【完】三度目の死に戻りで、アーネスト・ストレリッツは生き残りを図る

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一章

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 アーネストは手を組み祈りを捧げた。短い黙祷の後、小窓の空を仰ぐ。良い天気の日で良かった。女神ディアナに祝福されながら逝けたのだろう。安らかな最期であったと思いたい。
 
 レイフも膝をつき、頭を下げる。女神の追悼の祈りを述べた。

「お悔やみ申し上げます」
「ああ。…しばらくは死を伏せて、三日後、私の処刑に合わせて公式に崩御を告げたのだな」

 処刑の用意周到さの理由が分かった。この三日でアーネストを葬り去る為に、今頃は駆けずり回っているに違いない。

「二人分の葬式を一気に済ませようとは。葬式代を浮かす為とはいえ悪質だな」
「殿下は罪人として処刑されましたが、葬式は王族として送り出されました」
「ふ…一応は亡き母の実家の顔を立てたというところか」
「そうかもしれませんが、アーネスト殿下が罪人として処刑されたことにより、結局はライトゴーン公国と戦争に突入します」

 母の実家ライトゴーン家は、隣国の公爵家だ。アーネストを産んで死んだとはいえ、隣国の王家の姫だった母の影響力は絶大だ。血を引くアーネストが処刑されたとなれば、我が国を責める格好の口実となる。

「国境でいさかいが起きた程度で済みましたが、国境が断絶され物資が滞り、また冷害が発生し凶作により多くの人が餓死しました」
「…おいおい!めちゃくちゃマズい方向に向かうではないか!」

 国単位で悲劇に見舞われているのに、何が平凡に生きただ。

 レイフはいつもの通り顔色を変えず、そうですね、と平然と言った。

「確かに国は疲弊しましたが、私はただの一兵士ですから。私は私の仕事をするしかありません」
「なんとか回避しようとか思わなかったのか」
「あらかじめ食料を備蓄しておいたりはしました」

 望んだ答えとは違い、アーネストはうなだれる。しかしレイフが悪いわけではない。なんの地位もない兵士に出来ることと言えば、確かに少ない。手の届く範囲を守るしか出来ない。戦争を回避しようと試みるには、王か王の周りの者たちでなければ無理だ。

「ならば余計に処刑を回避せねばならんな」

 生き延びさえすれば、直近の戦争は防げる。冷害が来たとしても、物資の流通さえ滞っていなければなんとかなる。

 三日後、父の死を告げる使者が現れ、そのまま処刑場へと引き立てられる。讃美歌が流れる中、まともに聞こえない罪状が読み上げられ、断頭台に押さえつけられ、いつ斬られるとも分からぬ恐怖の中、首を落とされる。
 首が地に落ちて、見下ろすレイフの冷ややかな顔。それで終わり。また繰り返す。

 ゾッとする光景だ。既に二度体験した。アーネストは己の身を抱きしめるのを恥じて、腕を組んだ。

「顔色が悪いです。お休みになられては」

 最後に見る顔に心配される。アーネストは苦笑した。

「ありがとう。それより三日後を待つよりも、なんとかして外部と連絡が取れないものだろうか」

 レイフは使者に弔意を告げろと言うが、どう考えてもそれでは遅い。その前にここから出たい。

「難しいですね。私が持ち場を離れたら直ぐに捕らえられますし、うまく王宮に潜り込めたとしても、どなたにどうお伝えすればよいのかも分かりません」
「処刑場に着いたら、もはや弁解の余地はない。せめてオスカー…」アーネストはまた苦笑する。「新王陛下に近い人物には、接触しないと」
「処刑場でしたら、オスカー様とお会いになれます」
「え?」
「お忍びで処刑を見ておられました」

 聞いてないぞそんなこと。アーネストは身を乗り出した。

「なぜそれをいの一番に言わなんだ!?」

 仰け反るレイフは、すみません、と素直に謝った。極めて感情のない無表情で。

「一瞬のことで随分と昔の事でしたので」

 レイフからしたらこの出来事は80年前だ。覚えていないのも無理はない、というのが彼の主張だ。それでは困る。こちらは三日で死ぬか生きるかの生命の危機に直面しているのだから。

「よく思い出せ。オスカーはお忍びで来ていたと言ったな」
「アーネスト様が処刑された後のことです。私が落ちた首を拾い上げると、処刑人が奪い、観衆に向けて掲げました。人だかりから外れて、一つの馬車が停まっており、カーテンが一瞬だけ開きました。あのお顔はオスカー様でした」
「間違いないか」
「そう問われると自信はありません。私がオスカー様だと気づけたのは、一度目の時に優良兵士として表彰されたからです。それでお顔を拝しておりました」
「その男の特徴は覚えているか?」
「黒髪で赤目だったかと。お顔はアーネスト様に似ておられたと記憶しております」

 オスカーの容姿だ。信ぴょう性がある。少しだが、希望の光が見えてきた。

「ならば処刑場でオスカーに直接嘆願する。それが確実だ」
「処刑場は讃美歌が歌われていました。彼らの歌を止ませなければオスカー様まで届きません」
「簡単だ。最後の言葉だから黙って聞けと言えばいい」

 貴族の処刑には、最期のパフォーマンスが許されることがある。オスカーに向かって呼びかければ、あるいは耳を傾けてくれるかもしれない。

 差し当たって、どう嘆願をするか決めて置かなければ。

 恭順の意を示す。弟であるオスカー即位の正当性を、他ならぬアーネストが認める。

 ──その為には、王位継承権を放棄する必要がある。

 王になる心配がなくなれば、オスカーはアーネストの処刑を取りやめるかもしれない。オスカーからしたら処刑して亡き者にしてしまう方が、楽だし安心だろうが、もはやこれしかない。時間も制限もある以上、アーネストがもつ手札は自分自身しかない。賭けは賭けだ。

 王位継承権の放棄。説得力を持たせるには、もう一つ手札が必要だ。

 アーネストはレイフに視線を投げかけた。

「そなた、俺と結婚しよう」

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