20 / 44
診察
しおりを挟む王都へ到着。聖誕祭など、祝い事くらいでしか王都に来たことがなくても、ローズにとっては、ある程度、馴染みのある風景だった。幾筋もの大通りに、商店が立ち並ぶアーケード。整然と区画された建物。白亜で統一され、高さも揃えられていた。貴族は店など行かない。商人を呼んで物を買う。それも使用人の仕事で、ローズ自身が何かを買うなど、したことがなかった。時々、馬車で外出する時などは、人々の往来を眺め、その人たちが金を払って物を買い、その場で飲み食いしている様を見るのが好きだった。母は見苦しいと嫌そうに言っていたが、ああいう奔放さに、ローズは憧れを持っていた。
今朝、王都へ入るために寝台を取り外した馬車の中で普通に座っていたローズは、こっそり外を覗いた。随分入り組んだ路地を通り、人気は無くなり、昼間なのに夜のような暗さがあった。ローズは、その不気味さに若干、怖さを感じていた。
「あの…道、合ってますか?」
腕を組んでいたアルバートは頷いた。それから同じように外を覗いた。
「ここは貧困層だ。寒さを凌ぐために皆、地下の下水道で暮らしている」
「貧困層…」
「シュタイン医師は、ここに屋敷をわざわざ構えている。ならず者を使って、薬の効き具合いを調べている、と言われているが、本当のことは分からない。法に触れるような事もしているだろうが、腕は確かだ。よく診てもらうといい」
と、言っている間に、馬車は門をくぐっていった。直ぐに屋敷に到着したらしい。馬車が止まり、従者が扉を開けた。
と思ったら、そこには全く見知らぬ人物が立っていた。白髪が印象的だが、顔はシワ一つなく若い顔をしていた。細い身体に猫背で、服は浮浪者のようにボロを纏っていた。
その人物が乗り込んで来たので、ローズは驚いた。ローズを庇うように、アルバートが前に立ちはだかり、その人物を馬車の外へ押し出した。
「無礼にも程があるぞ。シュタイン医師」
え?とローズは見やる。細身の男は、不気味な含み笑いをしだした。
「いやぁ…屋敷の中に呼んでもいいが、今、死体の腐乱状態を調べていてね。それで構わないなら入っていいよ」
「ふざけるな」
アルバートが医師を乱暴に放る。医師は何が楽しいのか大笑いして、大げさに地面に転がった。
「フッフッフッ。随分入れ込んでるじゃないか。だれ?その人、奥方?」
「ゴア家の毒を飲んだ者だ」
医師はますます大笑いした。それから起き上がって、ローズに近づこうとした。アルバートが肩を掴んで止める。医師はその手を叩いた。
「離し給え。診察する」
「本当にこの馬車で診るのか?」
「言ったろ。死体の腐乱状態を調べていると。どれくらいの温度から腐敗が進むか調べてるから、うちの屋敷、その馬車よりも寒いぞ」
それに、と医師は付け足した。
「その娘、死臭がする」
医師の言葉に、ローズは血の気が引いた。
毒などと、そんなものを飲んだ記憶など無かった。アルバートも何も言ってこなかった。ここに来て初めて知る事実に、ローズは思わず胸に手を当てた。
馬車の中で診察することに。誰にも見られないようにリラ一人が馬車の外で待機し、医師、ローズ、アルバートが馬車の中に留まった。
医師は中に入るなりニオイを嗅いだ。それから脈を取った。考え込むような神妙な面持ちのまま、医師は自然な動きでローズの胸に触れた。
アルバートはすかさず医師を殴った。拳は顎にあたり医師は後ろの壁に後頭部をぶつけた。
「っぶ!!いったいなぁ!!殺す気か!」
「何故そこを触るのか説明すれば殴らなかった」
「心臓の音を聞きたかったんだ!服の上からでも分かるんだ!凄いだろ!」
医師は頭と顎を押さえ、悶絶している。ローズはこの医者が可哀相でアルバートに言った。
「お医者様なのですから、私は気にしません。今までのお医者様も胸の音を聞いてました」
とはいえ、いつも聴診器を当てての事だったが。
「俺が不快だと思ったから殴っただけだ。それに個人的に俺はこの医者が嫌いだ」
本人の目の前でアルバートはキッパリ言った。どんな理由なのか、聞いても良いのか分からずに躊躇していると、医師が口を挟んだ。
「昔、僕が実験で石鹸水飲ませたの根に持ってるんだよ。人間が浮くかの実験をしてたんだけどね、まぁ浮かないよね」
「黙って診察しろ」
「邪魔したの君じゃないか」
