1 / 29
序
しおりを挟む舞踏会が開かれるという。何でも王太子殿下の妃を選ぶそうだ。ショーデ侯爵令嬢ルイーズは、その話を父から聞かされた。
父の部屋はいつも寒い。暖炉は付いているが、それ以上に部屋が広すぎるのだ。執務机の前に座る父と対面しながら、ルイーズは自分の冷えた指をそっと交差させる。
「舞踏会ですか。大切なお妃様を、そんなお遊びで決めていいものなのかしら」
「大事な社交の場だ。そんなお気楽なものではない。それにお前も参加するんだ」
執事が銀の皿に乗せて招待状を持ってくる。ルイーズは受け取って中身を見ると確かに、ルイーズの名が記載されていた。目を通したのを見計らって、父が言う。
「王宮で舞踏会は開かれる。名家のご令嬢がここぞとばかりにやって来るからな。心して行くように」
「お言葉ですが、私が殿下の目に留まるとは思えませんが」
数多いる美姫がやって来るのだ。侯爵家と家柄は良いものの、父も兄もルイーズ自身も能力は平々凡々。見た目も十人並み、二十人並み、いや、それ以下かもしれない。今年十八になる。ただ適齢期なだけだと自覚していた。
父もその所は分かっているようだ。ため息を漏らした。
「…今回の妃には有力候補がいる。リンドゲール侯爵家のシャルロット嬢だ。容姿端麗、才色兼備だと、もっぱらの噂だ」
それだけ非の打ち所が無いのなら、ますますルイーズが選ばれるわけがない。
「そこでだルイーズ、お前、舞踏会の間はシャルロット嬢の傍から離れるな」
「そば、ですか」
意図が読み取れず聞き返す。父は頷いた。
「おそらくは殿下だけでなく、他の殿方も寄ってくるだろう。シャルロット嬢はお前と違って深窓の令嬢。一人であしらうのは難しいだろうな」
「私と違ってとは、どういう意味です?」
「まぁ聞け。お前も知っての通り、リンドゲール侯爵とは何かと対立してきた。だがそれは王の手前、結託して謀反の疑いをかけられぬように、わざとそうしてきたのだ。我ら間にわだかまりは無い」
まだ話が見えない。ルイーズは続きを急かした。
「舞踏会に参加する候補の令嬢たちの中で、我ら侯爵家が一番家柄が良い。陛下も出来ることなら侯爵家から婚約者を輩出と思われておられる。たかだか伯爵ごときの令嬢を王太子妃と崇めなければならない未来など、あってはならないのだ」
なるほど、と、意味を理解する。
──つまり、王太子殿下が無事にシャルロット嬢を射止められるように、二人の仲を取り持てと言うのだ。
そういうことであれば、自分がその適任だろう。自分なら間違いなく選ばれる事はないだろうし、引き立て役としての容姿なら自身がある。
「父さまのおっしゃることは分かりました。うまく出来るかは分かりませんが、努力してみます」
話は終わりとばかりに父は葉巻を取り出した。父の数少ない嗜好品だが、母が死んでから本数が増えたように感じる。ニオイが移る前にと、ルイーズは部屋を下がった。
というわけで舞踏会。王宮への参上は、これで二回目となる。一度目は去年のことだ。社交界デビューを果たした会場が、この王宮での祝賀パーティーだった。王太子の成人を祝ったもので、ルイーズはてっきり既にお相手がいるものだと思っていた。王家とはそういうものだ。
だが成人を迎えて一年経っても、王太子は成婚どころか婚約すらしていない。何やら一悶着でもあったのかもしれない。ルイーズの勝手な想像だ。
会場は大広間だった。前の祝賀パーティと同じ場所だ。ルイーズは扇子で口元を隠しながら、一人の人物を探した。
果たして、目当ての人物を見つける。父の言う通り、既に幾人かの殿方に囲まれていた。
