上 下
7 / 42
一章

6

しおりを挟む

 三日後、アーネストは処刑場に降り立った。場所は監獄を出た中庭で、見守る観衆は20人程度で、規模は小さい。

 ──良い天気だ。

 雲一つ無い青空だった。さぞかし血の色がよく映える。そうはなりたくない。三度目の正直。アーネストは腹をくくった。

 この日の為に設営された処刑台へと促される。後ろ手に縛られたアーネストは、ゆっくりと壇上に登った。壇上には断頭台が置かれ、処刑人が剣を光らせて立っている。
 壇下にはレイフが控えている。目が合うと直ぐに避けられた。プロポーズをしてからずっとこの調子で、避けられ続けている。

 小うるさい讃美歌を歌うのは、王家が抱えるの教会の聖歌隊だ。全員が男で、中年で、全く神聖を感じない。子どもや女性を排したのは、ひとえにこれから行われる残忍さを見せないためだろう。

 そして──アーネストは目を光らせる。
 オスカーが乗っているという馬車。その姿は見えないが、物影に隠れているのだろう。事前にレイフが教えてくれた馬車がいるであろう場所へと体を向ける。

 役人が罪状を読み上げようとするのを制して、アーネストは前に出た。

「これが最後だ!私の話を聞いてくれ!」

 血相を変えた役人が、いけませんと後ろに下がらせようとする。

「新王陛下からは、直ちに刑を執行せよとご命令を受けております」
「なに直ぐに終わる。私の口上など、長く続くこの世のほんのささやかな時間だ。それくらいは許せよ」

 いけません、と引かない役人を無視して、アーネストは叫んだ。もたもたしていたら、強制的に首を落とされそうだ。

「私、アーネスト・ストレリッツは、王位継承権を放棄する!」

 あらん限りの声で訴える。こんな大声を出したのは初めてだ。

「ついてはその証明として、そこの一兵卒のレイフ・ノートと婚姻関係を結ぶこととする!」

 しん、と静まり返り、遅れて観衆がざわつき始める。
 隣でひたすらアーネストを抑え込もうとしていた役人が、驚愕の反応をした。

「な、なんと…?」
「聞こえなかったか?貴賤結婚だ」

 王族として代々継承されるには、両親とも王族でなければならない。王族でない格下と結婚する。それが貴賤結婚だ。
 たとえ貴族と結婚しても王位継承権は与えられない。貴族もまた臣下だからだ。ましてや貴族ですらないただの一般人と結婚するとなれば、王位継承権はおろか、貴族としての身分も剥奪される。

 アーネストは、全ての身分を捨てると宣言したのだ。

 ──さて、どうなる。

 観衆の一人がどこかへ駆け出すのをアーネストは見逃さなかった。馬車がいるであろう場所だ。程なく馬車が優雅に車輪を回して現れる。アーネストは歓喜した。

 ──これで、オスカーが処刑を止めてくれたら、私は生き延びる。

 馬車が壇上の近くに止まると、果たしてオスカー、弟が現れた。
 黒髪に赤目の、少しアーネストに似た風貌の、まだ若干18歳の若者だ。
 
 ──相変わらず死にそうな顔をしている。

 たまにしか顔を見合わせたことはなかったが、会えばいつも顔色が悪かった。
 それは王となった今も変わらないようだ。これから王として激務の日々が始まるだろうに、今からそんなでは早死しそうだ。最も、アーネストの生死は、この死にそうな弟にかかっている。

「兄上、その話は本当ですか?」

 壇下から声をかけられる。たいして大声を出していないのに、よく通る声だった。こんな声をしていたのかと、場違いに思う。

「本当だ。既に私たちは夫婦の取り決めを交わし、陛下の許しがあれば婚姻するつもりだ」

 オスカーは目を細めた。こいつもレイフと同様、表情が全く動かない。物静か過ぎて、何を考えているのか分からず、わずかな沈黙が長く感じた。

「……『魅了』は使っていないようですね」

 アーネストは背を向けた。後ろ手に縛られた腕には、ブレスレットが嵌まっている。翡翠のブレスレットだ。

「この通りだ」

 翡翠のブレスレットは、アーネストの『魅了』の力を封じる効力がある。それでアーネストは魔力が使えなくなっている。ブレスレット自体に保護魔法がかけられていて、外すことも叩き割ることも不可能だ。
 ちなみにアーネストは剣術などの訓練を全く積んでこなかった。剣の握り方も知らない。完全に無力化された状況で、味方もいない中で、これが己に出来る最善の方法だった。

「処刑を免れてもブレスレットは外さないと誓う。能力も無く、王族でも貴族でも無くなった私を、どんな罪で断罪すると言うんだ?」
「兄上に罪がなくとも、私がそう願えばそうなるのです」
「横暴だな。初めからなりふり構わず振る舞っては、やがて立ち行かなくなるぞ」
「ご忠告痛み入ります」

