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三章

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 肉棒が入り込む瞬間、いつも身体が震える。彼は労るようにいつも肩を撫でて、その手は腰を支えて、更に下へと滑らせる。膝裏を押し上げられ、あられのない姿を晒しても、アンはこの人の前だから平気だった。醜い顔を愛おしいと言ってくれる人だから、これくらい、なんてことなかった。

 一回一回こなしていくと、アンも大体この行為を知っていった。腹の中の痺れは快楽で、限界を迎える手前が一番気持ちいい。でも限界を早く迎えたいとも思っている。膣内が激しく収縮する時が「達している」とか「イッている」とかで、アーネストは良く「イッている」方を使う。

 今も、肉棒が全て収まるまでに、アンは直ぐに達して、視界に見える自分の足がびくびくと震えていた。
 アンがイッている間、アーネストは動かない。モノが馴染むように、待っていてくれる。最初の何度かは知らなかった。でも何だか辛そうにしていたし、アーネストに大丈夫かと聞いても大丈夫としか返してくれなくて教えてくれない。そこで朝、掃除にやって来たソニアに思い切って聞いてみた。
 
 夜の行為について、貴族の子女は事前にそれとなく教えてもらうものだという。アンが結婚する予定は早々に消え失せていたから、必要無いものと判断され教育を受けてこなかった。全く知らない訳では無いが、それほど知っている訳では無い。身近にいる同性の相談相手といえば、アンにはソニアしかいなかった。
 ソニアは既婚者ではないが、そういった方面の知識も持っていた。朝の掃除で忙しいだろうに、嫌な顔一つせず、教えてくれた。

「奥様が、お果てになるように、殿方にもそういった時があります」
「おはて?」
「一番気持ち良くなるとき、ありませんか?ある瞬間になると…」

 アンは合点がいった。

「達するとか、いくとか、そういうの?」
「ええそれです」

 そんな言い方もあるのかと感心する。早速一つ勉強になった。

「殿方は射精…分かります?」
「分かります。その時が、男の方の果ててる時、という意味?」
「そうなりますが、男性の場合は、外に出す分、我慢も出来るんです」
「我慢…?とうして?」
「無理に体を繋げますと奥様のご負担になりますから、旦那様は先ずは奥様の準備を十分に整えてからとお思いなのでしょう」

 それでアンはいつも先に「イかされる」のだと知る。一度達すると、愛液が溢れて滑りがよくなる。中がモノに合わせて収縮するから、痛みが無くなる。

「じゃ、じゃあアーネスト様は…私の準備が整うまで、我慢してるってこと?」
「動かずじっとしているのなら、かなり辛いと思いますよ」

 夜の出来事を思い返すと、心当たりしかない。挿入されて達して、内壁の収縮が終わるのをいつも待ってくれている。あの時、アーネストは精を放ちたいのをずっと堪えてくれているのだ。

 女でも、高められると早くイきたいと思ってしまう。男ならば相当だろう。

「…ソニア、どうしたらいいのかしら。私ばかりでなく、アーネスト様にも、一緒に…でもアーネスト様は、きっと私を優先するわ」
「そう深刻になることはありませんよ」

 ソニアは実に軽い調子で言った。

「なにか良い方法でもあるの?」
「ええ。要は先に奥様が身体の準備を終えていればいいのです」
「…?というと?」

 にっこり微笑んだソニアは、アンに耳打ちする。話を聞き終えたアンは、初めて聞く内容に戸惑ったものの、アーネストの為にと、最後はそのを求めた。




 そして夜。先に体を清め終えたアンは、とっても緊張しながらアーネストがやって来るのを待った。その品物を手に取って蓋を開けてみたりしたが、良い匂いばかりを嗅いで、先には繋がらず、再び蓋を閉めた。品物を取り寄せたはいいものの、実行に移すには、アンにはまだ抵抗があった。

 ベッドに座って、黒のガラスの小瓶に入ったそれを両手で隠すように握りしめる。小瓶は人肌に馴染んでいく。温めてから使えとソニアは言っていた。だから温めている訳では無いが、置いておくのも憚られて、手に納めるに至った。

 大きな足音がして、アーネストが入ってくる。手燭をテーブルに置いて、彼はまずアンの体調を気遣う言葉をかけてきた。アンは問題ないと答えた。アーネストが伺うようにアンの顔を覗き込んでくる。額に手を当てられて、熱を測られる。

「…なにか変だ」

 アンはどきりとした。手中の小瓶を握りしめる。僅かな動きにアーネストが気づいてしまった。

「なにを持っている」

 秘密にしておくつもりなど無い。夫婦なのだから、提案するだけ。アンは腹を決めた。

「今日は、こちらを使っていただきたくて」

 小瓶を見せる。アーネストの大きな手に置くと、彼は蓋を開けた。匂いを嗅いで、顔をしかめる。

「これが何なのか知ってるのか」
「だってアーネスト…辛そう」

 少し子供っぽく言ってしまったかもしれない。二人だけの時はもっと砕けて喋って欲しいとか、「様」はつけないで欲しいとか、要望されていた。今、その通りに直したって構わないだろう。