やれやれと言った調子で、改めてローズに手を伸ばして、すんでのところで止まった。不審に思って医師を見れば、彼が見ていたのはアルバートだった。アルバートに触れてもいいか目で訴えているらしい。アルバートは手を振って顔を背けた。一応の了解は得たと解釈した医師は、そっと胸に触れた。
先の冗談のようなやり取りが嘘のように、医師は真剣な面持ちになった。ゆっくり手は下へ下がって腹に触れた。確かめるように何度が押して、やがて離れた。
「アルバート」
医師は呼びながら、モノクルと呼ばれる片眼鏡を嵌め込んだ。
「この娘は何者だ?」
「それを聞く意味はなんだ」
「随分手の込んだ事をされている。相当恨まれでもされない限り、こんなことにはならないぞ」
こんなこと?ローズにはさっぱり理解出来なかった。全く自覚症状は無く、なんなら今が一番体調が良いくらいだった。
「私…私どうなってるんですか?」
「腹の中に、」
「待て」
説明しだした医師をアルバートが止める。
「彼女に話すな」
「──では、外へ」
二人が出ていきローズだけ馬車に残される。不安を煽る物言いだけされて。実際不安だった。自分のことなのに隠されて、そもそも毒を飲んでいたことすらも知らされておらず、蚊帳の外。
扉をこっそり開けて聞き耳を立てる度胸もなく、ただ座っているだけ。ローズは目を閉じ、自分の心臓の音を聞いてみようとするが、よく分からなかった。目がじんわり熱くなる。それが涙だと気づいたのは、随分後になってからだった。
46
お気に入りに追加
2,045
あなたにおすすめの小説
断罪されてムカついたので、その場の勢いで騎士様にプロポーズかましたら、逃げれんようなった…
甘寧
恋愛
主人公リーゼは、婚約者であるロドルフ殿下に婚約破棄を告げられた。その傍らには、アリアナと言う子爵令嬢が勝ち誇った様にほくそ笑んでいた。
身に覚えのない罪を着せられ断罪され、頭に来たリーゼはロドルフの叔父にあたる騎士団長のウィルフレッドとその場の勢いだけで婚約してしまう。
だが、それはウィルフレッドもその場の勢いだと分かってのこと。すぐにでも婚約は撤回するつもりでいたのに、ウィルフレッドはそれを許してくれなくて…!?
利用した人物は、ドSで自分勝手で最低な団長様だったと後悔するリーゼだったが、傍から見れば過保護で執着心の強い団長様と言う印象。
周りは生暖かい目で二人を応援しているが、どうにも面白くないと思う者もいて…
【完結】実家に捨てられた私は侯爵邸に拾われ、使用人としてのんびりとスローライフを満喫しています〜なお、実家はどんどん崩壊しているようです〜
よどら文鳥
恋愛
フィアラの父は、再婚してから新たな妻と子供だけの生活を望んでいたため、フィアラは邪魔者だった。
フィアラは毎日毎日、家事だけではなく父の仕事までも強制的にやらされる毎日である。
だがフィアラが十四歳になったとある日、長く奴隷生活を続けていたデジョレーン子爵邸から抹消される運命になる。
侯爵がフィアラを除名したうえで専属使用人として雇いたいという申し出があったからだ。
金銭面で余裕のないデジョレーン子爵にとってはこのうえない案件であったため、フィアラはゴミのように捨てられた。
父の発言では『侯爵一家は非常に悪名高く、さらに過酷な日々になるだろう』と宣言していたため、フィアラは不安なまま侯爵邸へ向かう。
だが侯爵邸で待っていたのは過酷な毎日ではなくむしろ……。
いっぽう、フィアラのいなくなった子爵邸では大金が入ってきて全員が大喜び。
さっそくこの大金を手にして新たな使用人を雇う。
お金にも困らずのびのびとした生活ができるかと思っていたのだが、現実は……。
とある虐げられた侯爵令嬢の華麗なる後ろ楯~拾い人したら溺愛された件
紅位碧子 kurenaiaoko
恋愛
侯爵令嬢リリアーヌは、10歳で母が他界し、その後義母と義妹に虐げられ、
屋敷ではメイド仕事をして過ごす日々。
そんな中で、このままでは一生虐げられたままだと思い、一念発起。
母の遺言を受け、自分で自分を幸せにするために行動を起こすことに。
そんな中、偶然訳ありの男性を拾ってしまう。
しかし、その男性がリリアーヌの未来を作る救世主でーーーー。
メイド仕事の傍らで隠れて淑女教育を完璧に終了させ、語学、経営、経済を学び、
財産を築くために屋敷のメイド姿で見聞きした貴族社会のことを小説に書いて出版し、それが大ヒット御礼!
