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二章(ガートルード視点)
終
しおりを挟む「マリアンヌ…」
諦めた矢先の再会に、ガートルードは固まる。この期に及んで口をついたのは名前だけで、後は続かなかった。
確かにマリアンヌだった。冬の寒い中なのに、羽織っているのは薄そうな毛皮だった。毛糸の白い帽子を被って手袋も白い。
「寒くないのか?」
ついて出た言葉は、何だか間抜けだった。本当はもっとこう、再会を喜ぶ言葉を言いたかっんだと気づいた時には、もう遅かった。
「私はここで生まれ育ちました。寒いのは寒いですが、この装備で十分です」
「そうか…ならいいんだ」
「殿下を魅了した罪により投獄されました。手首に魔力を封じるブレスレットをさせられて、魔力が使えなくなりました」
マリアンヌが手首をこする。何かを打ち明けようとしている話し方に、ガートルードは聞き手に徹する。
「あのブレスレットは、貴方様が作ったものだと気づきました。拘束魔法を使える人物はそう多くはありません。罪人に使うものとして、昔から用意されていたものなのでしょうね」
マリアンヌの言う通りだった。拘束魔法の使い手は少ない。軍部に恩を売るために、ブレスレットに魔力を込めた。ざっと10本ほど。半年ほどで効力にばらつきが出るが、調整は他の魔法士に任せていた。
「最初、投獄された時もこのブレスレットでした。どうしてあの時、気づかなかったのかしら。ブレスレットに施されていた魔法は、間違いなく殿下のものだったのに。術をかけたものにしか封印は解けない。魔力を同じくする私なら、最初からブレスレットの封印を解くことが出来た」
そうですよね?と目を向けられる。ガートルードは頷いた。
「もう一度、投獄されて、同じ魔力の封印だと気づきました。それで私は、私が覚えている記憶よりももっと前に、かつてこの場所で殿下と会っていたのを思い出しました。それからブレスレットの封印を解いて、ここに隠れ住みました」
「記憶が…戻ったのか?」
「ええ」
素っ気ない返事に、ガートルードは不安になる。こちらを見るマリアンヌは、どう見ても嫌悪しているように感じる。
「私は二度、処刑されました」
どくり、と心臓が大きく音を立てる。知るはずのない事実に、記憶が戻ったと言った真の意味を知った。
繰り返した記憶も保持しているのだ、彼女は。二度も殺されて、三度目に行き着いて、その結末がこれだ。
(同じ魔力を持つから、記憶を持ったまま遡ったのか)
そう考える他ない。力が抜けて、座り込みたくなる。
「謝る言葉もない」
「謝ってください」
「すまなかった。申し訳ない。俺の罪だ。煮るなり焼くなり好きにしてくれ」
膝をついて頭を下げる。マリアンヌの気が少しでも晴れるのなら、何でもするつもりだった。
「顔を上げて」
言われた通り顔を上げる。マリアンヌは目の前に立っていて、じっと見下ろしている。
「繰り返す理由が分かりませんでした。ずっと、どうしてこんなに繰り返すのだろうと」
「すまない」
「何故繰り返したのですか」
「マリアンヌに、生きていて欲しくて」
「なら何故、二度目は助けられなかったのですか」
「間に合わなかった。同意書の取り消しをしている間に、君が予定よりも先に監獄から逃げたから」
「私のせいになさるの?」
「違う。俺が遅かっただけだ」
「…本当ですわ!」
強い口調でマリアンヌは言った。雪を気にせず座り込むと、ガートルードを睨みながら、両頬を左右に引っ張ってきた。
「私を助ける為に戻ったのなら、どうして真っ先に貴方が助けに来てくれないのですか!」
目に涙を一杯に溜めて言う。今にもこぼれ落ちてしまいそうだ。ガートルードは目を見開いて、何も答えられない。
「今回だってそう。どうして来てくれなかったんですか。ウィレムなんかに行かせて自分は部屋でふんぞり返って!どうして貴方が来なかったんですか!」
「ウィレムの方が早いかと思って」
「私はずっと怖かった!ずっと暗い部屋に閉じ込められて、夏なのに寒くてずっと不安で。ずっとずっと…!」
大粒の涙が落ちる。ボロボロこぼれて、寒さで赤くなった頬を濡らす。
ガートルードは手袋を外して両頬をそっと包んだ。一気にかじかむ手に、涙がつたう。
「そうだよな…怖かったよな」
「……ほんとうよ…ばか…直ぐに結婚しようって言うくせに、動くのは遅いんだから」
「面目ない」
「わたし…もう二十歳です。なのにまだ婚約者だなんて…どれだけ待たせるつもりなの…」
「結婚、してくれるのか」
「ばか」
ぎゅ、と両頬をつねられる。痛みに顔をしかめていると、マリアンヌが、くすりと笑った。
笑った顔を見るとホッとする。体に溜まっていた暗い物が浄化されていくように感じる。
「結婚しよう」
返事を待たずに口づけする。触れるだけの清い口づけを顔中に落として、涙を吸い取る。マリアンヌは静かに受けていた。
「返事、してないのに」
「待ってられなかった。俺は行動が遅いそうだから」
「こういう時は、ちゃんと待ってください」
「女性は支度に時間がかかる。待つのも仕事だとよく父が言っていたな」
「そうですよ。見習ってください」
くすりと笑い合う。返事は?と聞くと、はい、と応えてくれた。
もう繰り返しは起こらない。彼女を守り続ける自信があった。二人だけの世界をいつまでも漂い続ける。何も悪いことは起こらない。互いの手を取り合って、いつまでも二人分の幸せに浸っていた。
〈終〉
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