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三章
9 オスカー視点
しおりを挟む森の中を歩きながら、兄の痕跡をたどっていく。兄を見つけるのは時間の問題だった。どこにいようとも、ブレスレットがある限り見つけ出せる。
見つけ出したら、目障りな男は八つ裂きにして、兄は綺麗なまま殺して、永遠に自分のものとする。
目障りな男は深手を負っている。いくら体力のある者でも遠くへは逃げられまい。
現に、ブレスレットはある一定の場所に留まり続けている。
もうすぐ、今度こそ、兄を自分のものに。オスカーはそれしか頭になかった。
幼き頃から母に、次の王になるのはお前だと言われ続けてきた。
兄が次の王だと口答えすると不機嫌になるから、オスカーはただ、はい、と答えるだけだった。
成長するにつれ、周囲の取り巻く環境が、ひどくねじ曲がっているのに気づいた。
母の愛人が我が物顔で出入りし、別の愛人がオスカーの教育をし、また別の愛人がオスカーを誘惑する。
どんな人間も己の欲の為にオスカーを利用する。オスカーが王になれば、己の欲をもっと満たせる。そのためだけに、オスカーは王になることを望まれていた。
魔法の才能があったことも拍車をかけた。魔力量が多いことに喜んだ父が、その才を伸ばせるようにと、隠居した魔術師を講師にしてくれた。
その時間がオスカーには楽しかった。魔法の勉強をしている内は、母の息のかかった者が現れない。それは今まで感じたことのないほど、安堵した。
母といると緊張する。食事も喉を通らない。どうやって歩けばいいのかも分からなくなるほど、プレッシャーがあった。
母がいない時間が、オスカーの安寧だった。
兄とは、滅多に会わなかった。母には決して近づくなと言われていたし、「どうせいなくなるのだからいない者と思えばいい」とも言われていた。幼な心に、兄はいつか母に殺されるのだと思っていた。
兄も魔法の才能があるそうだ。父もまたそれを認めていたが、何故かオスカーのように特別講師は付けられなかった。母は怠惰なのだろうとけなしていた。
王宮の中にいるのに、兄とはすれ違うことも無かった。陛下との謁見の機会があっても、兄とは別々に呼び出された。
徹底的に兄と会わない生活。母は夫である陛下の話や愛人の話はよくしたが、兄の話だけはしなかった。したとしても、「娼婦の子供」と呼んでいた。
兄の母は、陛下と結婚するために無理矢理、床を共にしたという。だから娼婦と呼んでいた。
淫乱な子供だから「魅了」の能力を持っているのだと罵っていた。
たくさんの愛人をはべらす母も娼婦だろうに。そんな反抗心が生まれるのは随分と後になってからだ。自我が芽生え、オスカーはやっと、この環境が異常なものだと気付けるようになっていた。
それと共にオスカーは、だんだんと人間が信じられなくなっていった。信頼していた人物が、母の愛人だと知った時が、決定打となった。
人間と会うのも話をするのも、無理になっていった。
ひたすら部屋にこもり、魔術の研究をするようになっていた。人と接するよりも、術式を考え魔法陣を発動させる方が、何倍も生きがいを感じた。
その内に、保護魔法に興味を持った。死んだ人間を腐らないようにする魔法。生きている人間は無理だが、モノに成り果てた人間なら、オスカーは安心出来た。
兄を意識するようになったのはいつの頃だろうか。明確にあの時だという記憶が無いから、徐々に意識していったのだろう。
兄は美しい人だった。銀の髪に碧の瞳。肌は雪のように白く艶があり、鼻筋は通っていて、口角は常に上がっている。背筋は伸びて自信に満ちており、隙のない造形に、近寄りがたい雰囲気がある。まるで彫刻のように洗練されきっていて、神にも見える。
初めは兄の「魅了」の魔法にかけられたのだと本気で思っていた。だが、魔術をかけられた痕跡は見当たらなかった。
意識すればするほど自分が惨めになる。神の代わりに王になれるわけがない。オスカーはますます引きこもる。
だがそんな時、ある考えが頭に浮かんだ。
──神を自分のものに。
それは天啓だった。
手元にはオスカーが改良した死体の保存術式があった。これだ。これを使えばいい。
生きていたら叶わないことが出来る。
銀の髪に触れ、青い瞳を見つめ、鼻筋をなぞり、唇を合わせる。出来ないことが全て出来る。
悟った瞬間の、あの喜びの絶頂は、いままで味わったことのない快楽だった。
兄を我が物にする。それがオスカーが兄を殺す理由だった。
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