学んだことを生かし、商会を設立。
孤児院から人材を引き取り育成もスタート。
出版部門、観劇部門、版権部門、商品部門など次々と商いを展開。
そこに隣国の王子も参戦してきて?!
本作品は虐げられた環境の中でも懸命に前を向いて頑張る
とある侯爵令嬢が幸せを掴むまでの溺愛×サクセスストーリーです♡
*誤字脱字多数あるかと思います。
*初心者につき表現稚拙ですので温かく見守ってくださいませ
*ゆるふわ設定です
【完結】転生したらモブ顔の癖にと隠語で罵られていたので婚約破棄します。
佐倉えび
恋愛
義妹と婚約者の浮気現場を見てしまい、そのショックから前世を思い出したニコル。
そのおかげで婚約者がやたらと口にする『モブ顔』という言葉の意味を理解した。
平凡な、どこにでもいる、印象に残らない、その他大勢の顔で、フェリクス様のお目汚しとなったこと、心よりお詫び申し上げますわ――
辺境伯へ嫁ぎます。
アズやっこ
恋愛
私の父、国王陛下から、辺境伯へ嫁げと言われました。
隣国の王子の次は辺境伯ですか… 分かりました。
私は第二王女。所詮国の為の駒でしかないのです。 例え父であっても国王陛下には逆らえません。
辺境伯様… 若くして家督を継がれ、辺境の地を護っています。
本来ならば第一王女のお姉様が嫁ぐはずでした。
辺境伯様も10歳も年下の私を妻として娶らなければいけないなんて可哀想です。
辺境伯様、大丈夫です。私はご迷惑はおかけしません。
それでも、もし、私でも良いのなら…こんな小娘でも良いのなら…貴方を愛しても良いですか?貴方も私を愛してくれますか?
そんな望みを抱いてしまいます。
❈ 作者独自の世界観です。
❈ 設定はゆるいです。
(言葉使いなど、優しい目で読んで頂けると幸いです)
❈ 誤字脱字等教えて頂けると幸いです。
(出来れば望ましいと思う字、文章を教えて頂けると嬉しいです)
〖完結〗旦那様が愛していたのは、私ではありませんでした……
藍川みいな
恋愛
「アナベル、俺と結婚して欲しい。」
大好きだったエルビン様に結婚を申し込まれ、私達は結婚しました。優しくて大好きなエルビン様と、幸せな日々を過ごしていたのですが……
ある日、お姉様とエルビン様が密会しているのを見てしまいました。
「アナベルと結婚したら、こうして君に会うことが出来ると思ったんだ。俺達は家族だから、怪しまれる心配なくこの邸に出入り出来るだろ?」
エルビン様はお姉様にそう言った後、愛してると囁いた。私は1度も、エルビン様に愛してると言われたことがありませんでした。
エルビン様は私ではなくお姉様を愛していたと知っても、私はエルビン様のことを愛していたのですが、ある事件がきっかけで、私の心はエルビン様から離れていく。
設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。
かなり気分が悪い展開のお話が2話あるのですが、読まなくても本編の内容に影響ありません。(36話37話)
全44話で完結になります。
初耳なのですが…、本当ですか?
あおくん
恋愛
侯爵令嬢の次女として、父親の仕事を手伝ったり、邸の管理をしたりと忙しくしているアニーに公爵家から婚約の申し込みが来た!
でも実際に公爵家に訪れると、異世界から来たという少女が婚約者の隣に立っていて…。
運命の番なのに、炎帝陛下に全力で避けられています
四馬㋟
恋愛
美麗(みれい)は疲れていた。貧乏子沢山、六人姉弟の長女として生まれた美麗は、飲んだくれの父親に代わって必死に働き、五人の弟達を立派に育て上げたものの、気づけば29歳。結婚適齢期を過ぎたおばさんになっていた。長年片思いをしていた幼馴染の結婚を機に、田舎に引っ込もうとしたところ、宮城から迎えが来る。貴女は桃源国を治める朱雀―ー炎帝陛下の番(つがい)だと言われ、のこのこ使者について行った美麗だったが、炎帝陛下本人は「番なんて必要ない」と全力で拒否。その上、「痩せっぽっちで色気がない」「チビで子どもみたい」と美麗の外見を酷評する始末。それでも長女気質で頑張り屋の美麗は、彼の理想の女――番になるため、懸命に努力するのだが、「化粧濃すぎ」「太り過ぎ」と尽く失敗してしまい……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる