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二章

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 静かだ。静か過ぎて、監獄を思い出す。冷たい石畳。小さな窓。小さな青空。己の息遣いだけが一番うるさくて、いざ引き出されたら、呼吸なんて全く聞こえなくなった。観衆の叫び声。死後の世界へ送る讃美歌。処刑人の光る斧。断頭台の、何人もの血が染み付いた嫌なニオイ。風を切る音。落ちる首。レイフの冷ややかな顔。暗くなる視界。叫びたいのに叫べない。死にたくない。恐慌の中、動けない身体がもがき苦しむ。

 肩を叩かれて、目を覚ます。激しい息遣いに、これは自分自身が発しているのだと気づくのに時間がかかった。

「うなされていましたよ」

 レイフの声だ。暗闇に沈んで何も見えない。手を伸ばすと、手を握ってくれた。

「…もう大丈夫だ」

 手を離そうとすると、手を握られた。温かい。生きているものの熱。アーネストはそのままにしておいた。

「よい。ありがとう」

 やっとレイフの手が離れる。消えていく熱が寂しかった。

「よくうなされているようですね」
「知っていたのか」
「隣の部屋ですから」

 衣擦れの音がする。明かりが灯され、レイフの顔が浮かび上がる。いつもの顔に、アーネストは何故か安心した。

「うなされるのは無理もないと思います。アーネスト様は二度、首を跳ねられているのですから」
「そんな夢を見ていたのか」
「知りません。私は夢の中を知りません」

 冷たい突き放すような言い方が、心地よい。親身になられるよりは、夢を夢で終われて安心出来た。

「水を用意しております。飲みますか?」

 アーネストは体を起こした。レイフから水を受け取って、一気に飲み干した。喉が潤うとひと心地つく。アーネストは礼を言った。

「随分と使用人たちと打ち解けたようだな」
「私は貴族ではありませんから、彼らも頼みやすいのかと。私も動きたかったですし」
「それで猪退治を?」
「退治ではありません。追い払っただけです」

 レイフは簡潔にどうやって追い払ったかを説明した。それはアーネストが二階から眺めていた光景と同じだった。

「本日の陛下への陳情は、良い案だったと思います」

 話を変えたレイフにアーネストは頷いた。事前に打ち合わせではなく土壇場で思いついた案だったが、これでオスカーがむやみやたらに戦を仕掛けなくなれば万事解決して、平和な世の中になると期待したい。

「そう思うのなら、私に協力してほしいものだ」
「しております」
「黙ってイエローに仕掛けただろう」

 レイフは押し黙った。少しは悪いと思っているのだろうか。

 感情に乏しい分、考えが読めない。従順に見えて、最優先事項は繰り返さない死に方なのだから、アーネストの言う事を聞いているようで聞いていないのだ。今回でそれがよーく分かった。

「私が適切な判断を下すためには、そなたの実力を知らねばならん。練度の高い剣技と魔力を無効化する術、他に何か隠しているのなら教えてくれ」

 黙ったまま、レイフは喋らない。暗闇では更に何を考えているのか分からない。アーネストは明かりがもっと欲しかった。

「静かな夜ですね」

 呟きと共に、明かりが灯る。寝台のサイドテーブルに置かれた燭台が、ほのかな光をたたえる。

「夜が嫌いです。夢を見るんです。戦争に参加していた記憶が蘇って、人を殺す夢を見ます」

 光に照らされたレイフの顔が、ほんのり浮かび上がる。動かない表情の、黒い瞳だけが揺れる。

「暗いのも嫌いです。塹壕を思い出します。仲間のうめき声がどんどん消えて、静かになる。こんな静かな夜は最悪です。今回は誰もまだ死んでもいないのに、私だけがその記憶を有していて、まだ出会ってもいないのに、死に様を見せてくる」

 そんな時に、とレイフが続ける。

「貴方のうなされる声で目が覚めました。アーネスト様を口実にして、こうして世話を焼きに来ました」

 何かをしていないと、夢にとらわれてしまうのだろう。

「私の世話をして、気が紛れたか?」
「とても」
「まだ話が聞きたい。他に隠してることがあれば全部言ってしまえ」
「いえ、ありません」
「噓つけ」


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