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一章

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「三度目?」
「三度目です」
「まことか?」
「まことです」

 オウム返しのやり取りを経て、アーネストは信じた。何故なら、まだ会ったばかりだが、この若者のやけに老成した違和感の正体が、三度繰り返した者であるとするならば、納得できるからだ。
 それに彼は朴訥としている。これが演技だとは思えないし、演技をする理由もない。演技だとしても、もっとマシな人格設定にしただろう。

「なんだお主、三度目ならもっと早く言え」
「申し訳こざいません。殿下も繰り返しておられたとは露知らず」
「よいよい。ならば話が早い」

 自分一人ならば、何も出来ずにまた死を待つだけの日々だったかもしれない。しかし同じ繰り返してきた者同士で、しかも向こうは自分の見張りだ。兵士ならば自由に行き来できる。それこそ身内に連絡を取ることも。これで生存率は大幅に上昇した。

「レイフ、私は三日後を越えたいのだ。故に協力してくれ」
「私は殿下の見張りです。出来ることは少ないかと」
「そう謙遜するな。少なくとも監獄から出られない私よりは動ける」

 レイフは、じっとしたまま動かない。兵士なのだから当然と言えば当然なのだが、兵士でなくとも普段から直立不動で過ごしていそうだ。

「猫ですか」

 レイフの言葉に首をひねる。

「先ほど、使えるものは猫をも使えと」

 何を言い出したかと思えば。己を猫だと思われるのが癪なのだろうか?

「ただの言葉のあやだぞ」
「意図は理解しております。私の行動はこの監獄内のみに制限されており、外部の兵士との接触は禁じられております。殿下の食事等の時も、全てあらかじめ別室に用意されているのを受け取るのみで、そこに人はおりません。少しでも妙な動きをすれば、私はたちまちに処分されるでしょうし、殿下も恐らくは無事ではすまないかと」

 一気に言い終えると、またレイフは直立不動に戻った。コインを投入したら動き出すカラクリ人形みたいだ。
 人との接触を徹底的に減らし、孤立させる。情報の遮断という理由もあるのだろうが、一番重要なのは別だろう。心当たりはある。アーネストは右手のブレスレットに目を落とした。

 ですから、と終わったと思っていたレイフが喋りだした。

「殿下のお力にはなれません。私は猫たり得ません」
「…は」

 アーネストは思わず吹き出した。

「あっはっはっ!そなた、小気味良いな!」

 寝台を叩くとホコリが飛んだ。それを手で振り払う。汚らしい部屋でも、こうして笑うことは出来る。
 今まで死んでは生き返りを繰り返していたアーネストにとって、こんなに腹の底から笑えたのは久しぶりだった。おかげで気が抜けて随分楽になった。自覚していなかったが、相当追い詰められていたのだ。
 何がこんなに受けたのか理解出来ないのだろう。レイフは微動だにしなかった。

「そなたは良いキャラをしているな」
「は…」
「大真面目で笑いを取りに来る姿勢。そなたのような堅物でなければ出来ない」

 アーネストは伸びをして立ち上がる。まだレイフの手元にはアーネストが食べた食事の盆を持っている。あまりにも代わり映えの無い食事に、アーネストはほとんどを残していた。

「もう少し食べようかな」
「でしたら温めなおしてきます」

 軽く礼をして、レイフは背を向ける。その背中を最初よりも親しみを持って見送ることができた。


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