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三章(ココット視点)
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しおりを挟む「設えは変わりましたが、ほとんど変わっていませんね」
エレオノールは体を一回転させてから、長椅子に座るココットに話しかけてきた。ココットは足を組んで鼻を鳴らした。
部屋にはココットとエレオノールしかいない。人払いを済ませてはいるが、椅子の隙間に短剣を隠してある。いざという時はこれでエレオノールを始末するつもりだ。
エレオノールは立ったままだ。当然だ。ジョンは女官としてと言った。女官が王妃と同じように座るなどあり得ない。
「アンタはジョースターとかいう男を使って、まんまと私をはめてくれたね」
「ココット王妃様こそ、私に病気の男を使いに出されました。おあいこです」
「ふん。娼婦になったんだ。アタシが手をくださずとも、遅かれ早かれ病気になって死んでたんだ」
「ええお陰様で。こうして返り咲くことが出来ました。王妃様には感謝してもしきれません」
うやうやしく礼をされて、ココットは腹が立った。返り咲いただと?王妃はココットだ。ココットだけだ。この女はただの娼婦だ。
「調子に乗るんじゃないよ娼婦ごときが。どうせお涙頂戴でジョンに取り入ったんだろ?そんなのアタシが直ぐに目を覚まさせてやるよ」
「ではクズリーさんの話でもしましょうか」
「クズリー?誰だい」
「嫌ですわ。王妃様がけしかけた病気持ちの男ですわ」
「今更そんな奴の話をして何になるってんだ」
エレオノールは続けた。
「クズリーさんは、王妃様の命に従おうとしましたけれど、私が相手をしないと見ると、他の娼婦に病気を移しました。私が病気にならずとも、娼館の評判を落とせたら、と思ったようです」
娼館の評判が落ちたら、客が来なくなる。客が来なくなると、娼婦は生きるために何が何でも客を取らざるを得なくなる。それこそどんな客でも。
「ですので、私はクズリーさんを客として招き、部屋に迎え入れました。早く事を成したいあの方は、先に裸になって私に迫りました」
そこで話を止めて、エレオノールは扇子を取り出し口元を隠した。
「…なんだってんだい。早くお言い」
「『全くジョンお坊ちゃんには手を焼かせてくれるわ』」
ココットはぎょっとした。この言葉は──
「『いつまで経っても世継ぎが出来ないんだもの。種無しかもしれないねぇ。こうなったら他の男と──』」
「──ちょ!ちょっと待ちな!…止めろ!」
ココットの叫びに、ピタリと声が止む。エレオノールは扇子を下ろした。
「お耳汚し、失礼いたしました」
「アンタ、なんでそれを…」
それはココットが発した言葉だった。それは今朝、ココットが腹心に話した言葉だった。他には誰もいなかった。誰にも聞かれるはずの無い会話。
「こういう話を、クズリーさんにもしました。彼だけしか知り得ない話を。不思議ですね。私はただ言葉を繰り返しただけ。そしたらクズリーさんはたいそう驚かれてしまって、裸のまま飛び出して行ってしまったんですよ」
「なんで…知ってるんだ…」
「私もクズリーさんが王妃様の刺客だと知っていましたからね。ジョースターさんにクズリーさんを捕まえてもらって私たちの仲間に引き込みました。死んだと思わせたかったので、代わりの死体を川に浮かべました。今は彼は、この王宮で煙突掃除をしておられますよ」
「そんなことどうだっていいんだよ!なんで知ってるかって聞いたんだ!まさか私の女官を引き込んだのか!?」
「私は答えを言いましたよ」
その時、ガサガサと何か音がした。音のする方をみれば、そこは暖炉だった。暖炉から、パラパラと黒い煤が落ちていた。
「夏場に煙突は使いませんからね。その間にいくらでも掃除をしておけば、冬には十分間に合いますから」
「…そこに、そこにいるのか」
黒い煤が落ちるのが止む。そこに誰もいないかのように、しんと静まり返る。
ココットの会話は聞かれていたのだ。煙突の中に隠れて、いつから聞かれていたのだろう。気付かない内に、王宮内の、それもココット近くに、少なくとも二人、エレオノール側の人間が紛れ込んでいたのだ。
ココットは短剣を取り出した。この女は危険だ。早く殺さないと。
「陛下の話もしましょうか」
短剣を前にしても、エレオノールは全くひるまなかった。こんなに無表情で見下ろされて、さっきからずっと冷や汗が止まらない。
「アンタは今ここで殺す」
「やめておいたほうがいいですよ。私にはクズリーさんがいますし、殺せたとしても、陛下は貴女様の話を聞かずに断罪なさるでしょう」
「ずいぶん自信があるんだねぇ」
「そう仕込みましたから」
およそエレオノールの発言とは思えなかった。いや、存在自体がかつてのエレオノールとはかけ離れている。同じ無表情でも、今のエレオノールは人を魅了する妖艶さを持っていた。あの目に見つめられると、女のココットでも惹かれてしまう。娼婦となって、なんて技を身につけてきたんだ。
「ジョンを虜にしたってわけか。是非教えてもらいたいね」
「あのお方は簡単でしたよ。実はお慕いしておりましたと、娼婦となって他の男に体を委ねた以上、もうお会い出来ませんと、しくしく泣いて見せたら、面白いくらいに私を好きになってくれました」
「泣き落しか。よくある手だね」
「純粋なお方ですもの」
王に対してこの発言。到底許されるものではないのだが、こうやってココットに話してしまうのは、それだけ巻き返せる何かを持っているからだ。情報を得ているのはココットなのに、自分は王妃なのに、全く有利だとは思えない。
「そこに隠れている男を使ってアタシを殺すつもりか」
「まさか滅相もない」
「じゃあどうするってんだい。王妃の座を狙ってるのかい?」
「いいえ」
「じゃあなんで」
話している最中に、どんどんエレオノールは近づいてきた。ココットの短剣にも恐れずに、エレオノールはその美しい顔を寄せた。
「…王妃様は、陛下を落とした手練手管でも勉強していけと、かつて私に仰せになりました」
覚えている。何故なら、あれは王妃になった記念すべき日だったからだ。
「ですから私も娼婦として、貴女様と同じ所に落ちて、同じ立場になって、貴女様の言う手練手管を身につけましたの。お陰様で、いま陛下は私に夢中ですわ。同じ娼婦でも、陛下を繋ぎ止めるお力が王妃様には無かったようですわね」
「エレオノール──!」
名を呼んだ隙に、エレオノールの顔が迫る。口が合わさって、ココットは声にならない悲鳴を上げた。
長いような短いような口づけだった。ココットは頭に痺れるような甘い感覚が襲ってきて、持っていた短剣を落とした。
こんな快楽を感じたことはなかった。こんなにも熱を感じる快楽など、こんな、こんな──!
立っていられなくなり崩れ落ちる。息遣い荒く座り込んだココットに、息一つ乱さずにエレオノールが冷たい視線を向けてくる。
完全な敗北だった。娼婦として、ココットに復讐する為に、ここに舞い戻ってきたのだ。
腰が抜けて動けないココットに、上から声が降ってくる。
「──下手くそ」
嘲りの、嗤いのこもった声だった。
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