27 / 49
三章
4※
しおりを挟む肉棒が入り込む瞬間、いつも身体が震える。彼は労るようにいつも肩を撫でて、その手は腰を支えて、更に下へと滑らせる。膝裏を押し上げられ、あられのない姿を晒しても、アンはこの人の前だから平気だった。醜い顔を愛おしいと言ってくれる人だから、これくらい、なんてことなかった。
一回一回こなしていくと、アンも大体この行為を知っていった。腹の中の痺れは快楽で、限界を迎える手前が一番気持ちいい。でも限界を早く迎えたいとも思っている。膣内が激しく収縮する時が「達している」とか「イッている」とかで、アーネストは良く「イッている」方を使う。
今も、肉棒が全て収まるまでに、アンは直ぐに達して、視界に見える自分の足がびくびくと震えていた。
アンがイッている間、アーネストは動かない。モノが馴染むように、待っていてくれる。最初の何度かは知らなかった。でも何だか辛そうにしていたし、アーネストに大丈夫かと聞いても大丈夫としか返してくれなくて教えてくれない。そこで朝、掃除にやって来たソニアに思い切って聞いてみた。
夜の行為について、貴族の子女は事前にそれとなく教えてもらうものだという。アンが結婚する予定は早々に消え失せていたから、必要無いものと判断され教育を受けてこなかった。全く知らない訳では無いが、それほど知っている訳では無い。身近にいる同性の相談相手といえば、アンにはソニアしかいなかった。
ソニアは既婚者ではないが、そういった方面の知識も持っていた。朝の掃除で忙しいだろうに、嫌な顔一つせず、教えてくれた。
「奥様が、お果てになるように、殿方にもそういった時があります」
「おはて?」
「一番気持ち良くなるとき、ありませんか?ある瞬間になると…」
アンは合点がいった。
「達するとか、いくとか、そういうの?」
「ええそれです」
そんな言い方もあるのかと感心する。早速一つ勉強になった。
「殿方は射精…分かります?」
「分かります。その時が、男の方の果ててる時、という意味?」
「そうなりますが、男性の場合は、外に出す分、我慢も出来るんです」
「我慢…?とうして?」
「無理に体を繋げますと奥様のご負担になりますから、旦那様は先ずは奥様の準備を十分に整えてからとお思いなのでしょう」
それでアンはいつも先に「イかされる」のだと知る。一度達すると、愛液が溢れて滑りがよくなる。中がモノに合わせて収縮するから、痛みが無くなる。
「じゃ、じゃあアーネスト様は…私の準備が整うまで、我慢してるってこと?」
「動かずじっとしているのなら、かなり辛いと思いますよ」
夜の出来事を思い返すと、心当たりしかない。挿入されて達して、内壁の収縮が終わるのをいつも待ってくれている。あの時、アーネストは精を放ちたいのをずっと堪えてくれているのだ。
女でも、高められると早くイきたいと思ってしまう。男ならば相当だろう。
「…ソニア、どうしたらいいのかしら。私ばかりでなく、アーネスト様にも、一緒に…でもアーネスト様は、きっと私を優先するわ」
「そう深刻になることはありませんよ」
ソニアは実に軽い調子で言った。
「なにか良い方法でもあるの?」
「ええ。要は先に奥様が身体の準備を終えていればいいのです」
「…?というと?」
にっこり微笑んだソニアは、アンに耳打ちする。話を聞き終えたアンは、初めて聞く内容に戸惑ったものの、アーネストの為にと、最後はその品物を求めた。
そして夜。先に体を清め終えたアンは、とっても緊張しながらアーネストがやって来るのを待った。その品物を手に取って蓋を開けてみたりしたが、良い匂いばかりを嗅いで、先には繋がらず、再び蓋を閉めた。品物を取り寄せたはいいものの、実行に移すには、アンにはまだ抵抗があった。
ベッドに座って、黒のガラスの小瓶に入ったそれを両手で隠すように握りしめる。小瓶は人肌に馴染んでいく。温めてから使えとソニアは言っていた。だから温めている訳では無いが、置いておくのも憚られて、手に納めるに至った。
大きな足音がして、アーネストが入ってくる。手燭をテーブルに置いて、彼はまずアンの体調を気遣う言葉をかけてきた。アンは問題ないと答えた。アーネストが伺うようにアンの顔を覗き込んでくる。額に手を当てられて、熱を測られる。
「…なにか変だ」
アンはどきりとした。手中の小瓶を握りしめる。僅かな動きにアーネストが気づいてしまった。
「なにを持っている」
秘密にしておくつもりなど無い。夫婦なのだから、提案するだけ。アンは腹を決めた。
「今日は、こちらを使っていただきたくて」
小瓶を見せる。アーネストの大きな手に置くと、彼は蓋を開けた。匂いを嗅いで、顔をしかめる。
「これが何なのか知ってるのか」
「だってアーネスト…辛そう」
少し子供っぽく言ってしまったかもしれない。二人だけの時はもっと砕けて喋って欲しいとか、「様」はつけないで欲しいとか、要望されていた。今、その通りに直したって構わないだろう。
対するアーネストは、目を細めてこちらを見てくる。
「辛い?俺が?」
何が辛いのか、心当たりが無いらしい。説明を求められている。
「私が果てている時、アーネスト様は我慢なさっておいでです。一緒に、気持ちよくなりたいんです」
