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晩餐会
しおりを挟む晩餐会。王族は一段高い壇上に上がり、祝杯を上げた。
ダンフォースとカトリーヌは、ローズの衣装をふんだんに褒め称えた。カトリーヌは葬儀以来ずっと喪服で、今日もそうだったが、ダンフォースは王だけが纏える白の燕尾服を着ていた。明るい笑顔によく合っていた。
ローズはさすがにアルバートに対する「お見合い」の気恥ずかしさは抜けていたが、料理の味は全くしなかった。恥ずかしくはないはずなのに。ダンフォースとカトリーヌの会話に参加したりもしたが、アルバートとは何故か話せなかった。
粛々とディナーが進み、あっという間にダンスの時間。すると壇上に上がりにこやかな笑みを向ける人物が。
ローズは思わず立ち上がった。
「シュナイダー医師」
「これはローズ妃殿下。ご機嫌麗しゅう」
医師は長い白髪を一纏めに燕尾服を纏っていた。このような場には来ないかと思っていたから、なお驚いた。
医師は王と王太后にも挨拶をしてから、最後にアルバートに声をかけた。
「妃殿下をお誘いしても?」
「駄目だ。ローズの足を踏みかねん」
「僕の奥さんは、とっても上手だと褒めてくれるんだけどね」
「アルバート様、お医者様にはとてもお世話になっております」
ローズは助け舟を出した。アルバートはあからさまに嫌そうな顔をしていたが、最後は折れてくれた。
「一曲だけだ。終わったら次は私と」
ローズは頷いて、シュナイダー医師の手を取り、ホールへ降りた。
「すごい騒ぎになってるよ」
ステップを踏んでいると、シュナイダー医師は耳を近づけて言った。
「騷ぎ?」
「噂の夫妻が来てるからって、招待受けてない輩まで押し寄せてさ、外じゃちょっとした暴動だよ」
そんなことになっていたとは。ローズは周りを見回した。皆、普通に楽しそうに踊っているように見える。
「暴動なら、危険なのでは?こんなことをしていていいのかしら」
「例えだよ。暴動にはなっていない。入れろ入れろって騒いでるだけ。それより噂の中身って聞いた?」
「今聞いたばかりなのに、知るわけないじゃないですか」
シュナイダー医師はとぼけたように、それもそうだと呟く。
「じゃあ言うけど、アルバート殿下はローズ妃殿下を妻として迎えるために、隣国を滅ぼした」
ぎょっとして思わず足を踏んでしまった。
「あ!ご、ごめんなさい」
「いいよこれくらい。アルバートに自慢できる」
いつの間にそんな噂が。先のお茶会では誰も何も言わなかった。あえて隠していたのか、アルバートに止められていたのか。
医師はもう少し詳しく説明してくれた。
「かねてよりローズ嬢に懸想していたアルバート殿下は、ゴア家からの縁談を断って君に求婚した。怒ったゴア家が君を拉致し、駆け落ちをしたと噂を流した。それで怒ったアルバートが、君を取り返し国まで滅ぼしたとさ」
「あらぬ噂です」
「そうとも言い切れない。ほら、見てみなよ。こっそりね」
視線の先の壇上を見やる。アルバートは腕を組みこちらを睨んでいる。ローズは直ぐに医師に目線を向けた。
「あれだけあからさまな嫉妬を見たらねぇ。信憑性が増さない?」
「ゴア家の方々は王権を放棄し、女王は自死したと聞いています」
「それも事実。彼の嫉妬も事実」
「わけがわかりません。何が言いたいのですか?」
シュナイダー医師はくつくつと笑い始めた。
「僕は妻に尻を敷かれているけど、それが心地よくもある。彼はどうかな?」
曲が終わる。最後まで分からないまま、彼は手を引いてアルバートの元へ導いた。
壇上へ上がる前に、アルバートから降りてローズの手を取った。
「ずいぶん楽しそうだったな」
棘のある言葉はシュナイダー医師に向けられていた。彼は肩をすくめた。
「もっと話がしたかったけれど、これ以上は殺されそうだからやめとく」
「どうやって殺してやろうかと考えていた」
「おお怖い。邪魔者はこれで退散するよ。妃殿下、楽しゅうございました。また」
医師が礼を取るのに合わせて、ローズも裾を広げて膝を曲げ返礼する。医師はそのまま壁際に立っていた妻を迎えに行った。妻は不機嫌を隠さずに扇で医師の肩を叩いていたが、やがて笑みを浮かべて、ぴったり寄り添い人混みに消えていった。
「ローズ」
アルバートが手を差し伸べる。ローズは直ぐに手を重ねた。するとアルバートは笑顔になる。つられてローズも笑おうとして、もう笑っていたのに気づいた。
「アルバート様、誘ってくださいまし」
「…忘れてた」
「忘れてたんですか」
アルバートは重なった手を揺らした。
「これで、十分だと思っていたから」
いつでも温かな手。今は更にあったかい。二人分の熱が合わさっているから、熱いほどだった。
こうして手を取り合うのが、当然の関係。長くて硬い指。大きな手。ずっと、これから永遠にこの手と、この人と歩んでいく。そんな実感が不思議なほど自然に腑に落ちていった。
「私と、踊っていただけますか?」
愛する人の問いに、ローズは当然の言葉を伝えた。
「ほら、見てくださいまし」
「アルバート殿下、踊られるのね」
「お近づきになりたいわ」
「なに言ってるの無理よ」
踊る二人の姿に、見ていた淑女たちはため息をついた。
「そうね無理ね」
「あれだけ見せつけられたらねぇ」
アルバートの視線は常にローズに向けられている。愛する人にだけ見せる笑みをたたえて。慈愛に満ち溢れた表情は、ただ一人の為だけにあるのだと、そう物語っていた。
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