その人だかりに近づき、ルイーズは息を吸った。
「あら!シャルロットさん!お元気そうで何よりですわ!」
とびっきりの大声に、周りが一気にこちらを見る。呼ばれたシャルロットも大層驚いた顔をしている。視線を集めるのに成功したルイーズは扇子を閉じ、にっこり微笑んだ。
「お久しぶりですわね。随分とお綺麗になられて、さぞかしお父君も鼻が高いでしょう」
「え、えと…」
どちら様、と言われる前に手を取る。レースの手袋越しでも十分分かる華奢な指だ。ルイーズはそっと手を重ねた。
「殿下への挨拶は済みまして?」
「え?いえ…」
「でしたら参りましょうか。そういうことですので、ご挨拶はまた後ほど。ごめんあそばせ」
周囲が呆気にとられている内に、その場を離れる。仲良さげに腕を組んだりしながら、ルイーズはそっと耳打ちした。
「いけませんよシャルロットさん。あのような有象無象の相手なんかしていないで、早く本命の所へお行きにならないと」
「あの…貴女は…?」
「ルイーズと申します。ショーデ侯爵の、と名乗ればお分かりかしら」
シャルロットはまたしても驚いて、それから俯いた。まばゆいばかりの銀髪に、銀のまつげ。そこから覗く青い瞳。物憂げな顔は、一枚の絵画のようだ。美姫の中の美姫、美しすぎる容姿を、ほんの少しでも分けてほしかった。
対する自分は黒髪の黒目。不吉な猫のよう。まぁ今回はこの容姿を活かす絶好の機会だ。落ち込んでいる暇はない。前向きに行こう。
「そちらの侯爵様と父は敵対してきましたが、今は国の将来を左右する大事な妃選びのとき。家同士のわだかまりはお捨てになって、お互い頑張りましょう」
表立って自分がその助けになるとは言わない。どこで誰が聞き耳を立てているか分からないからだ。
まだシャルロットは戸惑っている。ルイーズの言いたいことが伝わっていない様子。かといって余り身も蓋もないことも言えない。仕方ない。そのうちに気づいてくれるだろう。
「貴女のような方がいらしたら、私など…」
と、シャルロットは言い出した。予想外の自信の無さに、これが深窓の令嬢の奥ゆかしさかと納得する。
「謙遜なさらず。シャルロットさんがこの王宮で一番美しいですよ。美しすぎるくらい」
「そんなわけありません。貴女の方がよっぽど」
「お上手なのね」
殿下の元まであと少し、というところで立ち止まる。組んでいた腕を離す。
「さ、殿下の元へ行ってらして」
「ルイーズさんは…?」
「私はしませんよ。邪魔者は退散しますので、どうぞごゆっくり」
背中を押して、送り出す。シャルロット嬢は動かず、不安げにこちらを見てくる。ルイーズが促すと、ようやく王太子殿下の元へ向かっていった。
扇子を開いて口元を隠しながら、不躾にならない程度にその様子注視する。
深くお辞儀するシャルロット嬢に、王太子は手を差し伸べている。細身の丸いおでこが可愛らしい少女に、長身の見目麗しい青年の取り合わせは、ルイーズがよく読んだ恋物語のようだ。見栄え良い二人が互いに笑顔で言葉をかわしている。
作戦成功、ささやかではあるが助けになれた。ルイーズは満足して他の殿方との誘いに興じた。
101
お気に入りに追加
1,218
あなたにおすすめの小説

王太子殿下が私を諦めない
風見ゆうみ
恋愛
公爵令嬢であるミア様の侍女である私、ルルア・ウィンスレットは伯爵家の次女として生まれた。父は姉だけをバカみたいに可愛がるし、姉は姉で私に婚約者が決まったと思ったら、婚約者に近付き、私から奪う事を繰り返していた。
