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三章
4
しおりを挟む黒髪に赤眼。見間違えるはずがない。オスカーだ。王となっても顔色の悪さは相変わらずだ。
オスカーは拾った骨を捨て、足で踏み潰した。
「この男の死体は、私が買い取りました。兄上が好みそうな愛らしい顔でしたので」
「骨からまさに生きているかのように見せるとは。さすが古代魔法に手を出すだけはある」
「こんなの、はた目からそう見えるように幻影魔法を掛けていただけです。兄上が本来の魔力を有していたならば、これは骨に見えていたでしょう」
一歩、近づいてくる。オスカーは腰に剣を佩いているが、まだ抜いてはいない。剣を抜かずとも、魔法で、アーネスト共々を一瞬で殺せてしまう力を持っている。
「ライトゴーンに行っていたのではないのか。よくぞ生きて帰ってこれたな」
「行っておりません。ずっとあの骨を通して、兄上を監視してました」
「操っていたのか」
「さすがに王宮からでは遠すぎて操作出来ませんから」
ということは一週間、オスカーはずっとアネモネを操っていたことになる。アネモネを通してアーネストと話をしていたのはオスカーだったのか。
「政務もせず私とお喋りしていたとは暇人め。そんなに術式について話したかったのか」
「私の知識についていける者はおりません。お陰で有意義な時を過ごせました」
「随分と殊勝に振る舞っておったな」
「お好きでしょう?ああいうの」
一歩、近づいてくる。その歩みが遅いのは、足に魔法陣を展開しているからだ。
アーネストが気づいた時には、足元の地面が割れていた。
間一髪でレイフがアーネストを押し倒して逃れる。アーネストが顔を起こしてさっきまでいた場所を見ると、そこは地面から岩が突き出ていた。
「一思いに殺してやろうとしたのに、あんなに不様で醜く足掻くなど、とても兄上とは思えませんでした」
「処刑の時の話か?」
「あんまりにもいつもの兄上ではなかったので、つい我を忘れて中止してしまいました。あれほど後悔したのは、後にも先にもありません」
また地面が光る。今度はアーネストを持ち上げて、レイフは攻撃を逃れる。アーネストはイエローから奪った剣を持っていた。ブレスレットの制約で、レイフは剣が重く感じて持てず、また自身にも強い負荷がかかり組み手も出来ない状態だった。
「重くないのか?」
「重いです」
と言いつつアーネストを抱えまま、次々と攻撃を避けていく。その身のこなしは全く負荷がかかっているとは思えなかった。
「そなたやはり術式を削っていたのだな」
「いいえ」
「でないとこんなに動けんだろう」
「動けます」
「噓つけ」
無駄話のせいか、繰り出される内の一つの攻撃が避けきれず、かすめる。レイフは咄嗟にアーネストを庇い、脇を強かに打ち付けた。
「レイフ!」
「かすり傷です」
砂ぼこりが舞う。いつの間にかオスカーを見失っていた。役には立たないだろうが、一応、剣を構えておく。
「早く殺しておけばよかった」
直ぐ耳元で囁きが聞こえる。
「──なっ!」
「遅い」
オスカーの刃が光る。一閃の後、砂ぼこりの中に一筋の線が出来る。
アーネストは来る痛みに耐えようと目を閉じていた。だが痛みはやって来ない。恐る恐る目を開けてみると、辺りはまだ砂ぼこりで視界が悪かった。
目には見えずとも音は聞こえた。金属がこすれる嫌な音。アーネストは持っていた剣が手元に無いことに気づいた。
「この邪魔者め!兄上をたぶらかした下郎が!」
オスカーの叫び声。霧が晴れる。アーネストに背を向けるレイフの姿。
レイフは剣を取り、オスカーとつば迫り合いをしていた。アーネストが持っていた剣だ。
「貴様、なぜ剣が使える…!術式を破ったのか…!」
レイフは答えず、難なく押し切ると間合いを詰めてトドメを刺そうとした。咄嗟に防御魔法で防いだものの、反動までは殺せず、オスカーは後ろに倒れた。
距離を取られるとこちらが不利になる。それをレイフも重々分かってはいる。だが足にかけられた魔法陣が邪魔して、結局は追い詰められなかった。
レイフが魔法陣を剣で切り無力化している内に、アーネストは近づく。あまり離れると危険だ。
「剣を使いこなしておるではないか」
「鍛えましたから」
さらりと言った言葉が理解出来なかった。
「きたえ…?」
「鍛えました」
「きた…?…え…?」
「鍛えました」
こうです、とレイフは素振りする。
「重かったですが、重くなるだけでしたので、鍛えれば何とか扱えるまでは持っていけると思いまして、密かに鍛錬しておりました」
「鍛えた、のか?それだけ?」
「それだけです」
とんでもない力技だ。力こそ全て。パワー。
日々を勉学や術式の研究に勤しんできたアーネストにとって、学びから解決を得る手法を取ってきた。そんな何も考えずとりあえず力で解決されると、知性とか理性とか馬鹿らしくなってくる。
脳筋だ。筋肉馬鹿だ。馬鹿と罵ってきたが、本当に馬鹿だ。
いや、それで今まで命を繋いできた。馬鹿にしては駄目だ。
「夜、アーネスト様の部屋の見張りの内に寝て、昼間に森に行って鍛錬しました」
「見張りの内に寝て…?立って寝てたのか?」
「戦争で身につけました。案外眠れますよ」
それじゃあ見張りの意味がないではないかと思ったが、心臓の音まで聞こえる持ち主だ。侵入者がいたら直ぐに目を覚まして応戦するくらいは出来るのだろう。
「すごいな」
それだけしか言えない。
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