回りくどく言うよりは、率直に言ってしまおう。そう思ってのことだったが、アーネストはますます険しい顔をした。
「俺のやり方が不満か?」
「辛そうなのが嫌なんです。私ばっかりなのも嫌なんです」
「これはソニアに頼んだのか」
「相談出来るのはソニアしかいません」
「俺に言ってくれよ」
「だって貴方のことだから、気にするなとか言いそうなんだもの」
本心を打ち明ける。するとアーネストはベッドを降りてしまった。テーブルに小瓶を置いて、直ぐに戻ってくる。ベッドに乗って、アンの額にキスをすると、胡座をかいて対面に座った。
「アーネスト様…?」
「君が積極的なのは、男としては嬉しい。毎日、体を重ねて、疲れていないか?」
「私は全然…もしかしてアーネスト様、疲れてますか?」
アーネストは、いや、と否定した。
「疲れさせようとしてた」
「わたしを?」
「決して気を失わせようとか、そういうわけではない。体力を使う行為をすれば、その分、体が強くなる」
彼の言いたいことが分かってきた。つまりアーネストは、アンに体力をつけさせようとしていたのだ。
アンは呆れてしまった。まだ自分の体の心配をするなど。ここに来たのは、休暇の為だろうに。
「アーネスト様のそういう所が、私を申し訳なく思わせているのですよ」
「アンの為でもあり、俺の為でもある。あの小瓶を使うつもりは無い。君には十分だし、俺は辛くない」
「辛そうな顔をしてます」
「快楽と苦痛は紙一重だからな。俺は別に不満は無い」
キッパリと言い切ると、アーネストはアンの両手、指先だけをそれぞれ握った。
「アンが気持ちよくなってるのを見るのが好きなんだ。見逃したくなくて、ずっと見ている」
「そんなの、私もです。でも苦しそうな顔をしてらっしゃるから」
「自分じゃ自分の顔は分からない。でも辛そうな顔をしていたとしたら…」
アーネストは少しうつむく。
「君が……かわいくて…、苦しいんだと思う」
「…………」
パッと顔を上げてこちらを見てくる。彼は普通の顔をしていた。
「うまく言えないが、辛くないのは確かだ」
「…………」
「アン?」
うまく言えない?アンはこの上なく、この人が率直に気持ちを明かしたと思った。
「アン、どうした」
「いえ、あの」
顔が赤くなっている自覚があった。かわいいと言ってくれて、恥ずかしくて嬉しかった。嬉しくて、恥ずかしい。二つの感情が行ったり来たり、同時にも存在して、混乱している。
この人は普通の顔をしている。真顔で、こんなことを言ってしまえるのだ。
「……アーネスト様」
「ん?」
「アーネスト様、かっこよくて…私も、苦しくなります」
「…………そうか」
繋がっている手が、離れる。離れたまま、手が動かない。そのまま、お互いの手を見つめ合って、ずっと動けないでいる。
同じ気持ちなのだと思った。だからこのまま。このままでよかった。
休暇を存分に満喫して、あっという間に翌日には帰ることになった。名残惜しくは無かった。帰ってからもアーネストと一緒にいられる。前向きに考えていた。
帰り支度を進めていると、ソニアが下の階から上がってきた。掃除をしていた彼女は、前掛けが汚れていた。
「お客様です、奥様」
客?こんなところにと思いながら、アンは後ろで窓を閉めていたアーネストを振り返る。彼も訝しんで、問いかける。
「名は?」
「バーユジミルと名乗りました」
変わった名だなと思っていると、アーネストが眉をひそめた。
「バーユジミルと言うのは、名前ではない。ブライトン王家の近衛兵団の名前だ」
「ブライトン…ですか」
アンの死んだ母がブライトン王家の王女だった縁がある。王は処刑され、現在まで王太子は行方不明が続いている。廃止された王制の近衛兵団の名をわざわざ名乗ってくるのを、怪しむのは当然だった。
「なぜ近衛兵の名前など」
アンの呟きにアーネストも同意する。二人が滞在しているのを知るのはユルール侯国とロワール国のごく一部の者たちだけだ。どちらかの国の者がやって来るならまだ話は分かるが、どうしてブライトン国なのか。
「バーユジミル団は王制が廃止された後は解散したと聞いていたが…ソニア、なんの用が聞いているか」
侍女は首を横に振った。
「ブライトンの訛りが強く、あまり聞き取れず、ただ、奥様にお目通りを望まれておりました」
「わたし?」
「会わせられない」間髪入れずアーネストが言う。「得体の知れない輩を妻に会わせるわけにはいかない。俺が出る。念のためアンは屋根裏に隠れていろ。ソニアは俺と来い。指示があればソニアを向かわせる。いいな?」
素早い指示にアンは頷いて見せる。一気に緊張感が増して、不安が広がる。そんな不安を察したのか、アーネストが抱きしめてくれる。
「話をするだけだ。物騒だが、暴力沙汰にはならないだろう」
「…お気をつけて」
離れて、名残惜しげにアンを振り返りながら、アーネストは部屋を出ていく。アンは天井裏へ向かった。
天井裏で待っていると、ソニアがやって来た。それから下へ降りて、アンの人生がひっくり返るような知らせを聞いた。
21
お気に入りに追加
1,419
あなたにおすすめの小説
白い結婚は無理でした(涙)
詩森さよ(さよ吉)
