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一章(マリアンヌ視点)
③
しおりを挟む「やめてください!国の王太子がそのようなこと…!」
マリアンヌの手をガートルードが取る。互いの腕には今、同じ翡翠のブレスレットが嵌まっている。マリアンヌの腕のブレスレットは、魔力を封じる術が組み込まれている。他ならぬガートルードが施したものだ。
「お前のブレスレットの封印を解く。その前に俺は自分のブレスレットを外す。外さないと俺に『魅了』を掛けられないからな」
まだ了承するとも言っていないのに勝手に話を進められる。いや、もうこの状況では断れない雰囲気になっていた。
それでもマリアンヌには懸念があった。
「お待ち下さい。私が『魅了』をかけたとしても、エリザベスの方が魔力が強かったら、再び術をかけられてしまいます」
「その心配は無い。お前の方が魔力が強いのは分かっている」
「強く暗示をかけてしまったら、その分、本来の貴方様ではなくなります」
「構わない」
「でも」
「これはお前への贖罪でもある。婚約者でありながら何年も耐え難い屈辱を受けたお前への」
「…でも」
「頼む」
もう待てないとばかりにガートルードは自らのブレスレットを外した。直ぐさま、マリアンヌのブレスレットを外すと、もう一度頼む、と彼は言った。
中庭をガートルードと歩いていると、向こうから小走りで近づいてくる人物がいた。
ブルネットに青い瞳。愛らしい容姿は、間違いなくエリザベスだった。
「殿下!」
エリザベスは息を切らして走り寄ってきた。挨拶もなしにガートルードの腕を掴む。
「殿下、探しましたのよ。どうして本日のお茶会に来てくださらなかったの?」
猫撫で声で愛想を振りまきながら、ちらりとマリアンヌに送る目線は冷たい。なんて器用なんだろうと感心した。
「聞きましたわよ。マリアンヌさんを釈放したとか。いくらブランシェット伯爵家の圧力があったとしても、陛下を惑わした罪人であることに変わりはありませんわ。もう一度、投獄して──」
話している最中なのに、ガートルードは横をすり抜ける。エリザベスは掴んでいた腕に引っ張られるように後を追う。
「で、殿下?どうなさったの?」
全く無視される。エリザベスは驚愕の顔をして、思わず手を離した。「あ…」と言ったきり、立ち止まる。
きっと気づいたのだ。『魅了』が解けたことを。
一旦、術が解けてしまえば、エリザベスは愛人でもなんでもない。ただの男爵令嬢に成り下がる。
マリアンヌはガートルードの後ろを付き従う。背後から痛いほどの視線を感じていた。
中庭を通り抜け、建物に入る。王が静養する宮へ、ガートルードと向かう途中での、エリザベスとの再会だった。
ガートルードとマリアンヌの後ろには、護衛を務める兵士二人のほか、侍従のウィレムも付き添っている。観客は三人だけだったが、どこにでも目と耳がある。エリザベスが愛人から外れたことは直ぐに広がるだろう。
「陛下はまだ本調子でない。お前の顔を見たら喜ぶだろう」
さっきの出来事などまるで無かったかのようにガートルードは素っ気なかった。『魅了』が外れて、内心は腸が煮えくり返っているのかもしれないが、それをおくびにも出さない。
「監獄から出たばかりで悪いが…」
「いえ、お気になさらず。私も陛下の容態は気になっておりました」
「これが終わったらよく休むといい」
こちらを見もせずにガートルードは言った。
普段の、というかこれまでのエリザベスの『魅了』に惑わされていた頃よりは破格の扱いを受けているのだが、どうしても違和感があった。
(この人、本当に私の『魅了』にかかったのかしら?)
『魅了』にかかった人間は、皆一様に術者に執着する。人目も憚らず抱きつき接吻をし、片時も離さないと常に傍に置きたがる。術の軽重はあっても、大体は同じだ。
かつてのガートルードもそうだった。常にエリザベスを傍に置いて、歯の浮くような言葉をかけていた。
なのに『魅了』にかかっている筈のガートルードは、普通だ。術をかける前と変わらず、冷たく愛想のない顔で、執着も見せない。もの凄く普通だ。
「恐れながら殿下」
「なんだ?」
「私の『魅了』かかってます?」
周囲に聞こえないように声を落とす。
「もちろんだ」
何を今更、とでも言うようにため息をつかれる。
「術者のくせにそんなことも分からないのか」
「なんだかあんまりにも普通なので…つい」
『魅了』されているなら、そんな冷たい物言いなどしないのだが、おかしいと思いつつマリアンヌは口を閉ざした。
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