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終章
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しおりを挟む王宮へと向かう馬車の中で、アーネストとレイフは向かい合って座っていた。
アーネストが視線を送ると、レイフも顔を向けた。
「どうした?」
「私ではなく、アーネスト様では?」
「話したそうにしていたぞ」
「話したいのはアーネスト様でしょう」
レイフはそっぽを向いた。めでたく伴侶となったというのに、レイフの冷たさは相変わらずだ。
「話したいが、どこから話せばいいのかなと思っている。順序立てて話せばよいのか、結論から話せばよいのか」
「でしたら私から一つお聞きしたいことが」
「なんだ、話したいのではないか」
「首の調子はいかがですか」
じっと首を見つめられ、アーネストは破顔した。
「実に快適だ!一回取れたおかげか、首がよく回るのだ!」
ほれほれと左右に回してみせる。その様子を見ていたレイフは反応が全く無い。ひたすら無表情だ。
「こら、聞いておいて無視するな」
「怖くなかったのですか」
「なにが?」
アーネストが答えると、レイフは小さく笑った。
「良い顔だ」
つい口にすると、レイフはあっという間に無表情に戻った。
「これこれ、笑ってみせよ。私はそなたの笑った顔が好きなのだ」
「誰だって笑顔が好まれます」
「そなたのツボが分からぬゆえ、一度笑ったら持続して欲しい」
「無理言わないでください」
和らいだ雰囲気の中、アーネストは本題に入った。
「ちょっと目を見せてくれ」
レイフは隣に座って顔を近づけた。手で顔を固定して、アーネストは黒い瞳を覗き込んだ。
黒の採光の中に、くるくると回る金の術式。もう片方も見る。同じだ。
アーネストは離れて、レイフを向かいに座らせた。
「やはり術式が刻まれている。両眼ともだ」
「アーネスト様が死の間際に施したという術式ですね」
「ああ。首と胴が切り離されたことにより、ブレスレットの呪縛から解放された。私は死にたくなかった。無意識に術式を展開し、たまたま目が合ったレイフに刻んだというのが、あらましだ」
「刻んだ…私の目に…全く自覚がありません」
「それだけ私の魔力が卓越していたというわけだ。凄いであろう」
自慢もレイフの前では流される。アーネストも期待していなかったので、先を続ける。
「ま、そんな離れ業が出来たのは、父が死んでいたからだ」
「先王が?」
「ブレスレットによって魔力を全て封じられる以前より、私は父によって魔力を制限されていた」
成長すると共に魔力量が増大していくのを危惧した父が、アーネストの魔力を制限した。
「父が死んだことで、魔力の制限から解放された。その時にはブレスレットのせいで魔力が使えなくなっていたから、自分がどれくらいの魔力量を保持しているのか分からなかったが」
「斬首された瞬間に魔力が完全に戻り、奇跡的にそこにいた私に術式を刻めたと」
アーネストにとっては奇跡だが、レイフにとってはそうではないだろう。本来なら無関係の人間が巻き添えをくって、三度も人生を巡らされているのだから。
「父が死んだ日を起点として繰り返しが発生したのも、魔力制限が無くなった為であろう」
本来の力を使える最も若い瞬間が、あの日だった。
「両眼に術式があるのは、二回かけられたからだ」
「貴方が二度、処刑されたから」
「一度目も二度目も同じように殺されたから同じようにかけたのだろう」
我ながら成長のない。もし二度目の時にレイフに術をかけたのを覚えていたら、三度目はなかっただろうに。
「そなたが以前言っていた魔力の糸だったか?そう言ったモノが見えるようになったのも術式のせいだろう。目に魔力が宿った副産物だ。ま、大体はそんな所だ。質問は?」
「術式の発動条件は私の死ですか?」
「その通りだ。『死にたくない』という願いから作ったから、死んだら巻き戻る」
「では今回も私が死んだら巻き戻るのですか?」
「戻る」
「この術式は消せないのですか?」
「消したいが、瞳に術式など実例がなさ過ぎてな。正直、消せるかは色々試してみないと分からん」
火事場の馬鹿力というか、なんというか、こればかりは自嘲するしかない。絶体絶命を越えて死につつある時に、尚も足掻いた結果だ。細い糸でなんとか繋がったと思いきや、その糸はどんな剣でさえも切れぬ硬い糸であった、というところか。
「両眼を潰せばいいのではないですか?」
「怖いことを申すな馬鹿者!」
当たり前のように言うから始末に負えない。
「確かに潰せば消えるかもしれんが、お主はこれから長生きする。五体満足で過ごして欲しい」
まだうら若き18歳だ。実年齢はともかく体は若いのだから、出来るだけ幸せに暮らして欲しい。
「私のせいで三度も人生をやり直している。その責任は私がしっかり負うぞ。そなたを伴侶に選んだは選んだが、王宮に住まずともよい。私は瞳の術式を解く研究をして、時々そなたで試す。そなたは故郷でもどこでも好きに過ごすがよい」
「は?」
「そなたの望むように計らうぞ。好きなだけ富を与え望むものを与える。出来るだけ今世では楽しく生きるがよい。それだけの権利はある」
「…アーネスト様」
「そうだ。やがて生まれてくるであろう、そなたの姉の子に爵位でも与えよう。年金がもらえるぞ。働かずとも金がもらえるぞ」
「アーネスト様!」
聞いたこともない大声で呼ばれ、アーネストはびくりと肩を震わせる。穏やかなレイフが、こんなに声を荒げるのは初めてだった。
「ど、どうした」
冷めた瞳が、いつにも増して冷たい。アーネストの首に汗がつたった。
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