【完】前世で子供が産めなくて悲惨な末路を送ったので、今世では婚約破棄しようとしたら何故か身ごもりました

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 侍女に宝石を渡す。困惑する侍女にマリアは言った。
「今夜ここを出ます。屋敷から出る手引きをして頂戴」
 侍女は出来ませんと答えた。マリアはもう一つ宝石を渡した。
「手紙を伯爵へ渡してください。貴女は脅されて仕方なく手引きしたと書いておきました。お願い。ここから出してくれるだけでいいの」
 侍女は苦しみながら頷いた。侍女は宝石を返した。子を守れなかったのは自分の責任でもあるからと。マリアは初めてその侍女がいつも自分の傍に寄り添ってくれていたのを思い出した。

 夜に部屋を抜け出す。裏口からこっそり出て、塀の門へ。先導していた侍女が門の隣の扉を開ける。そこを通れば屋敷の外だ。マリアは礼を言って外へ出た。
 すると後ろから侍女の悲鳴が。振り返るとマリアも悲鳴を上げた。そして立ち尽くした。
 カイルだった。月明かりに照らされて金の髪が煌めいていた。

 腕を引かれたマリアは自分の部屋でなく、カイルの寝室に連れてかれた。抱き上げられてベットに降ろされると、カイルが覆いかぶさってきた。マリアはまたカイルが自分を抱くのかと恐ろしくなった。
「い、いや…」
「…何もしない」
 カイルはマリアの隣で横になると、逃げられないようにマリアの身体を抱きしめた。

 その日からマリアはカイルの部屋で過ごす事となった。侍女は入れ替えられて、マリアはあの侍女を庇ったが、どうなったのか分からなかった。
 カイルと共に生活を送った。食事、朝の祈り、読書、散策、全て二人だった。一人になる暇が無かった。
 幸いだったのは、やはり前世を知っているから、カイルが何を考えているのか何となく分かるということ。マリアはカイルの無表情の感情を読み取った。彼は卵が好物だから、朝食にそれが出て上機嫌だった。少しずつ読み進めていた哲学書を読み終えて、小説なんかを読み始めたが面白くなさそうだ。散策で、マリアの手を引く時、彼はとても緊張している。決してマリアを見ようとしないが、一度蹴躓いた時は、ただ軽くよろけただけなのに、酷く動揺して抱き上げてそのまま部屋まで連れ戻された事がある。
 ──大事にしてくれているのだ。
 婚約破棄だの離縁だの、散々振り回されて当惑してるだろうに。逃亡する直前に話してしまった十二年後の最期の件も問い詰めようとしてこない。マリアはそれが心苦しかった。

 毎日、抱きしめられて眠った。逃げないようにするためだろう。背を向けて眠っていたマリアは、仰向けになった。
 寝返りを打つと、カイルは動きやすいように少し腕を上げて身を引いてくれる。マリアの動きが止まった頃にまた抱きついて、静かな寝息を立てる。
 いつも目を閉じているから、それが無意識なのか一時的に覚醒しての動作なのかは分からない。
 天蓋を見つめながらマリアは呼んだ。
「…カイルさま」
 目の端でカイルが目を開けたのが分かった。マリアは手を彷徨わせてカイルの手を握った。
「あの子に会いたい…」
 カイルは反対の腕の肘をついて上体だけ起き上がった。マリアの顔を覗き込んでいる。それからまた横になった。
「男の子だった」
 マリアは頷いた。朦朧とする意識の中、医師がそんなことを言っていたのを覚えていた。
「貴方に似た子だったでしょう」
「どうかな…」カイルは一度言葉を切った。「男は母親に似たほうがいいと言うし」
「聞いたことありません」
「私の母が言っていた」
 マリアは苦笑した。
「間違えて覚えておりますよ。それは、母親に似た人を好きになるんですよ」
「そうかもしれない」
 握っていた手ごと動いて、マリアの腹に当てる。じんわりした暖かさが伝わってきた。
「貴女を愛している」
 カイルは耳元で囁いた。
「離れたくない」とも言った。
 天蓋のカーテン越しでも、夜の明るさがよく分かった。満月らしい。強い月光の光が窓から射し込み、カーテンを抜けて、二人の肩から下を照らしていた。

 次の日、マリアは熱を出した。カイルが濡らしたタオルを額に置く。マリアの手の指先だけ握って、触れるだけのキスを交わした。

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