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③
しおりを挟む扉が僅かに開く。まだ男が帰ってくるには早い。母親の小言だろうかと思っていると、隙間から小さな男の子が顔を出した。まだ小さい。やんちゃ盛りの年頃だった。家を間違えたのだろうと思い、実際違うと言った。だが子供はヨタヨタとこちらに向かってきた。ニコニコ笑って、何て無邪気な。膝まで来て座り込んだので、私は再度違うと言った。
「オバケだ!」
男の子は指を指して唐突に言った。お化けお化けと何度も言った。そのうちに走り出して外へ出ていった。
呆気にとられるのと、そう見えるのだろうかと、周りからそう言われているのだろうかと色々考えてしまって、ずっと落ち着かなかった。
嫁入り道具を漁ってみると、小さな鏡が出てきた。少し曇っているが十分だった。顔を見てみると、確かにお化けと呼ばれても仕方ない顔色の悪さだった。土色で、唇は色がない。半年で回復したと思っていた。男が抱かない理由がよく分かった。そっと鏡をしまった。
外が騒がしかった。つられて戸から様子を伺う。人だかりが出来てよく分からなかった。女が半狂乱で子供を抱えて飛び出してきた。助けて助けてと叫んでいた。子供は頭から出血していた。あの子供だった。
子供に手当てを施す。止血して包帯を巻く。頭を冷やす。動かさないようにと言った。子供は力なくこちらを見ている。いたい、と言った。慰めるように肩を撫でた。
「おばけ…」
嫌なのかと思って手を引っ込めた。いたい、と言い出すのでまた肩を撫でた。
名を呼ばれて、幕屋の外へ。男が待っていた。帰ろうと肩を抱かれる。振り払って、一人で先に歩いた。
たった少し歩いただけなのに息が上がっていた。中に入るなり立っていられなくて座り込む。目眩がした。目を閉じる。後から入ってきた男に抱えられ、横になる。睡魔なのか気絶なのか分からない。直ぐに意識を手放した。
子供は無事回復したらしい。その子の母親が礼を言いに来た。ありったけの布を礼にと持ってきたので、何もいらないと断った。子供が描いたという絵だけは受け取った。私を描いたものらしい。目をまん丸に強調して描かれていた。本の栞代わりに使った。
別の女が来た。子供が熱を出したと。診てくれないかと。
その幕屋を訪れ、色々調べて、特に重い病というわけでもないと判断。水をよく飲ませて寝かせておけばいいと伝えた。夜中は熱が上がりやすいから水袋で冷やしてやるといいとも言った。女は干し肉を差し出した。断って帰った。
一人、幕屋に戻ろうと歩いていると、腕を引かれた。男だった。走ってきたのか珍しく息をきらせている。
「…どこに行く」
「帰るんだ」
「駄目だ」
「自分の家に帰って何が悪い」
「もうここの者だ。返さない」
何だか会話が噛み合わないと思った。思い違いをしているらしい。
「そこの家の子供が熱を出したから診てくれと言われた。終わったから幕屋に戻るところだった」
一から説明してやると、男も勘違いに気づいたらしい。腕を掴む手が緩む。その隙に振り払って、幕屋に戻った。
鏡を見る。相変わらず顔色が悪い。ずっと粥ばかりだから回復もしない。月の物もずっと止まったまま。何だかんだで一年になろうとしていた。
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