【完】王妃の座を愛人に奪われたので娼婦になって出直します

112

文字の大きさ
上 下
40 / 50
三章(ココット視点)

3

しおりを挟む

 信じられなかった。何故生きている。何故そこに立っている。何故ジョンの隣にいる。
 死んだはずなのに。梅毒に犯され、醜い姿となって、ドブ川に捨てられたと聞いた。あれは嘘だったのか──?

 嘘だったのだ。報告は一人の男からしか告げられていなかった。あの男は、裏切り者だったのだ…!

「エレオノール!?何故お前がここにいる!?」

 詰め寄ると、ふわりと花の香りが漂った。優しく鼻腔をくすぐるこの匂いは、優雅に扇子を広げ口元を隠すエレオノールからだった。
 エレオノールは、かつてのエレオノールではなかった。
 ココットの叫びなどまるっきり無視して、ほのかな笑みをジョンに向けている。

「へ、陛下!これは一体どういうことですか!?何故エレオノールが生きて…!?」

 つい口にしてしまった言葉に、ココットは口に手を当てる。普段からはあり得ない失言だ。それだけココットは動揺を隠せなかった。
 ジョンはエレオノールを支えながら、ココットの前で立ち止まる。

「やぁココット、元気だったか」
「陛下!どうしてエレオノールがいるのですか!この者は王宮を追い出された者ですよ!」

 先の失言が聞こえていないのか、ジョンはエレオノール同様、穏やかな顔をしている。出迎えのココットに笑顔を向けているものの、どこか隔たりを感じる冷たい笑みだった。

「ああ、王妃に相応しくないと遠ざけたのだがな。それは大きな誤解があったようだ」

 ジョンは恍惚としてエレオノールに顔を向ける。エレオノールも顔を向けて、二人の視線が繋がる。二人だけの世界。そこからココットは締め出されていた。

「へ、陛下…エレオノールを、どうなさるおつもりですか…」
「…………」
「陛下!」
「ああすまない。アビア国の使者が来ているそうだな。今はそちらを片付けよう」

 ふと今思い出したかのような素振りでジョンは言った。ジョンはエレオノールの手を名残惜しげに離して、やっとココットに向き合った。

「エレオノールをお前の女官としてアビア国の使者の謁見に立ち会わせる」
「…いま、なんと?」

 二度も同じ言葉は言わせない、とばかりにエレオノールがしゃしゃり出る。

「陛下は、ココット王妃様の女官を私にお命じになられました」
「お前には聞いていない!陛下…!」
「エレオノールの言った通りだ。アビア国は蛮族の国だが、それなりのしきたりがある。エレオノールはそちら方面に明るい。教えてもらえ」
「陛下…!」

 エレオノールを置いて、ジョンは従者と共に立ち去ってしまう。残されたココットは、エレオノールの胸ぐらを掴んだ。

「お前…!なぜ生きている!陛下のあの様子はどうしたんだ!何をした!」

 エレオノールは、ココットの腕を掴んだ。何の感情も見せなくなったエレオノールの顔に、指先の冷たさも加わってゾッとする。

「ココット王妃様、乱暴はおよしになってくださいまし」

 淡々と、まるで機械のような声音に、ココットは得体のしれない薄ら寒いものを感じた。

「この事態が陛下に知られましたら、王妃様とてただでは済みませんよ」
「誰にモノを言ってんだ!」
「陛下のご命令に背くおつもりですか?どこに目があるか分かりませんよ」
「アンタに言われる筋合いはない!」

 ココットが振りかざした拳を、誰かに掴まれる。見るとそれは、まさにエレオノールが死んだと報告した男、ジョースターだった。
 ジョースターはエレオノールを守るようにココットの前に立ちはだかった。

「お前…まさか…!はじめから嘘だったのか…!」

 はめられていたのだ。全て。全てエレオノールの策略にまんまとはまってしまっていたのだ。
 悔しさがにじむ。何の力もない小娘だと侮るべきではなかった。反逆の青い瞳に気づいた瞬間に殺しておくべきだった。

「ココット王妃様」

 エレオノールは掴まれた胸ぐら辺りを手で払いながら言った。

「お知りになりたいのでしょう?私がなぜここに居るのか。なぜ生きているのか」
「知ってどうするってんだい。アビア国の使者を待たせるつもりか?」
「お時間は取らせません。それに陛下は到着されたばかり。支度に時間がかかります」

 よれた胸もとのレースをととのえながら、エレオノールはココットに近づく。感情を失った青の瞳には、どこか求心力があって、吸い込まれそうになる。

「お部屋で話しましょう。王妃様。かつて私を追い出したあの部屋。今は貴女様のお部屋で」

 隣をすり抜けて、エレオノールは我が物顔で建物の中へ入っていく。背筋を伸ばした美しい立ち姿は、ココットが見ても惚れ惚れするものだった。
 違う。感心している場合じゃない。エレオノールが自分よりも先に歩いていく。これじゃあどちらが主か分かったもんじゃない。ココットは慌ててエレオノールを押し退けて前に躍りでた。

