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侍女が言うには
しおりを挟むミアは新しい主に戸惑いっぱなしであった。
金髪碧眼、整った顔立ちこそは貴族らしく、所々垣間見える所作や、侍女の扱いに慣れていることからも、彼女が貴族の出であるのは疑いようが無かった。
旦那様が突然連れてきたかと思えば、何の説明もなしに配属された。ローズの時々の言葉から、旦那様に買われたらしいが、果たして本当か分からない。
二人の関係は不明で、円満退職の為には知らない方がいいのだろうが、気になって仕方がない。ミアは旦那様が部屋を訪れるたび、耳をそばだてたが、ローズの体調のやり取りばかりで、核心部分は何も明かさなかった。
まぁそれは仕方がない。何せローズはこの屋敷に来て以来、殆ど寝たきりだった。拷問のような腰の痣(本人がそう言うのだからミアも合わせている)、痩せ細った身体。そして何より、死人のように感情が抜け落ちていた。ミアが声をかけなければ、いつまでも虚空を見つめて、魂が抜けたようだった。
初日の食事は本当に驚いた。翌日からは少しずつ食べてくれるようになったが、それでも子供よりも少ない量だった。何を聞いても美味しいと答えるばかりで、なのにちっとも美味しいと思っていないように食べる。傷の治りが遅いのも無理はなかった。
何とか食べてもらおうとミアは料理長と話し合った。すると何と旦那様がやって来た。厨房に顔を見せるのは非常に珍しかった。二人して深く頭を下げた。
「顔を上げろ。ブランデーの在庫を聞きたかったんだが、どうした?」
ミアは料理長と顔を見合わせた。答えるのが遅れると旦那様は直ぐにお怒りになる。ミアは観念して打ち明けた。
「ローズ様のことです」
「話せ」
ミアは食事が細い話をした。ローズがここに来て、一度も完食したことがないと話した。
「お口に合わないのでしょうか」
旦那様は考えるように顎に手を当てた。
「一度、試すか」
「試す?」
「料理長、今から俺が言う通りのものを作れ。今すぐだ」
旦那様の話すことに、二人は目をパチクリさせた。
扉を叩いて中へ入る。ローズは立ち上がって窓から外を眺めていた。ミアはワゴンを押して、小さな丸テーブルに食事を置いた。
「ローズ様、お召し上がりください」
声をかけて、やっとローズは振り返る。素直にテーブルまで来ると、食事を覗き込んだ。
「同じスープ?」
ローズが問う。
テーブルには同じ料理が二皿並べられていた。どちらもトマトのスープ。ミアは頷いた。
「味付けを変えてみたんです。お好みの方を教えていただきたくて」
「そう。ここの食事はどれも美味しいですから、そんな気遣いは不要ですよ」
と言いつつ、椅子に座りスプーンを口に運ぶ。両方とも平等に飲むと、ローズはポツリと言った。
「どちらも美味しいです」
「左様でございますか」
「ごめんなさい。色々工夫させてしまって」
「とんでもございません。リクエストがありましたら何なりと仰ってください」
スプーンが置かれる。表情は変わらない。ミアは驚きを隠すのに必死だった。
厨房へ戻ると、旦那様と料理長が待ち構えていた。ミアは直ぐに結果を報告した。
「どちらも、美味しいと」
「やはりな」
旦那様がため息をつく。料理長も苦々しい顔をしていた。
料理長が用意した二つのスープ。一つは普通の味付けだが、もう一つは唐辛子を大量に入れていた。味見したミアは喉から火が出るほどの辛さを味わっていた。これを、顔色一つ変えず食べるなんで信じられなかった。
「ちゃんと水を飲ませたか」
あんな辛いものを摂取したら胃が荒れる。ミアは勿論と頷いた。
「新しい薬だと偽って、胃薬も飲ませております」
「ご苦労」
「旦那様…どうして、ローズ様はあんな嘘を」
不躾だと自覚しつつ聞かずにはいられなかった。幸い旦那様は、すんなり答えてくれた。
「嘘だと思っていないんだろうよ」
「え?…まさか」
「味覚が馬鹿になってるのに気づいて無いんだろ。お前も薄々気づいてるだろう。あの女は生きる気力が無い」
反応が薄いとは思っていたが、そこまで口にするのは憚られた。ミアの無言を肯定と捉えた旦那様は、次は料理長に声をかけた。
「十中八九、栄養失調だろう。こうなったら少ない量で栄養のあるものを食べさせなきゃならん。料理長、手間ばかりかかる作りがいの無い女だが、対応してくれ」
料理長は帽子を取って頭を下げた。旦那様は頷いて、ブランデー片手に厨房から出ていった。
旦那様がいなくなって、胸を撫で下ろす。威圧感のある旦那様には、姿を見るだけでも緊張する。ガタイのいい料理長ですらそうらしい。二人して同時に安堵の息を吐いたので、互いに苦笑しあった。
夕食を終えて主を夜着に着替えさせる。ミアはベットで横になっているローズに今日最後の挨拶をした。ローズはいつものように、お休みなさい、と答えた。
部屋を辞する。入れ替わりに近づいてくる足音。ミアはさっと階下へ向かった。誰がローズの部屋に入っていったか。そんなこと考えるまでもなかった。ミアは使用人らしく知らないフリをして自室へ戻った。
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