恋愛
わたくし、フィリシアは没落しかけの伯爵家の娘でございます。
明らかに邪な結婚話しかない中で、公爵令息の愛人から契約結婚の話を持ち掛けられました。
白い結婚が認められるまでの3年間、お世話になるのでよい妻であろうと頑張ります。
小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しております。
現在、筆者は時間的かつ体力的にコメントなどの返信ができないため受け付けない設定にしています。
どうぞよろしくお願いいたします。
妻のち愛人。
ひろか
恋愛
五つ下のエンリは、幼馴染から夫になった。
「ねーねー、ロナぁー」
甘えん坊なエンリは子供の頃から私の後をついてまわり、結婚してからも後をついてまわり、無いはずの尻尾をブンブン振るワンコのような夫。
そんな結婚生活が四ヶ月たった私の誕生日、目の前に突きつけられたのは離縁書だった。
私が死んで満足ですか?
マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。
ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。
全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。
書籍化にともない本編を引き下げいたしました
将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです
きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」
5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。
その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?
義妹の嫌がらせで、子持ち男性と結婚する羽目になりました。義理の娘に嫌われることも覚悟していましたが、本当の家族を手に入れることができました。
石河 翠
ファンタジー
義母と義妹の嫌がらせにより、子持ち男性の元に嫁ぐことになった主人公。夫になる男性は、前妻が残した一人娘を可愛がっており、新しい子どもはいらないのだという。
実家を出ても、自分は家族を持つことなどできない。そう思っていた主人公だが、娘思いの男性と素直になれないわがままな義理の娘に好感を持ち、少しずつ距離を縮めていく。
そんなある日、死んだはずの前妻が屋敷に現れ、主人公を追い出そうとしてきた。前妻いわく、血の繋がった母親の方が、継母よりも価値があるのだという。主人公が言葉に詰まったその時……。
血の繋がらない母と娘が家族になるまでのお話。
この作品は、小説家になろうおよびエブリスタにも投稿しております。
扉絵は、管澤捻さまに描いていただきました。
(完結)姉と浮気する王太子様ー1回、私が死んでみせましょう
青空一夏
恋愛
姉と浮気する旦那様、私、ちょっと死んでみます。
これブラックコメディです。
ゆるふわ設定。
最初だけ悲しい→結末はほんわか
画像はPixabayからの
フリー画像を使用させていただいています。
王妃から夜伽を命じられたメイドのささやかな復讐
当麻月菜
恋愛
没落した貴族令嬢という過去を隠して、ロッタは王宮でメイドとして日々業務に勤しむ毎日。
でもある日、子宝に恵まれない王妃のマルガリータから国王との夜伽を命じられてしまう。
その理由は、ロッタとマルガリータの髪と目の色が同じという至極単純なもの。
ただし、夜伽を務めてもらうが側室として召し上げることは無い。所謂、使い捨ての世継ぎ製造機になれと言われたのだ。
馬鹿馬鹿しい話であるが、これは王命─── 断れば即、極刑。逃げても、極刑。
途方に暮れたロッタだけれど、そこに友人のアサギが現れて、この危機を切り抜けるとんでもない策を教えてくれるのだが……。
【完結】嫌われ令嬢、部屋着姿を見せてから、王子に溺愛されてます。
airria
恋愛
グロース王国王太子妃、リリアナ。勝ち気そうなライラックの瞳、濡羽色の豪奢な巻き髪、スレンダーな姿形、知性溢れる社交術。見た目も中身も次期王妃として完璧な令嬢であるが、夫である王太子のセイラムからは忌み嫌われていた。
どうやら、セイラムの美しい乳兄妹、フリージアへのリリアナの態度が気に食わないらしい。
2ヶ月前に婚姻を結びはしたが、初夜もなく冷え切った夫婦関係。結婚も仕事の一環としか思えないリリアナは、セイラムと心が通じ合わなくても仕方ないし、必要ないと思い、王妃の仕事に邁進していた。
ある日、リリアナからのいじめを訴えるフリージアに泣きつかれたセイラムは、リリアナの自室を電撃訪問。
あまりの剣幕に仕方なく、部屋着のままで対応すると、なんだかセイラムの様子がおかしくて…
あの、私、自分の時間は大好きな部屋着姿でだらけて過ごしたいのですが、なぜそんな時に限って頻繁に私の部屋にいらっしゃるの?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる