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二章(ガートルード視点)

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 それからは必死だった。なんとか振り向いてもらおうと毎日手紙を出し、贈り物をし、もう一度、王宮に来て欲しいと誘った。熱烈な誘いに伯爵家も察してくれて、そう日を置かずにマリアンヌは王宮にやって来た。

 非公式な訪問として、ガートルードは花園に招いた。浮かない顔のマリアンヌに、ガートルードも同じく緊張していた。

 先日の舞踏会の話よりは、とガートルードは花園に咲く花の説明をした。季節は春。新緑の季節。この時期は様々な種類の薔薇がよく咲く。
 ぎこちないやり取りを終えて、会話が止まる。お互いに気まずい思いをしていると、この沈黙を破るように強い風が吹いた。

 マリアンヌが髪を押さえる。髪を結んでいたレースの髪留めがほどける。あらわになる金の髪が、陽に照らされてきらめいた。

 ガートルードは宙に舞うレースの髪留めを反射的に掴み取る。強く吹いたのは一瞬で、今はそよ風程度に落ち着いている。

 突然のことに、二人で顔を見合わせる。まさか髪留めがほどけるとは思わなかったし、まさかそれを掴めるとも思わなかった。気まずい沈黙ではなく、驚きで反応できない沈黙がおりる。

「………………」
「………………」
「あ、髪、結ぼうか?」

 とんちんかんなことを言ってしまう。自分のはおろか、人の髪を結んだことなどない。上手に結べる自信など無いのに、なにを口走っているのか。

 マリアンヌは戸惑っていた。断るのを無礼だと勘違いでもしたのか、お願いしますと背を向けた。

 見事な長い金髪が、滝のように腰まで流れている。ガートルードは震える手で髪に触れた。

 首の裏辺りでまとめて結ぶ。絶対に変だ。高い位置でまとめられていた髪とは違う仕上がりになって、ガートルードは謝った。

「すまない。下手くそで」

 マリアンヌは髪に触れて仕上がりを確かめながら、こちらに向き直る。何故か少し笑っていた。

「ありがとうごさいます」
「…その、変になってしまった。なんなら部屋に戻って…」

 マリアンヌは首を横に振る。口角が上がって、完全に微笑んだ。嬉しそうで、こちらもつられて嬉しくなった。



 シーズン中は王都にいるから、マリアンヌを呼び寄せたり、お忍びで屋敷に行ったりもした。舞踏会に出たり、遠がけにも行ったりした。日に日に距離が縮まっていくのを感じながら、季節は過ぎ去っていった。

 秋になり、そろそろ領地へ戻るという。ガートルードは花園に招いて、マリアンヌの前に片膝をついた。

「出会ってから一年経った。あの頃から俺の気持ちは変わらない。どうか将来のこと、前向きに考えてくれないか」

 マリアンヌは、くすくすと笑った。

「いやですわ殿下」
「マリアンヌ…」
「私は既に貴方様のものです。なにを今更おっしゃるのですか」

 マリアンヌもしゃがんで、ガートルードの腕に触れる。共に立ち上がって、互いに笑顔になる。

 喜びの絶頂の中、ガートルードは唇を合わせた。両手を握って、指をからめる。
 口づけを交わしながら、ガートルードは魔力を流し込んだ。体に流れ込む違和感に、びくりと体を震わせながらも、何が起こっているのかを理解して、マリアンヌは受け入れてくれた。

 長い口づけの後、マリアンヌの体がふらつく。気分が悪くなったのかと支えると、その顔は真っ赤になっていた。

「大丈夫か?」
「…はい」
「魔力を注いだ。これでマリアンヌも魔術を使える」
「はい、分かります…」

 消え入るような声だった。倒れないように抱き留めて、ちらりと顔を覗く。赤い顔が嬉しそうに微笑んでいる。ガートルードも同じ顔をしていた。この人を離さない。永遠に。そう決意を新たにした。

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