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二章(ガートルード視点)
①
しおりを挟むブランシェット家の領地は遠い。山岳地帯で、実りは少ない。それでも国境に近いから軍事的に重要拠点で、ブランシェット家は代々、軍人として家をもり立ててきた。
ガートルードが訪れたのは15の頃だった。そろそろ外の世界にも目を向けるようにと、懇意にしている伯爵家の招きもあり、外遊前の訓練として、その地を訪問した。
ブランシェット家には残念ながら男児がおらず、女ばかりの三姉妹だった。その長女がマリアンヌだった。同い年で、婚約者もいなかったガートルードに気を使ってか、マリアンヌが主に案内役を務めた。
マリアンヌは奥ゆかしい少女だったが、乗馬が得意でその腕前は伯爵のお墨付きだった。良い馬も悪い馬もマリアンヌにかかれば従順になるという。馬の世話も任せきりにせず、馬屋の掃除までするという。
何度か一緒に遠駆けをした。急登をものともせず駆け上がっていく姿に素直に感心した。平地ばかりを走ってきたガートルードには無理な技だった。
なんとか食いついてき、開けた場所に出る。花畑が広がり、眼下には湖が見える。絶景だった。
マリアンヌはこの景色を見せたかったと言った。
「田舎にも良いところがあると知って欲しかったのです」
と、控えめに言った。とても同い年とは思えない落ち着きだった。
(この人と一緒になりたい)
自然とそう思った。宮廷とは違った新鮮さが、惹かれる理由だった。それだけじゃない。この人のまとう静謐な雰囲気が好きになっていた。隣にいるだけで落ち着ける。少し笑ってくれるだけで、飛び上がるほど嬉しくなる。
「俺と、結婚してくれないか」
思わずついた言葉に、直ぐに後悔した。マリアンヌの顔は明らかな拒絶だった。
急ぎ過ぎたと思った。それだけ馬鹿なことを口走った。
「すまない。忘れてくれ」
マリアンヌは俯いてしまった。帰り道、一言も発さなかった。
次の日から、マリアンヌは現れなくなった。激しい後悔が襲う中、とうとう最終日になり、ブランシェット家全員が見送りに来てくれた。マリアンヌもいた。顔はこわばっていた。
「少し、二人で話さないか」
ガートルードは出来るだけ怖がらせないように言った。困惑するマリアンヌに、伯爵が察して庭に案内してくれた。
庭には薔薇が咲き誇っていた。マリアンヌは薔薇を眺めるふりをして、こちらを見てくれなかった。
「薔薇が好きなのか?」
当たり障りの無い会話をと思い話を振ると、マリアンヌは小さく、はい、と答えた。
「白い薔薇が好きです」
「そうか。俺も白いのが好きだ。特に冬に咲く薔薇が」
冬に咲く薔薇は、虫に食われないから綺麗に咲く。マリアンヌも思い当たるようで、笑顔で同意してくれた。
「この間のこと、申し訳なかった」
ガートルードはマリアンヌの前に立ち、謝罪した。立場上、国の王子は下の者に謝罪してはならない。だがマリアンヌには、どうしても謝りたかった。
「そちらの気持ちも考えず」
「いえ、私もびっくりしてしまって」
マリアンヌは少し恥じらうように目を伏せた。寒さからか、頬が赤い。
「まだそういうことは、先のことだと思っていました。ずっと遊んで生きてきただけだったので、まさかこの国の王子が、私を望まれるとは思いませんでした」
来年、16になるという。デビュタントの為に王都を訪れるという。
「会えるのを楽しみにしている」
多くの女性が王族に挨拶をし、その中から目ぼしい結婚相手を見つける。王子として生まれた宿命だった。母は色々言ってくるだろうが、ガートルードの心は決まっていた。
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