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言葉
しおりを挟む帰りの馬車の中には、アルバートとローズ、それとクロー公爵が乗っていた。アルバートの隣にローズ、ローズの向かいに公爵が座っていた。
ローズは久しぶりの父親との再会だったが、かける言葉が見つからなかった。何から言えばいいのか分からず、拳を握りしめ俯いた。父も同じ思いなのだろうか。いつも仏頂面だったから、今も本心はよくわからない。とにかくお互い無言で、重い空気だった。
そんな二人を気遣ってなのか、アルバートが口を開いた。
「私の話をしようか。ここなら誰にも聞かれない。私の名はアルバート・エアハート。現国王陛下の弟だ」
アルバートの名乗りに、驚く者はいなかった。アルバートも気にせず続けた。
「とはいっても異母兄弟だ。母親が違う兄弟は無用な争いの元になる。兄が伏せって十年以上経つが、それでも私は政務に関わらない為に、貴様のような臣下に姿すら見せてこなかった」
だが、と声を落とす。
「公とは面識があった。どうしてか分かるかローズ?」
「え?いえ…」
「ローズを愛人にという申し出があったからだ」
全くの初耳だった。ローズは思わず父を見た。父は目を合わさず、顔色を変えない。
「王弟の愛人になれば、一族に恩恵がある。ローズは美しいからな。私を篭絡でもしてくれれば、政に口出しできるとでも思ったんだろ。だが私は前述した通り政務には関わらない。今後、貴様のような面倒くさい輩が出てこないように、念を入れる必要があった」
「解せませぬな」父が重い口調で言う。「何故、そこまでして政務を避けられるのか」
「それは…」
一度、言葉を区切る。ギリ、と嫌な音がした。アルバートが、奥歯を噛み締めた音だった。
「私の母親が、ゴア家の者だからだ」
ゴア家。聞き覚えがあった。ローズに毒を飲ませたという一族だった。
「ゴア家は隣国の王族だが、小国だ。私を使って、この国を乗っ取ろうと画策している。それをどうしても避けたかった」
「まだ分からぬことが。何故、殿下の元に娘がいるのですか」
「貴賤結婚するためだった」
その答えに、ローズは全てを理解した。
貴賤結婚、身分の異なる者同士の結婚だが、アルバートが王族である場合は意味合いが異なる。
通常、王になるには、両親が王族でなければならない。王弟であるアルバートであれば、妻として迎える者も王族が妥当である。というのは、我が国の王位継承権を持つものが、現在アルバートとダンフォースの二人しかいないからだ。王位継承権を持つものを増やしておかないと、王家の存続の危機に繋がりかねなくなる。
クロー公爵家は、王族の血を引いてはいるが、王族ではない。これは貴賤結婚に当たる。
「では何故、最初の時、ローズを愛人でなく妻としなかったのですか」
ローズが思った疑問を父が問う。
「それは考えた。だが私が望むのは、完璧な貴賤結婚だった。公では中途半端に王族の血を引いているから、難癖つけられて将来、子供が王位継承権を持ってしまうかもしれない。だから誰からも口出しされないくらいの──売人に売られているような身寄りのない女と結婚する必要があった」
「売人…?」
何も知らない父が呟いた。アルバートはローズのために、その問いに答えなかった。
「モーリスはゴア家の手先だった。ローズが狙われたのは、おそらく、愛人をという話を結婚だと勘違いしたせいだろう。私がわざわざ乗り込んだんだ。そう思われても仕方がなかった。クロー公爵、貴方の娘は駆け落ちしたのではなく、させられた。ゴア家の陰謀に巻き込んでしまった。私のミスだ」
すまない、と言った。ローズはそっと手を握った。アルバートも手を重ねた。
そんな二人の姿を見ても、父の表情は変わらない。眼差しは静かだった。
「しかしそんな下賤の者との婚姻が許されるとは思えませんな」
飄々と言ってのけた。だがアルバートも足を組み替えて答えた。
「婚姻証明書の公証人を教皇にしてある。教皇が認めた結婚に誰も異を唱えられない」
「教皇が公証人?」
父の言葉は、どこか驚きを含んでいるように聞こえた。ローズも全く考えもしなかった答えだった。
教皇が公証人など聞いたことがない。だが、確かに最高峰の権威を持つ教皇程のお墨付きは、強力な武器になる。相当金を注ぎ込んで交渉したに違いない。苦労が忍ばれた。
「現在、ローズは除籍され公爵令嬢ではない。既に彼女のサイン入りの証明書は作成済みだ。これを教皇に届けたら、婚姻は成立する。私の思惑通りになるわけだが、折角だから父君に了承を得たほうがいいだろう。彼女を私の妻に迎えても構わないか?」
「除籍した娘なれば、一族ではない」父は冷たく言う。「だが家族ではある。娘が望んでいるのなら、私は何も言わない」
ローズ、と声をかけられる。初めて父と目が合った。
「元々痩せていたが、さらに痩せたな。殿下の正妻となれば、心労も増えるだろう。引き返すなら今だぞ」
「願ってもないことです」
ローズは、きっぱり言った。
「女の身で、生涯を共にする相手を自ら選べるのです。これ程の幸運はありません。私は、アルバート殿下との結婚を望みます」
この言葉を言うために、今まで生きてきたのかもしれない。この言葉をなんのためらいも無く言えて、良かったと思った。
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