今年でもう21歳。こうなったら、一生、ミア様の侍女として生きる、と決めたのに、幼なじみであり俺様系の王太子殿下、アーク・ミドラッドから結婚を申し込まれる。
きっぱりとお断りしたのに、アーク殿下はなぜか諦めてくれない。
どうせ、姉にとられるのだから、最初から姉に渡そうとしても、なぜか、アーク殿下は私以外に興味を示さない? 逆に自分に興味を示さない彼に姉が恋におちてしまい…。
※史実とは関係ない、異世界の世界観であり、設定はゆるゆるで、ご都合主義です。
根暗令嬢の華麗なる転身
しろねこ。
恋愛
「来なきゃよかったな」
ミューズは茶会が嫌いだった。
茶会デビューを果たしたものの、人から不細工と言われたショックから笑顔になれず、しまいには根暗令嬢と陰で呼ばれるようになった。
公爵家の次女に産まれ、キレイな母と実直な父、優しい姉に囲まれ幸せに暮らしていた。
何不自由なく、暮らしていた。
家族からも愛されて育った。
それを壊したのは悪意ある言葉。
「あんな不細工な令嬢見たことない」
それなのに今回の茶会だけは断れなかった。
父から絶対に参加してほしいという言われた茶会は特別で、第一王子と第二王子が来るものだ。
婚約者選びのものとして。
国王直々の声掛けに娘思いの父も断れず…
応援して頂けると嬉しいです(*´ω`*)
ハピエン大好き、完全自己満、ご都合主義の作者による作品です。
同名主人公にてアナザーワールド的に別な作品も書いています。
立場や環境が違えども、幸せになって欲しいという思いで作品を書いています。
一部リンクしてるところもあり、他作品を見て頂ければよりキャラへの理解が深まって楽しいかと思います。
描写的なものに不安があるため、お気をつけ下さい。
ゆるりとお楽しみください。
こちら小説家になろうさん、カクヨムさんにも投稿させてもらっています。
釣り合わないと言われても、婚約者と別れる予定はありません
しろねこ。
恋愛
幼馴染と婚約を結んでいるラズリーは、学園に入学してから他の令嬢達によく絡まれていた。
曰く、婚約者と釣り合っていない、身分不相応だと。
ラズリーの婚約者であるファルク=トワレ伯爵令息は、第二王子の側近で、将来護衛騎士予定の有望株だ。背も高く、見目も良いと言う事で注目を浴びている。
対してラズリー=コランダム子爵令嬢は薬草学を専攻していて、外に出る事も少なく地味な見た目で華々しさもない。
そんな二人を周囲は好奇の目で見ており、時にはラズリーから婚約者を奪おうとするものも出てくる。
おっとり令嬢ラズリーはそんな周囲の圧力に屈することはない。
「釣り合わない? そうですか。でも彼は私が良いって言ってますし」
時に優しく、時に豪胆なラズリー、平穏な日々はいつ来るやら。
ハッピーエンド、両思い、ご都合主義なストーリーです。
ゆっくり更新予定です(*´ω`*)
小説家になろうさん、カクヨムさんでも投稿中。
【本編完結】婚約者を守ろうとしたら寧ろ盾にされました。腹が立ったので記憶を失ったふりをして婚約解消を目指します。
しろねこ。
恋愛
「君との婚約を解消したい」
その言葉を聞いてエカテリーナはニコリと微笑む。
「了承しました」
ようやくこの日が来たと内心で神に感謝をする。
(わたくしを盾にし、更に記憶喪失となったのに手助けもせず、他の女性に擦り寄った婚約者なんていらないもの)
そんな者との婚約が破談となって本当に良かった。
(それに欲しいものは手に入れたわ)
壁際で沈痛な面持ちでこちらを見る人物を見て、頬が赤くなる。
(愛してくれない者よりも、自分を愛してくれる人の方がいいじゃない?)
