条件だ。

 だがそれだけが仕事ではない。手紙の代行は、副業とでも言えた。ノックスが新聞を発行するためには情報が必要となる。

 その情報を、情報屋から回収するのが、ルイーズの役目だった。

 情報屋は複数いて、顔を知られたくなかったり、字が書けない者もいる。ノックス一人で情報屋といちいちやり取りするよりも、ルイーズに任せた方が効率が良いという。

 もちろん扱うのは比較的軽い情報だ。機密性の高いものは、直接ノックスの元へ行くことになっている。危険が無いとは言い切れないが、有るとも言い切れなかった。

 カフェが始まる時間から仕事を始めて、夕方に引き払う。トゥールーズ通りに戻り、本屋に入る。太っちょ店主はやはり新聞を読んでいる。

「店長さん、ただいま」

 ルイーズが声をかけると新聞から顔を出す。吊り下がった目尻を見ると、顔の形と相まってか、ルイーズには店主がアザラシに見えた。

「おかえり。午後から雨降ったろ。濡れなかったかい」
「パラソルあるから大丈夫。それよりノックス編集長は?」
「いつもの通りさ」

 肩をすくめた店主は再び新聞に目を通し始める。ルイーズは階段を駆け上がった。

 二階の事務所に入る。一番奥に座っているノックスが顔を上げた。

「遅い。どこで油売ってた」
「カフェですよ。最後のお客さんの仕事が長引いていただけです」
「そんなん明日にすればいいだろ。こっちの締め切りの方が大事なんだからな」

 早く寄越せと言わんばかりに睨まれる。ルイーズは近づきながら今日の分のネタの紙束を取り出して机の上に置いた。

「あ、それとコレもどうぞ」

 隣にバケットサンドを置く。カフェで買った物だ。

「どうせ食べてないんでしょ?差し入れです」
「いらんと言ってるだろう」
「ノックスさんの好きなハムとチーズ入ってますよ。あ、コーヒー入れますね」

 文句が続く前に給湯室へ向かう。薪を燃やして湯を沸かし、挽いた豆に注ぐ。良い薫りが広がって、それだけで心が落ち着く。ルイーズは紅茶派だが、コーヒー派になりそうだ。

 盆にカップを乗せて、ノックスの机の上に置く。いらないと言いつつも、既にバケットを頬張っている。

 カップはあと二つ。両側の机にもそれぞれ従業員が座っている。どちらも取材だの何だので、事務所に居ないことのほうが多いが、今日は二人とも揃っている。締め切りでもないのに珍しい。

「今日は何か集まりでもあるんですか?ノービスさん」

 近い方の机にコーヒーを置きつつ聞いてみる。茶髪の癖っ毛の青年は、人懐っこい笑みを見せた。

「ううん偶然。いつもありがとう。助かるよ」
「いいえこれくらい。あ、カフェの給仕さんから貰った飴ありますけど舐めますか?」
「え、いいの。やったー」

 少しのんびりした性格だが、これでもやり手だ。よく特ダネを掴んでは新聞の売上に貢献している。去年、結婚して、そろそろ子供が産まれるそうだ。


 もう一つの机にもコーヒーを置く。こちらは何も聞かずに飴を置く。根っからの甘党なのを知っているからだ。
 こちらも同じ茶髪の癖っ毛の青年。姿は瓜二つ。彼はノービスと双子だった。

「どうぞ、ノーマンさん」

 ただこちらは眼鏡をしている。ノービスとは対称的に酷く無口で、笑顔も皆無。真面目一辺倒で、締め切りを破ったことが一度も無いと言う。

「すまない」

 と謝るのもノーマンの癖だ。ルイーズは、いいえ、と答える。

 
 グリーン新聞社は、この三人の従業員で回している。他の新聞社と比べると規模は小さいそうだ。発行部数も少ない。ただ、大通りに事務所を構えるくらいには稼いでいる。一歩踏み込んだ記事が掲載されるから、他の新聞社からも一目置かれているとかいないとか。ノックス編集長の言葉だから本当の所は分からない。

 代筆業を終えて帰宅すれば、ルイーズの仕事は終わりなのだが、あまりにも皆が殺伐としているから放っておけず、自分が出来ることをしようと思って、こうしてコーヒーを淹れたり、書類整理をしたりする。最初はノックス編集長に邪魔だ帰れとか言われたが、最近は諦めたのか言わなくなった。

 これ幸いにと今にも死にそうなノックス編集長に、カフェで作ってもらったバケットサンドをあれこれと差し入れしている。安くしてくれるし、試作だと言って無料で貰える時もあるから、ルイーズは毎日持って帰った。上司の健康を気遣うのも部下の務めだ。

 この作戦は上手く行って、少し顔色も良くなったように見える。聞けば双子も、下の本屋の店長も密かに心配していたようで、これにはかなり感謝された。ルイーズは良い人助けをしたと満足だった。

「おいクソガキ」

 ただ口の悪さは直らない。ルイーズは、不機嫌な顔をしてノックス編集長の机の前に立った。

「名前で呼んでください」
「秘密だって教えなかったくせに何言ってやがる」
「編集長が『ロニー』って名付けたんだから、そう呼んでください」

 そう、今のルイーズはロニーと名乗っていた。男の子らしい可愛い名前で、ルイーズは気に入っている。

 編集長はバケットサンドを半分ほど食べ進んでいた。片手で齧りながらもう片方のペンで記事を書き上げていく。食事をしながら作業をするなんて、と最初は面くらったが、よくよく考えれば、バケットという形は仕事をしながら食べるための形をしているように思う。編集長の食べ方は理に適ったものだと納得した。

「で、何かご用ですか?」
「ここに来てどれくらいになる」
「二週間ですかね」

 夏に近い春に転がり込んで早二週間。季節は夏に突入していた。

 編集長が引き出しを開ける。一番上の引き出しにはお金が入っていて、臨時で頼まれごとがあればそこからお小遣いを貰ったりする。

 そこから取り出したのは銅貨だった。一枚二枚…五枚、机の上に積み重ねた。

「明日は休暇をやる。これで夏物の服を買ってこい」
「服?これで足りてます」
「うちにも体裁ってもんがあるんだ。ツギハギだらけの服は雑巾にして、もう少しマトモなの買ってこい」

 ルイーズは自分の服をつまんでみる。ここに来たばかりの頃に買ったシャツで、最初はあんまりにもブカブカで大き過ぎて、首元や袖をちくちく縫って詰めたりしてみたが、まともに裁縫なんぞしたことが無く、結果不格好になっていた。

「そんなに酷いですか…?」
「浮浪者に見える」

 きっぱりと言われ、でもルイーズは嬉しかった。最初の、かつら屋一目で貴族と見破られたのを思えば、ルイーズは立派に平民として馴染んでいると思えたからだ。

 とは言え、ルイーズも下っ端ながら名誉ある『グリーン新聞社』の一員だ。もう少し、お上品な服をと求められるのなら、その期待に応えなければならない。

 臨時収入は銅貨五枚。予算内の服を買えばいいだけのこと。遠慮なく受け取り懐に入れた。



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