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二章(アーネスト視点)

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 こんな筈じゃない。メアリーはいきどおっていた。
 異母姉であるアンをはやり病にかけ、婚約者を奪った。十八になり晴れて結婚し、邪魔なアンは修道院へ。密かに毒で殺してしまえば、その存在は無かった事になる。自分に媚びへつらう姿が見られないのなら、姉が生きている意味が無いし、そんな姿を見るのも飽き飽きしていた。

 生まれながら、自分は特別だった。金髪碧眼の、誰からも愛される美しい容姿に、誰もがかしずいた。敵はおらず、ただ目障りな蝿がいれば、羽をもいで殺す。もいでいくのは楽しい。苦しみもがく様を見ているのは楽しい。動かなくなるとつまらなくなる。

 姉の最期を見られないのは残念だった。どうやって苦しんで死んでいくのだろう。想像するだけで興奮して、濡れるほどだった。

 死ねば修道院から報告が来る。その時を待ちわびていた。

 一ヶ月二ヶ月三ヶ月。月日は流れていった。吉報は来ず、がもたらされた。

「──ご懐妊です。身籠って一ヶ月かと」

 時医の診察に、メアリーは喜んだ。初夜を迎えて、ウィレムと夜を過ごして、こんなにも早く子を宿せて、まだ実感のない腹に手を当てる。
 この子が男児であれば、跡継ぎを産むという大役を早々に果たせる。まだ姉が生きていて良かった。直ぐにこの知らせを修道院にも教えてやろう。
 だがその前にと、メアリーは別の部屋に向かった。

 向かった先は我が夫の居室だった。訪ねるが、不在だという。仕方なく自室に戻ろうとしたところで、たった今、帰宅したと従僕が言う。
 メアリーは外出していた夫を出迎えるため、下のエントランスへ向かった。丁度良くそこにいたウィレムに、挨拶がてら彼から上着を脱ぐのを手伝う。

「おかえりなさいませ。ウィレム様」
「やぁメアリー。元気そうだね」
「お帰りをお待ちしておりました」
「あぁごめんね。仕事が忙しくて」

 申し訳無さそうに言うウィレムに、メアリーは首を横に振って見せる。

「私の事はお気になさらないでくださいまし。それよりご報告が」
「なに?」

 メアリーは恥じらうように目を伏せ、腹に手を添える。

「身籠りました…一ヶ月だそうです」
「…本当?」
「時医が言うことが正しければ」

 時医はこの国一番の名医だ。そんな彼が間違うはずがない。懐妊の報告を受けて、ウィレムはいつもの笑顔をいっそう深くさせる。

「そうか。嬉しいよ」
「冬には産まれます」
「楽しみだ。…男がいいな」
「貴方様が望むなら、きっと男の子です」

 そうであって欲しいとでも言うように、ウィレムは深く頷いた。そして抱きしめてくれた。メアリーも背中に腕を回そうとして──その前に解かれる。

「ウィレム様?」
「なら産むまでは、君を抱けないわけだ」
「え?」

 理解出来ず、聞き返す。抱けない?抱けないと今、彼は言った?

「抱けないなら代わりの女を呼ばないといけないな」
「代わり…?あの、ウィレム様」
「だってそうだろ?君を抱いて、子供に何かあったら責められるのはメアリーだよ。そんな可哀想なことはしたくない。子供が産まれてくるまでは、適当な女で我慢しておくよ」

 ぽん、と肩に手を置かれる。労りのはずなのにメアリーには用済みだと言われているような気がした。

「…冗談ですよね…?」

 夫が愛人を囲う。よくある話だ。だが自分は類まれな容姿の持ち主。こんなに愛らしい自分を夫に持って、別の女の元に行くと公言しだした。結婚してまだ三ヶ月。たった三ヶ月なのに。

「君は愛らしいけれど、愛らしいだけだ。世の中には君以上に私を愉しませてくれる女がごまんといる。君が妻になったのは、君の父親が侯爵だからだ。お義母かあさまから、そこらへん教えてもらわなかったの?」

 メアリーが脱がせた上着を取り上げ、再び袖を通したウィレムは、肩をすくめた。

「若奥様はご不満そうだから、屋敷に女を呼ぶのはやめておくよ。これから娼館に行ってくる」
「しょ…!娼館ですって…!?」
「そう怒るなよ。うるさい女は嫌いなんだ。明日には帰るから、機嫌を直しておいてくれよ」

 平然と言い放つ。どうして…?子供が出来たのに、出来たから他の女のところへ行く?そんなのはどうしても許容出来なかった。メアリーは留まってもらおうとウィレムの手を掴む。だが安々と振り払われる。

「ウィレム様…!」
「行ってくる。早くお眠りよメアリー。お腹の子のためにもね」
「行かないで!子供が出来たのよ!喜んでよ!」
「嬉しいよ。早く会いたいよ。じゃあね」
「ウィレム様!」

 軽い足取りで、ウィレムは外に停まったままの馬車に乗り込む。メアリーがいくら叫んでも走り出して、直ぐに消えていった。

 残されたメアリーは呆然と立ち尽くす。こんな筈じゃないのに。どうして?結末の見えない問答が頭の中で繰り返される。どうして?その答えが、かつてアンに言い放った『虐めたいと思った時、そこに姉がいたから』という言葉と同義であるのに、メアリーは気づかなかった。


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