エカテリーナはあっさりと自分を捨てた男に向けて頭を下げる。
「今までありがとうございました。殿下もお幸せに」
類まれなる美貌と十分な地位、そして魔法の珍しいこの世界で魔法を使えるエカテリーナ。
だからこそ、ここバークレイ国で第二王子の婚約者に選ばれたのだが……それも今日で終わりだ。
今後は自分の力で頑張ってもらおう。
ハピエン、自己満足、ご都合主義なお話です。
ちゃっかりとシリーズ化というか、他作品と繋がっています。
カクヨムさん、小説家になろうさん、ノベルアッププラスさんでも連載中(*´ω`*)
表紙絵は猫絵師さんより(。・ω・。)ノ♡
冤罪を受けたため、隣国へ亡命します
しろねこ。
恋愛
「お父様が投獄?!」
呼び出されたレナンとミューズは驚きに顔を真っ青にする。
「冤罪よ。でも事は一刻も争うわ。申し訳ないけど、今すぐ荷づくりをして頂戴。すぐにこの国を出るわ」
突如母から言われたのは生活を一変させる言葉だった。
友人、婚約者、国、屋敷、それまでの生活をすべて捨て、令嬢達は手を差し伸べてくれた隣国へと逃げる。
冤罪を晴らすため、奮闘していく。
同名主人公にて様々な話を書いています。
立場やシチュエーションを変えたりしていますが、他作品とリンクする場所も多々あります。
サブキャラについてはスピンオフ的に書いた話もあったりします。
変わった作風かと思いますが、楽しんで頂けたらと思います。
ハピエンが好きなので、最後は必ずそこに繋げます!
小説家になろうさん、カクヨムさんでも投稿中。
いつの間にかの王太子妃候補
しろねこ。
恋愛
婚約者のいる王太子に恋をしてしまった。
遠くから見つめるだけ――それだけで良かったのに。
王太子の従者から渡されたのは、彼とのやり取りを行うための通信石。
「エリック様があなたとの意見交換をしたいそうです。誤解なさらずに、これは成績上位者だけと渡されるものです。ですがこの事は内密に……」
話す内容は他国の情勢や文化についてなど勉強についてだ。
話せるだけで十分幸せだった。
それなのに、いつの間にか王太子妃候補に上がってる。
あれ?
わたくしが王太子妃候補?
婚約者は?
こちらで書かれているキャラは他作品でも出ています(*´ω`*)
アナザーワールド的に見てもらえれば嬉しいです。
短編です、ハピエンです(強調)
小説家になろうさん、カクヨムさんでも投稿してます。

つかぬことをお伺いいたしますが、私はお飾りの妻ですよね?
蓮
恋愛
少しネガティブな天然鈍感辺境伯令嬢と目つきが悪く恋愛に関してはポンコツコミュ障公爵令息のコミュニケーションエラー必至の爆笑(?)すれ違いラブコメ!
ランツベルク辺境伯令嬢ローザリンデは優秀な兄弟姉妹に囲まれて少し自信を持てずにいた。そんなローザリンデを夜会でエスコートしたいと申し出たのはオルデンブルク公爵令息ルートヴィヒ。そして複数回のエスコートを経て、ルートヴィヒとの結婚が決まるローザリンデ。しかし、ルートヴィヒには身分違いだが恋仲の女性がいる噂をローザリンデは知っていた。
エーベルシュタイン女男爵であるハイデマリー。彼女こそ、ルートヴィヒの恋人である。しかし上級貴族と下級貴族の結婚は許されていない上、ハイデマリーは既婚者である。
ローザリンデは自分がお飾りの妻だと理解した。その上でルートヴィヒとの結婚を受け入れる。ランツベルク家としても、筆頭公爵家であるオルデンブルク家と繋がりを持てることは有益なのだ。
しかし結婚後、ルートヴィヒの様子が明らかにおかしい。ローザリンデはルートヴィヒからお菓子、花、アクセサリー、更にはドレスまでことあるごとにプレゼントされる。プレゼントの量はどんどん増える。流石にこれはおかしいと思ったローザリンデはある日の夜会で聞いてみる。
「つかぬことをお伺いいたしますが、私はお飾りの妻ですよね?」
するとルートヴィヒからは予想外の返事があった。
小説家になろう、カクヨムにも投稿しています。
誰にも言えないあなたへ
天海月
恋愛
子爵令嬢のクリスティーナは心に決めた思い人がいたが、彼が平民だという理由で結ばれることを諦め、彼女の事を見初めたという騎士で伯爵のマリオンと婚姻を結ぶ。
マリオンは家格も高いうえに、優しく美しい男であったが、常に他人と一線を引き、妻であるクリスティーナにさえ、どこか壁があるようだった。
年齢が離れている彼にとって自分は子供にしか見えないのかもしれない、と落ち込む彼女だったが・・・マリオンには誰にも言えない秘密があって・・・。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる