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三章

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「アーネスト様!レイフ殿も、何をお話されているのですか」

 なかなかやって来ないアーネストに焦れてイエローがやって来る。司祭の手下も慌ててアーネストをアネモネの所へと再度促す。
 早く式を進行させたい二人に、アーネストは手を振った。

「止めだ」
「は?」
「や、やめ?」

 うむ、と大きく頷く。

「俺はこの男を伴侶と決めている。アネモネ・ローズとは結婚しない」

 レイフを引き寄せて、ブレスレットを示す。

「ほれ、お揃いのブレスレットだ。婚約指輪代わりとでも思ってくれ」

 されるがままのレイフは、じっとアーネストを見てくるが、何も言わなかった。何を考えているのか分からない、いつもの無表情が心強い。

「何を馬鹿なことを!」イエローが吠える。「この婚姻を成功させなければ、陛下への反逆と取られ、今度こそ処刑されるかもしれません!」
「構わん。そう報告せよ」
「アーネスト様!」
「イエロー、今までよく仕えてくれた。お前の諫言も、私を思えばこそだと心得ている」
「止めてください!私は…!私は殿下の為に全てを」

 皆まで言わせず、アーネストはイエローの懐に入り込み、佩いていた剣を抜いた。
 光る切っ先をイエローに向ける。うろたえるイエローに、アーネストは言い放った。

「どうしてもお前が私を裏切ったのが解せんのだ」

 胸元に突き立てる。前に出た分、突き刺さるのかと思ったが、剣というのはなかなか切れ味が悪いらしい。ど素人のアーネストでは、傷一つ付けられない。

 裏切りはもちろん、何故オスカー側に付きアーネストを処刑させたのかだ。イエローは忠実にアーネストに仕えてきた。アーネストもまた、良き主であろうと振る舞った。良き関係だった。どういう心変わりがあったのか、どう考えても思い当たる節が無かった。

「その理由は…私は魔法陣の呪縛があり、話せないのです」
「知っておる。オスカーが隠したいと思う程の理由なのもな」

 イエローは押し黙った。顔は苦しげだ。

「私に対する負い目を少しでも感じるのであれば、道を開けよ」
「……………」
「今度は私が裏切ってやる。私は第一王子でも主でもない。無様に頭を垂れて命を繋いだ罪人だ。これから何の地位も権力もない男と婚姻する愚かな男だ」

 道を開けよ。アーネストの言葉にイエローは従った。

 イエローとやり取りをしている内にアネモネが走り寄って来ていた。アーネストが剣を持っているのもお構いなしに、胸に飛び込んでくる。

「アーネスト様!お願いです!私と婚姻をしてください!」

 涙を流しながら訴えるアネモネを、アーネストは優しく抱きしめた。

「それは出来ない」
「私の何がいけないのですか!?なんでも直しますから!」

 やんわりと離れようとするが、アネモネは離れてくれない。

「そなたが悪いわけではない。私が悪いのだ。初めからこの男と婚姻すると言っておけば、そなたは苦しまずに済んだ」
「あの男は何も出来ません。陛下に力を封じられ、まともに剣も持てない無力な男です」
「なにか役に立たなければならぬということはない。そなたと過ごした日々は実に楽しかった。だがな、どうしても伴侶とは思えなんだ」
「そんな事ないです。私は貴方様と伴侶となることを夢見ておりました」
「悪いが、そなただけが見ていた夢だ」

 少し力を入れて、アネモネを引き離す。酷く傷ついた顔を見て、心が痛んだ。

「そなたといると、弟と過ごせていたらこんな感じだったのかと思えた。感謝している」
「…でも!でも婚姻が成立しないと!このブレスレットの術式が発動して、私は死んでしまいます!」
「それなのだがな」

 アーネストは顎に手を当て、何かを思い出す素振りをした。

「先王がご存命の頃、王室の財産目録を整理したことがあるのだが、そなたがしているそのブレスレットは、翡翠でなくガラスであったと記憶している」
「いえ、これは最近、陛下が購入され──」
「人を殺すほどの術式を、そう簡単に施せるわけがあるまい」

 アーネストが嵌めている翡翠のブレスレットは、魔力を無効化させるものだ。しかも二重三重にも施されいる。簡単な術式を一つ組み上げ定着させるのに、だいたい半年はかかると言われている。優秀な術者であれは期間は短くなるが、それもある程度だ。たいした差は無い。

 しかも定着させるにしても、術式に耐えられる石でないと駄目だ。翡翠は最も定着に向いているという。
 ガラスは用途外だ。一文字すら刻めない。

「おそらくは、翡翠に似せて作られたブレスレットであるから、私の目を盗めるとそれを用意したのだな」
「いいえ!違います」
「何が違う?何も違わぬ。それほど否定するのはそなた、知っておったのだな」
「いいえ!」

 強く否定しながらも、アネモネは声を震わせていた。今にも倒れてしまいそうなほど、体が揺れている。
 傍で見ていたイエローがたまりかねてアネモネの肩を抱こうとする。アネモネは払い除けた。

「触るな役立たず!」

 正体を見せたアネモネに、アーネストは唸る。この剣幕。弟のオスカーにそっくりだ。うっかりしたら蹴られそうだ。

「レイフ、アネモネのブレスレットを外せ」
「は」

 アーネストの言葉にアネモネは逃げようとするがレイフの方が早かった。
 さっとアネモネの腕を掴み、レイフはいとも簡単にブレスレットを外した。地面に叩きつけると割れて飛散した。

「あ……」
「ご覧の通りだ。ブレスレットに術式が組み込まれているなら、そもそも外れることも無い。断面を見ろ。ガラスだ」

 言葉を失ってアネモネは座り込んだ。

「…術式が刻まれておらずとも、アーネスト様と結婚出来ない私は死んだも同然です…」

 呆然自失としている。主の命令をこなせなかったのだ。死んだと自棄になるのも無理はない。実際に死んだアーネストからしてみれば、なんだそれくらいと思えてしまう。

「生きておるではないか。これからいくらでもやり直せる」
「生きている…?」

 そう言ってアネモネはうつむいた。そのまま沈黙しだしたので、アーネストはレイフと顔を見合わせた。レイフも分からないと首を横にふる。

「アネモネ?どうした?」
「これでも、生きていると言えますか…?」

 顔を上げたアネモネは、ニヤリと笑った。その顔を見てアーネストは仰け反る。

 その顔には目が無かった。溶けて無くなっていた。

 目どころでは無い。途端に顔が溶け出し肉がむき出し骨となり崩れ落ちた。

「…っひ!な、なんだこれは!」

 思わずレイフに抱きつく。何事にも動じずに立ってくれているだけでこんなにも心強いとは。ついでに盾にしてアーネストは後ろに隠れた。

 イエロー初め、周囲の司祭やら使用人やらも悲鳴を上げる。骨だけとなったアネモネを見て腰を抜かす者、逃げる者、阿鼻叫喚だ。

「アネモネ…?死んだのか?」
「いえ、死んでいました」

 レイフが平然と言う。

「何故そう言える」
「心臓の音がしていませんでした」
「そんなのも聞こえるのか」
「はい。アネモネ様がいらした時から心音が聞こえていませんでしたので、最初から死んでいたようです」
「また隠し事だぞ分かっているのか」
「聞かれなかったので」
「そんなの分かるか!」

 ぺしりと頭を叩く。開き直りおって。もう一回叩いておく。


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