 対するアーネストは、目を細めてこちらを見てくる。

「辛い?俺が?」

 何が辛いのか、心当たりが無いらしい。説明を求められている。

「私が果てている時、アーネスト様は我慢なさっておいでです。一緒に、気持ちよくなりたいんです」

 回りくどく言うよりは、率直に言ってしまおう。そう思ってのことだったが、アーネストはますます険しい顔をした。

「俺のやり方が不満か?」
「辛そうなのが嫌なんです。私ばっかりなのも嫌なんです」
「これはソニアに頼んだのか」
「相談出来るのはソニアしかいません」
「俺に言ってくれよ」
「だって貴方のことだから、気にするなとか言いそうなんだもの」

 本心を打ち明ける。するとアーネストはベッドを降りてしまった。テーブルに小瓶を置いて、直ぐに戻ってくる。ベッドに乗って、アンの額にキスをすると、胡座をかいて対面に座った。

「アーネスト様…?」
「君が積極的なのは、男としては嬉しい。毎日、体を重ねて、疲れていないか?」
「私は全然…もしかしてアーネスト様、疲れてますか?」

 アーネストは、いや、と否定した。

「疲れさせようとしてた」
「わたしを?」
「決して気を失わせようとか、そういうわけではない。体力を使う行為をすれば、その分、体が強くなる」

 彼の言いたいことが分かってきた。つまりアーネストは、アンに体力をつけさせようとしていたのだ。
 アンは呆れてしまった。まだ自分の体の心配をするなど。ここに来たのは、休暇の為だろうに。

「アーネスト様のそういう所が、私を申し訳なく思わせているのですよ」
「アンの為でもあり、俺の為でもある。あの小瓶を使うつもりは無い。君には十分だし、俺は辛くない」
「辛そうな顔をしてます」
「快楽と苦痛は紙一重だからな。俺は別に不満は無い」

 キッパリと言い切ると、アーネストはアンの両手、指先だけをそれぞれ握った。

「アンが気持ちよくなってるのを見るのが好きなんだ。見逃したくなくて、ずっと見ている」
「そんなの、私もです。でも苦しそうな顔をしてらっしゃるから」
「自分じゃ自分の顔は分からない。でも辛そうな顔をしていたとしたら…」

 アーネストは少しうつむく。

「君が……かわいくて…、苦しいんだと思う」
「…………」

 パッと顔を上げてこちらを見てくる。彼は普通の顔をしていた。

「うまく言えないが、辛くないのは確かだ」
「…………」
「アン?」

 うまく言えない?アンはこの上なく、この人が率直に気持ちを明かしたと思った。

「アン、どうした」
「いえ、あの」

 顔が赤くなっている自覚があった。かわいいと言ってくれて、恥ずかしくて嬉しかった。嬉しくて、恥ずかしい。二つの感情が行ったり来たり、同時にも存在して、混乱している。

 この人は普通の顔をしている。真顔で、こんなことを言ってしまえるのだ。

「……アーネスト様」
「ん?」
「アーネスト様、かっこよくて…私も、苦しくなります」
「…………そうか」

 繋がっている手が、離れる。離れたまま、手が動かない。そのまま、お互いの手を見つめ合って、ずっと動けないでいる。
 同じ気持ちなのだと思った。だからこのまま。このままでよかった。



 休暇を存分に満喫して、あっという間に翌日には帰ることになった。名残惜しくは無かった。帰ってからもアーネストと一緒にいられる。前向きに考えていた。

 
 帰り支度を進めていると、ソニアが下の階から上がってきた。掃除をしていた彼女は、前掛けが汚れていた。

「お客様です、奥様」

 客?こんなところにと思いながら、アンは後ろで窓を閉めていたアーネストを振り返る。彼も訝しんで、問いかける。

「名は?」
「バーユジミルと名乗りました」

 変わった名だなと思っていると、アーネストが眉をひそめた。

「バーユジミルと言うのは、名前ではない。ブライトン王家の近衛兵団の名前だ」
「ブライトン…ですか」

 アンの死んだ母がブライトン王家の王女だった縁がある。王は処刑され、現在まで王太子は行方不明が続いている。廃止された王制の近衛兵団の名をわざわざ名乗ってくるのを、怪しむのは当然だった。

「なぜ近衛兵の名前など」

 アンの呟きにアーネストも同意する。二人が滞在しているのを知るのはユルール侯国とロワール国のごく一部の者たちだけだ。どちらかの国の者がやって来るならまだ話は分かるが、どうしてブライトン国なのか。

「バーユジミル団は王制が廃止された後は解散したと聞いていたが…ソニア、なんの用が聞いているか」

 侍女は首を横に振った。

「ブライトンのなまりが強く、あまり聞き取れず、ただ、奥様にお目通りを望まれておりました」
「わたし?」
「会わせられない」間髪入れずアーネストが言う。「得体の知れない輩を妻に会わせるわけにはいかない。俺が出る。念のためアンは屋根裏に隠れていろ。ソニアは俺と来い。指示があればソニアを向かわせる。いいな?」

 素早い指示にアンは頷いて見せる。一気に緊張感が増して、不安が広がる。そんな不安を察したのか、アーネストが抱きしめてくれる。

「話をするだけだ。物騒だが、暴力沙汰にはならないだろう」
「…お気をつけて」

 離れて、名残惜しげにアンを振り返りながら、アーネストは部屋を出ていく。アンは天井裏へ向かった。

 
 
 天井裏で待っていると、ソニアがやって来た。それから下へ降りて、アンの人生がひっくり返るような知らせを聞いた。


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