 オスカーは従者から剣を受け取る。剣を抜くとアーネストに切っ先を向けた。

「まぁ…、これから死ぬ人間に心配されるほど、落ちぶれはせぬでしょう」
「オスカー」
「貴賤結婚など認めるわけがない。無駄な足掻きです。さようなら。兄上」

 切っ先が喉元を突く──逃げられない。

 ──今回も駄目か。

 せめて目を閉じる。最期の、レイフの冷ややかな顔が浮かぶ。

 ──何故こんな時に思い出すんだ。

 死を悟った瞬間、──ガキン、と金属のぶつかり合う激しい音がこだました。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

愛し合う条件

キサラギムツキ
BL
異世界転移をして10年以上たった青年の話

薬師は語る、その・・・

香野ジャスミン
BL
微かに香る薬草の匂い、息が乱れ、体の奥が熱くなる。人は死が近づくとこのようになるのだと、頭のどこかで理解しそのまま、身体の力は抜け、もう、なにもできなくなっていました。 目を閉じ、かすかに聞こえる兄の声、母の声、 そして多くの民の怒号。 最後に映るものが美しいものであったなら、最後に聞こえるものが、心を動かす音ならば・・・ 私の人生は幸せだったのかもしれません。※「ムーンライトノベルズ」で公開中

俺の婚約者は、頭の中がお花畑

ぽんちゃん
BL
 完璧を目指すエレンには、のほほんとした子犬のような婚約者のオリバーがいた。十三年間オリバーの尻拭いをしてきたエレンだったが、オリバーは平民の子に恋をする。婚約破棄をして欲しいとお願いされて、快諾したエレンだったが……  「頼む、一緒に父上を説得してくれないか?」    頭の中がお花畑の婚約者と、浮気相手である平民の少年との結婚を認めてもらう為に、なぜかエレンがオリバーの父親を説得することになる。  

【完結】攻略は余所でやってくれ!

オレンジペコ
BL
※4/18『断罪劇は突然に』でこのシリーズを終わらせて頂こうと思います(´∀`*) 遊びに来てくださった皆様、本当に有難うございました♪ 俺の名前は有村 康太(ありむら こうた)。 あり得ないことに死んだら10年前に亡くなったはずの父さんの親友と再会? え?これでやっと転生できるって? どういうこと? 死神さん、100人集まってから転生させるって手抜きですか? え?まさかのものぐさ? まあチマチマやるより一気にやった方が確かにスカッとはするよね? でも10年だよ?サボりすぎじゃね? 父さんの親友は享年25才。 15で死んだ俺からしたら年上ではあるんだけど…好みドンピシャでした! 小1の時遊んでもらった記憶もあるんだけど、性格もいい人なんだよね。 お互い死んじゃったのは残念だけど、転生先が一緒ならいいな────なんて思ってたらきましたよ! 転生後、赤ちゃんからスタートしてすくすく成長したら彼は騎士団長の息子、俺は公爵家の息子として再会! やった~!今度も好みドンピシャ! え?俺が悪役令息? 妹と一緒に悪役として仕事しろ? そんなの知らねーよ! 俺は俺で騎士団長の息子攻略で忙しいんだよ! ヒロインさんよ。攻略は余所でやってくれ! これは美味しいお菓子を手に好きな人にアタックする、そんな俺の話。

婚約者は運命の番(笑)を見つけたらしいので俺も運命の番を見つけます

i
BL
俺の婚約者であるオリオ・オフニス侯爵令息は、浮気をしていた。しかもその相手は平民のオメガだった。俺はオリオに問い詰めようとしたが、偶然にも平民のオメガとオリオが関係を持っている現場を目撃してしまった。 翌日、俺は婚約破棄の手紙を受け取った。 俺はどうしても彼を許すことが出来ず、彼に小さな復讐をしてやろうと決意する──。

嘘〜LIAR〜

キサラギムツキ
BL
貧乏男爵の息子が公爵家に嫁ぐことになった。玉の輿にのり幸せを掴んだかのように思えたが………。 視点が変わります。全4話。

王子の恋

うりぼう
BL
幼い頃の初恋。 そんな初恋の人に、今日オレは嫁ぐ。 しかし相手には心に決めた人がいて…… ※擦れ違い ※両片想い ※エセ王国 ※エセファンタジー ※細かいツッコミはなしで

悪役令息に誘拐されるなんて聞いてない!

晴森 詩悠
BL
ハヴィことハヴィエスは若くして第二騎士団の副団長をしていた。 今日はこの国王太子と幼馴染である親友の婚約式。 従兄弟のオルトと共に警備をしていたが、どうやら婚約式での会場の様子がおかしい。 不穏な空気を感じつつ会場に入ると、そこにはアンセルが無理やり床に押し付けられていたーー。 物語は完結済みで、毎日10時更新で最後まで読めます。(全29話+閉話) (1話が大体3000字↑あります。なるべく2000文字で抑えたい所ではありますが、あんこたっぷりのあんぱんみたいな感じなので、短い章が好きな人には先に謝っておきます、ゴメンネ。) ここでは初投稿になりますので、気になったり苦手な部分がありましたら速やかにソッ閉じの方向で!(土下座 性的描写はありませんが、嗜好描写があります。その時は▷がついてそうな感じです。 好き勝手描きたいので、作品の内容の苦情や批判は受け付けておりませんので、ご了承下されば幸いです。

処理中です...