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国葬

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 王宮の外で、テレサは棺が出てくるのを、今か今かと待ち構えていた。
 今日は国王陛下の葬儀。棺が王宮から出て、教会へ向かうお見送りの一人として、テレサは同席を許されていた。隣には親戚のお姉さま方も同じように待機している。全員喪服姿で粛々としていたが、こんな時でも内緒話は止めない。ひそひそ話がそこかしこで囁かれていたが、皆うまいもので、テレサの耳に話の内容はこれっぽっちも入ってこなかった。

 テレサは聖誕祭以来、鬱屈していた。
 よく分からない侍女に昏倒させられ、目覚めたら自分の屋敷に戻されていた。クロー公爵からは強く口止めされて、ローズとモーリスがどうなったのか、顛末を聞けなかった。恐らくは予定通りに事は進んだのだろう。お姉さま方ともあれから会ったが、皆顛末を知らず、この件はこれで終わったのだと、すっきりしないながらもそう思うしかなかった。
 いくら外聞が悪いからと言っても、姪に協力させるだけさせて何も話さないのは納得出来なかった。また会う機会があったら、こっそり聞いてみなければ。テレサは胸の内でそう決意していた。今日はその良い絶好の機会だったが、残念ながら叔父は既に教会に行ってしまっていた。後でテレサもそちらに行って、今度こそ聞くつもりだった。

 にわかに周囲がざわつく。いよいよかと身を乗り出す。門が開く。そこから、国王旗をはためかせた衛兵が馬に乗って出てくる。その次に、仰々しく飾り付けられた棺がゆっくりと姿を見せた。白い棺に王家の紋章があしらわれた赤地の布がかけられ、花束が置かれていた。落ちないようにうまく固定されていて、風に揺れながらもそこに留まっていた。近衛兵は棺を守るように周りに配置されていて、物々しい雰囲気だった。
 その後ろを正装姿の少年が追随する。この方が新国王だ。葬儀でも白の服なのは王である証。喪に服さず、まつりごとを優先するという意味が込められているという。馬を無理なく操っているから相当な腕前だろう。若干、十一歳だというが、背の高さと利発そうな面から、大人びて見えた。顔も非常に良い。テレサは年上だが、もしかしたら隣に座る日が来るかもしれないという淡い期待を描いた。
 次に黒塗りの小さな馬車。順番からして王妃さまだろう。カーテンが締め切られていて中は見えなかった。派手好きで有名な王妃だったから、この質素な馬車に乗っているのが想像できなかった。それほど悲しみの深さが伺いしれた。

 ひときわ大きなざわめきが起こった。テレサもそちらを見る。その姿に、あ、と思わず声を上げた。
 黒馬にまたがり、黒の軍服姿。金の飾緒を付けてはいるが、胸に勲章は一つもなかった。政務に携わらない前国王の弟ならば、何も無いのは頷けた。初めて公然に姿を見せて、周囲は動揺と共に、葬儀を忘れて感嘆する声も聞こえた。
「あれが、前国王の弟君?」
「何て凛々しい方なの」
「軍服が良くお似合いだわ」
 テレサの驚きの声は周りにかき消される。隣の姉君たちも同じように驚いてテレサに顔を向けた。
「あの人…!モーリスさん!?」
「どういうことですの?」
「殺されたんじゃ…」
「あそこにいるのは間違いなく彼だわ。モーリスって、偽名だったの…?」
 男爵の三男ぶぜいがあそこに参列出来るわけがない。答えは明らかだった。
「じゃあ、あそこにいるのは…」
 一人の声を受けて、テレサはその後ろに続く馬車を見やる。あれも黒塗りの質素な馬車。だが、カーテンは開いていて、中を伺い知る事が出来た。小さな窓で、黒のベールを頭にかけてはいたが、顔馴染みならば直ぐに気づく。テレサは言葉を失った。
 そこにいたのは、紛れもなくローズだった。うそ、と呟くが、周りの喧騒に消され、自分の耳にも届かなかった。
 見ているものが信じられなかった。いつも弱々しく、取るに足らないと思っていた従姉妹が、あそこに王族として参列しているのが許せなかった。

 列は続々と教会へ向かっていく。テレサも追いかけた。

 
 教会に着いて、馬車の扉を開けたのはアルバートだった。ローズは驚きつつも、手を取って馬車を降りる。心地よい風が首元をすり抜ける。今日は晴天。良き日になった。
 アルバートの手を取ったまま、教会の入口へ向かう。沿道の人々の視線がこちらに向いていると気づいて、ローズは居心地悪い思いをした。大丈夫。上から声が降りてきて、心が和らいで顔を上げた。
「ローズ!」
 誰かの声にローズはアルバートの手を強く握った。アルバートが安心させるように肩を抱く。
 その声はテレサだった。
 どうして?という顔をしていた。驚きと共に怒りもあるように見えた。真意は分からない。良い感情でないことは確かだ。
 アルバートの行動は簡潔だった。衛兵に何事かを告げただけ。すると衛兵はテレサの元へ行き、何処かへ連れていこうとする。抵抗するもテレサは、呆気なく群衆の中へ消えた。ローズはアルバートに詰め寄る。
「テレサに何を」
「なに、ちょうど献花する未婚の娘に欠員が出たからな。代理を押し付けただけだ」
 葬儀に合わせて、教会の外で献花の儀式が行われる。それのことを言っているのだろう。役目を与えて体よく追い払った形となったが、選ばれるのは名誉あること。喜んでくれるといいのだが。
 アルバートが中へ促す。今日の為に体調を整えてきた。今はこちらに集中しなければ。ローズは深く息を吸った。


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