【完】ええ!?わたし当て馬じゃ無いんですか!?

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 舞踏会は連日行われた。シャルロット嬢とは初日依頼、毎日顔を合わせ挨拶もした。王太子以外の有象無象の相手はこちらが引き受け、少しでも二人きりになれる時がきたら彼女を送り出す。それでルイーズの役目は終了。本当はこの後に晩餐会も開かれるのだが、ルイーズはいつも事前に断っていた。

 男に囲まれて育ったせいか、ルイーズは健啖家けんたんかだった。王宮の料理も悪くないが、年頃の娘がガツガツ食べるわけにもいかない。やることはやってるんだし、お腹を空かせて眠りにはつきたくない。この日も数人の殿方と踊ったあとは、さっさと屋敷に引き上げた。

 
 屋敷に戻ると、珍しく父が部屋にやって来た。着替えてゆったりとした部屋着に着替えていたルイーズは、これから食堂にいくつもりだった。

「用があれば伺いましたのに」
「こんなに早く帰ってきて、ちゃんと言いつけは守っているのか」
「言われたことはしてますわ。シャルロット嬢とは良いお友達です」

 父はルイーズの姿を上から下まで眺めて、苦い顔をする。

「シャルロット嬢は、どのような様子だ」
「とても王太子殿下と仲がよろしいようで、お話する時間が日々長くなっておりますよ」
「お前は」
「わたし?遠目で眺めております」
「側にいろと言っただろう」

 そう言えばそう言われていた。せっかく二人が上手くいっているのに、自分が口出しする必要があるのだろうか。

「ですが…それだと私は邪魔者になってしまいます」
「そう思われても仕方なかろう。少しでも殿下に顔を覚えてもらわねば」

 顔を覚えてもらう?ルイーズは少し考えた。シャルロット嬢に遅れて翌日には、王太子殿下に挨拶は済ませていた。一応顔は覚えてもらっているはずだ。

「あのう…どういう意味でしょうか」
「まだ分からんのか。シャルロット嬢といれば殿下もお前を無視出来ないだろう。シャルロット嬢を大いに利用するのだ」

 大いに利用?ルイーズはまた考えた。せっかく二人がうまく行っているのに、何故まだ行動しなければならないのか。
 はた、と気づく。もしや父はこう言っているのでは?

 二人の当て馬になれと──?

 二人の仲は明白だ。順当にいけばシャルロット嬢は無事に婚約者となるだろう。

 しかしそれでは弱いのかもしれない。というのも、二人の間には何か遠慮というか、壁があるようにも見える。シャルロットは控え目な性格だし、実は王太子もそんな所がある。盗み見していく内に、何度か焦れったいと思うこともしばしばあった。
 
 仲を取り持つのではなく、敢えて自分が当て馬となることで、二人の恋を自覚させる。 

 自分が引き立て役となれば、シャルロット嬢が婚約者に相応ふさわしいのだと、確実に思わせられるかもしれない。

 なるほど、堅物な父とばかり思っていたが、細かな推察ができるとは。さすが先の戦争で交渉役をこなしただけのことはある。ルイーズは父を少しだけ見直した。

「──では、シャルロットさんにこれでもかと張り付いておきます」

 父はゆっくりと頷いた。どこか安心したような反応に、ルイーズの答えは間違っていなかったのだと悟った。
 

 というわけで翌日。ルイーズはシャルロットと共に挨拶へ向かった。壇上には王座が置いてあるが、本日は陛下はいらっしゃらないようだ。隣の王太子のみが座っていて、そちらだけに礼を取る。

「やぁ来たね。待ってたよ」

 顔を上げると、王太子は直々に立ち上がり、シャルロット、ではなくルイーズに手を差し伸べてきた。
 あれ、と思いつつ納得する。毎日、殿下はシャルロットと踊っている。今日は一緒にいるから、気まぐれに自分を誘ったのだろう。他の令嬢が相手するよりはマシかと、手を取る。

