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三章(ココット視点)
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しおりを挟む信じられなかった。何故生きている。何故そこに立っている。何故ジョンの隣にいる。
死んだはずなのに。梅毒に犯され、醜い姿となって、ドブ川に捨てられたと聞いた。あれは嘘だったのか──?
嘘だったのだ。報告は一人の男からしか告げられていなかった。あの男は、裏切り者だったのだ…!
「エレオノール!?何故お前がここにいる!?」
詰め寄ると、ふわりと花の香りが漂った。優しく鼻腔をくすぐるこの匂いは、優雅に扇子を広げ口元を隠すエレオノールからだった。
エレオノールは、かつてのエレオノールではなかった。
ココットの叫びなどまるっきり無視して、ほのかな笑みをジョンに向けている。
「へ、陛下!これは一体どういうことですか!?何故エレオノールが生きて…!?」
つい口にしてしまった言葉に、ココットは口に手を当てる。普段からはあり得ない失言だ。それだけココットは動揺を隠せなかった。
ジョンはエレオノールを支えながら、ココットの前で立ち止まる。
「やぁココット、元気だったか」
「陛下!どうしてエレオノールがいるのですか!この者は王宮を追い出された者ですよ!」
先の失言が聞こえていないのか、ジョンはエレオノール同様、穏やかな顔をしている。出迎えのココットに笑顔を向けているものの、どこか隔たりを感じる冷たい笑みだった。
「ああ、王妃に相応しくないと遠ざけたのだがな。それは大きな誤解があったようだ」
ジョンは恍惚としてエレオノールに顔を向ける。エレオノールも顔を向けて、二人の視線が繋がる。二人だけの世界。そこからココットは締め出されていた。
「へ、陛下…エレオノールを、どうなさるおつもりですか…」
「…………」
「陛下!」
「ああすまない。アビア国の使者が来ているそうだな。今はそちらを片付けよう」
ふと今思い出したかのような素振りでジョンは言った。ジョンはエレオノールの手を名残惜しげに離して、やっとココットに向き合った。
「エレオノールをお前の女官としてアビア国の使者の謁見に立ち会わせる」
「…いま、なんと?」
二度も同じ言葉は言わせない、とばかりにエレオノールがしゃしゃり出る。
「陛下は、ココット王妃様の女官を私にお命じになられました」
「お前には聞いていない!陛下…!」
「エレオノールの言った通りだ。アビア国は蛮族の国だが、それなりのしきたりがある。エレオノールはそちら方面に明るい。教えてもらえ」
「陛下…!」
エレオノールを置いて、ジョンは従者と共に立ち去ってしまう。残されたココットは、エレオノールの胸ぐらを掴んだ。
「お前…!なぜ生きている!陛下のあの様子はどうしたんだ!何をした!」
エレオノールは、ココットの腕を掴んだ。何の感情も見せなくなったエレオノールの顔に、指先の冷たさも加わってゾッとする。
「ココット王妃様、乱暴はおよしになってくださいまし」
淡々と、まるで機械のような声音に、ココットは得体のしれない薄ら寒いものを感じた。
「この事態が陛下に知られましたら、王妃様とてただでは済みませんよ」
「誰にモノを言ってんだ!」
「陛下のご命令に背くおつもりですか?どこに目があるか分かりませんよ」
「アンタに言われる筋合いはない!」
ココットが振りかざした拳を、誰かに掴まれる。見るとそれは、まさにエレオノールが死んだと報告した男、ジョースターだった。
ジョースターはエレオノールを守るようにココットの前に立ちはだかった。
「お前…まさか…!はじめから嘘だったのか…!」
はめられていたのだ。全て。全てエレオノールの策略にまんまとはまってしまっていたのだ。
悔しさがにじむ。何の力もない小娘だと侮るべきではなかった。反逆の青い瞳に気づいた瞬間に殺しておくべきだった。
「ココット王妃様」
エレオノールは掴まれた胸ぐら辺りを手で払いながら言った。
「お知りになりたいのでしょう?私がなぜここに居るのか。なぜ生きているのか」
「知ってどうするってんだい。アビア国の使者を待たせるつもりか?」
「お時間は取らせません。それに陛下は到着されたばかり。支度に時間がかかります」
よれた胸もとのレースをととのえながら、エレオノールはココットに近づく。感情を失った青の瞳には、どこか求心力があって、吸い込まれそうになる。
「お部屋で話しましょう。王妃様。かつて私を追い出したあの部屋。今は貴女様のお部屋で」
隣をすり抜けて、エレオノールは我が物顔で建物の中へ入っていく。背筋を伸ばした美しい立ち姿は、ココットが見ても惚れ惚れするものだった。
違う。感心している場合じゃない。エレオノールが自分よりも先に歩いていく。これじゃあどちらが主か分かったもんじゃない。ココットは慌ててエレオノールを押し退けて前に躍りでた。
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