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二章(ガートルード視点)
⑥
しおりを挟む3度目にしてようやく、ガートルードはマリアンヌと再会した。
真っ先にウィレムを向かわせ、迅速に手を回し時が戻った数時間後には、マリアンヌを監獄から出すことが出来た。
既にマリアンヌを失って100年は経っていた。長い年月を経て、再び目にする彼女がまざまざと鮮明に映った。薄れかけていた記憶のマリアンヌの顔が蘇り、いま目の前にいる奇跡に、ガートルードは震えた。
エリザベスを王宮から追い出し、『魅了』からも解放された。マリアンヌの『魅了』は元々ガートルードが与えた術の一つだった。マリアンヌは効き目が無いのではと疑っていたが、そんなことはない。ちゃんと効いていた。既に愛している者から『魅了』をかけられても何も変わらないだけだ。
危機を乗り越え、やっと再会したのも束の間、マリアンヌはガートルードに関する記憶を失っていた。かつてエリザベスに操られマリアンヌにかけてしまった忘却の術のことを、ガートルードはすっかり忘れていた。時を戻るのと魅了から解放されるのに気を取られて、まさかその問題に突き当たるとは思っていなかった。
距離が離れたのなら縮めればいい。だがガートルードの実年齢は100歳を越えている。ジジイだ。外見はともかく中身は老成しきっている。今更、あんな若輩の若者の真っ直ぐな気持ちを伝えるのは年齢が邪魔して出来なかった。
それでなくともマリアンヌと会うと、何も話せなくなる。後悔と罪悪感で胸が一杯になる。許されたくて謝るなどしたくはなかったし、いきなり謝られてもマリアンヌは戸惑うだけだ。でも会いたい。身勝手な想いばかりが積もって、適当な理由をつけて、マリアンヌを近くに置き、毎日会いに行った。
会えば会うほど、マリアンヌからは不審がられた。不審者だと思われているのを自覚しながら、全く会わないのも落ち着けず、ますます奇っ怪な行動を取ってしまう。泥沼だった。
マリアンヌが熱を出した時がそうだ。見舞いに行くと、横にもならずに椅子に座っていた。驚いて話を聞くと、まだ婚前だから下手な格好は見せられないという。馬鹿なことを。ガートルードはドレスを脱がし、無理やり寝台まで運んだ。額や首に汗がにじんでいて、どれだけ拭ってやりたいと思ったことか。理性を働かせ、よく休むように告げ、部屋を出る。それからようやく我に返る。あの時ほど、馬鹿な行動をして気落ちしたことはない。
自室に戻ると、先ほどの行動を思い出して頭を抱える。
「あの…どうされました?」
ウィレムが見かねて声をかけてきた。侍医が今マリアンヌの診察をしているが、終わったらこちらへ来るようにと命令する。
「それだけですか?」
「…マリアンヌを怒らせてしまった」
「マリアンヌ様を…?」
ぽつりと吐露してしまって、ガートルードは手を振った。
「いや、忘れてくれ」
「はぁ…そうですか…?」
しばらく待つと侍医が顔を見せた。報告によると、ただの風邪だという。
「季節の変わり目ですから体調を崩されたのでしょう」
「…信じられないな」
「え?」
「本当に風邪なのか?辛そうにしていたぞ。俺に何か隠しているのか?」
問い詰めると侍医は大きく首を横に振った。
「とんでもございません。本当に風邪です」
「本当か?」
「ご心配でしたら他の侍医を呼んでまいりますが…」
この侍医は王家に代々仕える一番腕の立つ医者だ。その医者が他の者に診断させようかと提案するのだ。よほどガートルードは世迷い言を自覚した。
「いや、そこまでの必要はない。下がれ」
侍医はウィレムと目を合わせて部屋を出ていった。頭のおかしい王子だと思われたに違いない。風邪というなら風邪なのだろう。ガートルードは己に言い聞かせた。
そうなると落ち着かない。マリアンヌの顔が赤く、つらそうにしていた。今も苦しい思いをしているのだの思うと、じっとしていられない。
部屋をぐるぐる回っていると、ウィレムがおずおずと近づいてきた。
「あのー……」
「なんだ」
「殿下が目を通さねばならない書類がたまっておりまして…すみません」
ウィレムは言いづらそうだ。政務の途中なのは承知しているが、それに取りかかる前に、もう一度、マリアンヌの様子を見に行った方がいいのではと悩んでいた。さっきも行ったのにまた訪れたら、マリアンヌを疲れさせてしまうかもしれない。でも顔を見ないと気が済まない。
「マリアンヌ様の為に、花を摘まれてはいかがですか?見舞いには花が鉄板ですし」
察してウィレムが提案してくれる。花か。確かに、花を持っていけばもう一度、会う口実になる。マリアンヌは薔薇が好きだ。それを持っていこう。
早速、薔薇を摘んでマリアンヌの部屋に行くと、侍女から眠ったと告げられる。眠っているのを邪魔するわけにはいかない。その頃には多少、落ち着きを取り戻していて、明日、また訪れようと自室に戻った。
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