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二章

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「いい加減にせよ」
「殿下…」
「不愉快だ。帰れ」

 しっしっと手を振る。言葉だけでなく態度でも不愉快を前面に押し出すと、イエローは顔を青くさせた。
 直ぐに跪きアーネストに頭を下げる。

「申し訳ございません!どうかお許しを!」

 うん、気持ちの良い謝罪だ。アーネストは頷いた。とは言え、こちらの不機嫌を崩すわけにはいかない。腕を組んでふんぞり返る。

「許すも許さないもない。平民となる私ごときがお前を咎める理由は無いのだからな。お前に罪はない」
「いいえ!私が軽率でした!」
「とにかく今日は帰ってくれないか。護衛の話は有り難いが、レイフとも相談したい。陛下のご厚意に逆らう訳では無いが、私一人では決められぬからな」

 また捨てられた子犬みたいな顔をする。そんな顔をされても知らん。アーネストは突っぱねた。



 二階に上がり右に曲がる。
 扉をノックすると、レイフがわざわざ開けてくれた。

「ボーテ様はお帰りに?」
「ああ。疲れた」

 なかなか帰ってくれなくて困った。三日後に来いと言ったが明日にでも来そうな勢いだった。

「休まれてはいかがですか?」
「そなたと話してから休む。聞きたいことがあるのだ」

 長椅子に腰かける。やれやれと背もたれに体を預ける。
 アーネストの弱った姿を見て何か思ったのか、レイフは「失礼します」と言って肩を揉みだした。

「なぜ肩を揉む」
「お疲れのご様子でしたので」
「従僕の真似事などせんでよい。聞きたいことがあると言ったろ。座ってくれ」
「ずっと机に向かっておりましたので、動きたいんです。お気になさらず」
「下手くそな言い訳だな」

 おおかた突き飛ばしたのを気にしての事だろう。怪我は無いと言ったのに。レイフの手をぺちぺち叩いて座れと指示する。イエローといいレイフといい、どうしてこうも食い下がってくるのか。いちいちああしろこうしろという身にもなってくれ。

 レイフは隣に座る。調度品もかつての母が選んだ品だった。小さな花柄の長椅子。年月が経ち、ぎしりと音が鳴った。

「イエローだが、あやつナイトの爵位をもらっていないと言っていたぞ」
「私の記憶では現時点では得ていました。未来が変わったからと考えるのが自然でしょう」

 少しの動揺もせずにレイフは言った。まぁ至極当然の理由だ。あれはアーネストが処刑されたから得られた報酬で、生きているのに罠にはめた程度で爵位持ちになれる訳が無い。

「そういう話でしたら、大体の時系列は書き上げましたので、お渡しします」

 レイフはテーブルの紙をアーネストに渡した。年表で出来事が記入されており、読みやすい字でまとめられていた。 

 どれどれ、と目を通す。まずは前にレイフが言っていた隣国との戦争から冷害か始まって……。

「──なんだこれは!ずっと戦争と凶作と疫病だらけではないか!」

 レイフが80で死ぬ年まで戦争がある。よくこれだけの災難に見舞われて国が残っていたものだ。

「よくそなた長生きできたな」
「平凡に生きましたから」

 平凡に語弊がある気がする。

「そなた自身の出来事は書かれておらんではないか」
「特筆することはありませんでした」

 数日共に過ごしてきて分かったことがある。レイフは、自分に関心がなさ過ぎる。自分の好き嫌いも把握していないような男だ。自己が無いのは繰り返したせいなのか、元々の性格なのか判断出来ないが、両方だろう。

「まぁいい。おいおい聞こう。これは貰ってもよいか?」
「どうぞ」
「もう一つ聞きたい」
「どうぞ」
「イエローは私を裏切ったようには見えなんだ。あれも私が生き延びたからだろうか」
「本当に裏切っていなかったのかもしれませんが、ボーテ様の裏切りは有名でした。前の時は、ボーテ様が自分で公言しておられましたから」

 わざわざ自分で自分を下げる物言いをするなど妙だ。公言する事情があった筈だ。今となっては真実は闇の中で、調べようがない。

「ボーテ様はどのような理由でこちらに訪ねて来られたのでしょうか」
「ああ話していなかったな。護衛で来たそうだ。私が危険だからと、陛下直々の命令らしいぞ」

 護衛にしては目立ち過ぎている気もする。自己主張も強いし、レイフを敵視している。今日みたいなイザコザが続いたらアーネストは心労で倒れる自信があった。
 なにより邪魔だ。調べ物の障害になる。あらぬ疑いをかけられオスカーにでも報告されたら厄介だ。

 レイフの反応は淡白だった。そうですか。それだけだ。物事に対する関心が薄いのは、長く生き過ぎて半ば諦めているせいもある。

「嫌では無いのか?イエローが護衛だぞ。そなたもやりにくいだろう」
「嫌も何もありません。今回がそういう展開ならば受け入れます」
「私との結婚は渋ったくせに」
「結婚に比べたらボーテ様の介入は些末なものです」
「こいつめ」

 額にデコピンを食らわせる。目も閉じないのが生意気だ。

「よいか。イエローは完全にそなたを嫌っている。あやつは好き嫌いが激しいからな」
「私にはアーネスト様を信望しているように見えました」
「そうやもしれん。ときどき子犬のような顔をしてくるし、私を親か何かと勘違いしておる」
「いえ、あれは神を崇めているのかと」
「神?私をか?まさか」

 笑い飛ばすと、レイフはアーネストの顔をまじまじと見てきた。

「なんだ?」
「当事者になると途端に分からなくなるものかと。私は第三者ですから、ボーテ様と貴方様の関係がそのように見えました」
「神と信者に見えたのか」
「ええ。熱心な信者は神を崇めます。神に近づく私のようなポッと出の部外者が目障りだと邪険にするのは自然な流れかと」

 レイフの物言いは、何かをよく見知ったかのような口振りだった。

「前の人生で、そのような場面を経験したのか?」
「アーネスト様が亡くなられて大分後の事ですが、たび重なる戦争と飢饉に遭遇し、それら全てを救うという謳い文句を掲げた新興宗教が誕生しました」
 
 その新興宗教は信者を増やし、やがて王家に反旗を翻したという。軍隊によって鎮圧されたが、その後も新興宗教による小競り合いは長く続いたそうだ。

「新興宗教の信者は、護符があれば死んでも生き返ると教えを受けてきたので、死を恐れません。深手を負っても向かってきました。一般民衆相手だったので、殺すのは勇気が要りました」

 さらっと壮絶な話をされる。いつもの無表情なので、アーネストも深くは突っ込まなかった。


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