 ちらりとシャルロットを見やる。彼女は不安げな顔をしていた。心配症なのだ。絶対に自分は選ばれないし、シャルロットを王太子妃にするためにここにいるのだ。安心してほしい。

 壇上を降り音楽に合わせて共に踊る。金髪碧眼、整った顔立ちは、見れば見るほどシャルロット嬢とお似合いだ。

「君は随分、私を避けているね」

 優しい物言いなのも、ますます彼女と相応ふさわしい。自分など、体の弱い母に代わり屈強な兄二人に育てられたからか、どちらかと言うと白黒はっきりした物言いをしてくれる人の方が好感が持てる。
 ルイーズは、ふふ、と笑ってみせた。

「他の殿方の誘いが多いもので、なかなかそちらへ上がれませんの」
「避けてるわけじゃない?」
「もちろん。今日は何としても殿下と踊りたいと思いまして、シャルロットさんのお側に」
「彼女を利用したの?」
「だって、殿下はシャルロットさんに夢中なんですもの。同じ侯爵家同士、私だって殿下のお側にいたいと思うのは、当然でごさいましょ?」

 自分で言っていて鳥肌が立つ。本当はこんな歯の浮くような物言いしたくはないのだが、何と言っても父からの命令だ。何とか当て馬にならないと。

 添えていた手で肩を撫でる。そっと顔を近づける。

「──お慕いしておりますの、とても」

 聞こえるか聞こえないかの、絶妙な声でささやく。前に読んだ恋物語では、こんな感じで当て馬が相手を誘っていた。うまくできているだろうか。いまいち自信が無かった。

 曲が終わる。次の曲には踊る相手を変える。それがしきたりだ。ルイーズは殿下から離れて隣りにいた殿方の手を取ろうとする。

「待ってくれ」

 殿下がそれを許さない。踊ろうとしていた別の殿方との間に割り込まれ、強引に踊りだす。ルイーズはつまずきそうになるのを堪えて、なんとかステップを踏んだ。

「殿下、次の女性と踊らないと」
「酷い人だな貴女は。私の言葉も待たないなんて」
「言葉など必要でしょうか。私は貴方様をよく知っておりましてよ」
 
 シャルロット嬢が好きだということを。

 図星らしい。殿下が息を呑むのが分かった。

「心に決めた方がいらっしゃるのですよね?」

 念を押してみる。殿下はすっかり驚いてしまって、ステップもおろそかになる。そんなに強く言ったつもりは無いのに。案外打たれ弱いのかも。ルイーズは内心で呆れながらワザと足を踏んだ。

「…いっ…!」
「あら失礼。でも、殿下が悪いんですよ。さっさと婚約者をお決めにならないから、勘違いした令嬢方が寄り集まってくるのですよ」
「怒ってるのか君は」
「時は金なりと言いますでしょう。ここに来ている時点で、全員が覚悟を決めておりましてよ。もちろん私もです。後は陛下次第ですのよ」
「私は嫌われていると思っていたんだよ」

 まさか。シャルロット嬢は殿下をお慕いしているのに。どこでそんな誤解を受けたのか。余計なことを言う取り巻きに惑わされたのだろう。

「殿下の決断力の無さには、がっかりです。最初からそのようでは、先が思いやられます」

 またしても殿下はショックを受けている。本当に打たれ弱いのだ。他のカップル達がこちらをちらちら見ながらくるくる踊っているのに、殿下が踊り出さないからずっと止まっている。ルイーズはもう目立って仕方ないと、肩に添えていた手を叩いてホールドを解いた。

「興が冷めてしまいましたね。私より、シャルロットさんをお誘いになってください」
「あ、いや…待ってくれ」
「慣れた相手との方が殿下も楽でしょう。では」

 一方的に礼をして、一方的にその場を離れる。大変不敬だが、言いたいことは言えた。これでシャルロット嬢が婚約者になるのは時間の問題だろう。上手く当て馬を演じれたと思う。良い仕事をした。ルイーズは達成感で一杯だった。

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