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終章
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しおりを挟むココット・パールが居なくなった謁見の間は、静まり返っていた。
誰もがジョン王の次の言葉を望んでいたからだ。
ジョンは、エレオノールに笑いかける。これが最高の瞬間だと信じて止まない、愚かな男の姿だ。エレオノールはそんな内面を、おくびにも出さず見守った。
「エレオノール。我が最愛の妻よ。今度こそ王妃として、俺と添い遂げよう」
ジョンが手を伸ばす。見守る皆々の顔も、エレオノールが王妃となるのを疑っていない。
この瞬間──これを、エレオノールは待ち望んでいた。
エレオノールはとっくりとした動作で笑みを造った。
「──お断りします」
ジョンの笑みが引きつる。その瞬間、エレオノールの復讐が果たされた。
「エレオノール…?今なんて言った」
「お断りしますと申し上げました」
ご丁寧に言ったとて直ぐには理解しないだろう。そういう鈍臭い人だった。だからココット・パールという娼婦にいれあげたのだが。
「ジョン国王陛下。私は貴方との結婚にはうんざりしておりました。先王の政にも加わらず、毎日毎日遊びふけってばかり。顔を合わせれば聞くに耐えない暴言をはき、時には暴力も。どうしてそのような方に、私が喜んで王妃になると思ったのでしょう」
かつてココットがよく見せてくれた下卑た笑い方をしてみせる。ジョンはまだ呑み込めていないのか、呆けた顔をして固まっている。
「私、昔から貴方が嫌いでした。だって一つも良いところが無いんですもの。先王が見放されたのもよく分かります」
「エレオノール…?」
「まだ分かりませんの?私はただ、貴方様を馬鹿にする為だけにここに立っているのですよ」
「な、何を言っているんだ。お前は俺がたまたま劇場で見つけて」
「全て私が仕組んだことです」
ジョンが大きく目を見開く。握りしめた拳が震えている。やっと理解が追いついたらしい。
「劇場だけではありません。娼婦である情報を故意に流しましたし、親を断罪するよう仕向けました。貴方が変装して娼館にやって来るよう運命的な出会いを演出しましたし、か弱い女を演じればコロッと騙されていましたね」
ころころと笑ってやる。
「特に先ほどのココットの糾弾。最高でした。このような外の国の使者がいらっしゃる中で、よくまぁお国の恥を内外に晒して。素晴らしい喜劇としか言いようがありません」
「エレオノール!嘘だ!お前がそんな事を言うはずがない!」
「お優しい陛下。感激しますわ」
息をつく。エレオノールは忍ばせていた短剣をジョンに向けた。
「こう言えば正気に戻るかしら。陛下、私は貴方を殺します。貴方が私を殺さなければ、殺されてしまいますよ」
短剣を差し向けてジョンに近づく。護衛の兵士がジョンを守ろうとエレオノールの前に立ちはだかる。
「どうしてだ!?俺はエレオノールを愛している!エレオノール!」
まだ信じている。感激を通り過ぎて呆れてしまう。
──いや、それほどまでに効きすぎているのだ。
「吐き気がするのですよ。貴方に触れられると」
「エレオノール…!」
「新しい王妃を娶られませ。私など忘れてくださいまし」
ああでも、と嘲笑する。
「ここまで娼婦ごときにコケにされた貴方に愛される人は幸せですわね」
大笑いする。こんなに笑ったのは初めてだ。気持ちが良かった。
ジョンの顔がみるみる怒りに変わっていく。やっと、やっとそうなってくれた。
「エレオノール!殺してやる!お前、お前ぇ!」
自らを守る兵士を押し退けて、ジョンが剣を抜く。ようやく正気に戻ってくれた。これでいい。やっと終われる。目的が果たされた以上、もう生きるつもりは無かった。
エレオノールが死んでも、ここまでの痴態を見せたジョン王の評判は地に落ちた。この窮地を窮地だと自覚してジョンが巻き返すか、それともこのまま落ちぶれていくかは彼次第。エレオノールには関係ない。
煌めく刃がエレオノールに突き刺さる瞬間を、直ぐにやって来るであろう瞬間を、エレオノールは待ち続けた。
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