しおりを挟む
感想 15

あなたにおすすめの小説

【完結】記憶が戻ったら〜孤独な妻は英雄夫の変わらぬ溺愛に溶かされる〜

凛蓮月
恋愛
【完全完結しました。ご愛読頂きありがとうございます!】  公爵令嬢カトリーナ・オールディスは、王太子デーヴィドの婚約者であった。  だが、カトリーナを良く思っていなかったデーヴィドは真実の愛を見つけたと言って婚約破棄した上、カトリーナが最も嫌う醜悪伯爵──ディートリヒ・ランゲの元へ嫁げと命令した。  ディートリヒは『救国の英雄』として知られる王国騎士団副団長。だが、顔には数年前の戦で負った大きな傷があった為社交界では『醜悪伯爵』と侮蔑されていた。  嫌がったカトリーナは逃げる途中階段で足を踏み外し転げ落ちる。  ──目覚めたカトリーナは、一切の記憶を失っていた。  王太子命令による望まぬ婚姻ではあったが仲良くするカトリーナとディートリヒ。  カトリーナに想いを寄せていた彼にとってこの婚姻は一生に一度の奇跡だったのだ。 (記憶を取り戻したい) (どうかこのままで……)  だが、それも長くは続かず──。 【HOTランキング1位頂きました。ありがとうございます!】 ※このお話は、以前投稿したものを大幅に加筆修正したものです。 ※中編版、短編版はpixivに移動させています。 ※小説家になろう、ベリーズカフェでも掲載しています。 ※ 魔法等は出てきませんが、作者独自の異世界のお話です。現実世界とは異なります。(異世界語を翻訳しているような感覚です)

「君を愛するつもりはない」と言ったら、泣いて喜ばれた

菱田もな
恋愛
完璧令嬢と名高い公爵家の一人娘シャーロットとの婚約が決まった第二皇子オズワルド。しかし、これは政略結婚で、婚約にもシャーロット自身にも全く興味がない。初めての顔合わせの場で「悪いが、君を愛するつもりはない」とはっきり告げたオズワルドに、シャーロットはなぜか歓喜の涙を浮かべて…? ※他サイトでも掲載中しております。

人質王女の婚約者生活(仮)〜「君を愛することはない」と言われたのでひとときの自由を満喫していたら、皇太子殿下との秘密ができました〜

清川和泉
恋愛
幼い頃に半ば騙し討ちの形で人質としてブラウ帝国に連れて来られた、隣国ユーリ王国の王女クレア。 クレアは皇女宮で毎日皇女らに下女として過ごすように強要されていたが、ある日属国で暮らしていた皇太子であるアーサーから「彼から愛されないこと」を条件に婚約を申し込まれる。 (過去に、婚約するはずの女性がいたと聞いたことはあるけれど…) そう考えたクレアは、彼らの仲が公になるまでの繋ぎの婚約者を演じることにした。 移住先では夢のような好待遇、自由な時間をもつことができ、仮初めの婚約者生活を満喫する。 また、ある出来事がきっかけでクレア自身に秘められた力が解放され、それはアーサーとクレアの二人だけの秘密に。行動を共にすることも増え徐々にアーサーとの距離も縮まっていく。 「俺は君を愛する資格を得たい」 (皇太子殿下には想い人がいたのでは。もしかして、私を愛せないのは別のことが理由だった…?) これは、不遇な人質王女のクレアが不思議な力で周囲の人々を幸せにし、クレア自身も幸せになっていく物語。

妹の身代わり人生です。愛してくれた辺境伯の腕の中さえ妹のものになるようです。

桗梛葉 (たなは)
恋愛
タイトルを変更しました。 ※※※※※※※※※※※※※ 双子として生まれたエレナとエレン。 かつては忌み子とされていた双子も何代か前の王によって、そういった扱いは禁止されたはずだった。 だけどいつの時代でも古い因習に囚われてしまう人達がいる。 エレナにとって不幸だったのはそれが実の両親だったということだった。 両親は妹のエレンだけを我が子(長女)として溺愛し、エレナは家族とさえ認められない日々を過ごしていた。 そんな中でエレンのミスによって辺境伯カナトス卿の令息リオネルがケガを負ってしまう。 療養期間の1年間、娘を差し出すよう求めてくるカナトス卿へ両親が差し出したのは、エレンではなくエレナだった。 エレンのフリをして初恋の相手のリオネルの元に向かうエレナは、そんな中でリオネルから優しさをむけてもらえる。 だが、その優しささえも本当はエレンへ向けられたものなのだ。 自分がニセモノだと知っている。 だから、この1年限りの恋をしよう。 そう心に決めてエレナは1年を過ごし始める。 ※※※※※※※※※※※※※ 異世界として、その世界特有の法や産物、鉱物、身分制度がある前提で書いています。 現実と違うな、という場面も多いと思います(すみません💦) ファンタジーという事でゆるくとらえて頂けると助かります💦

【完結】望んだのは、私ではなくあなたです

灰銀猫
恋愛
婚約者が中々決まらなかったジゼルは父親らに地味な者同士ちょうどいいと言われ、同じ境遇のフィルマンと学園入学前に婚約した。 それから3年。成長期を経たフィルマンは背が伸びて好青年に育ち人気者になり、順調だと思えた二人の関係が変わってしまった。フィルマンに思う相手が出来たのだ。 その令嬢は三年前に伯爵家に引き取られた庶子で、物怖じしない可憐な姿は多くの令息を虜にした。その後令嬢は第二王子と恋仲になり、王子は婚約者に解消を願い出て、二人は真実の愛と持て囃される。 この二人の騒動は政略で婚約を結んだ者たちに大きな動揺を与えた。多感な時期もあって婚約を考え直したいと思う者が続出したのだ。 フィルマンもまた一人になって考えたいと言い出し、婚約の解消を望んでいるのだと思ったジゼルは白紙を提案。フィルマンはそれに二もなく同意して二人の関係は呆気なく終わりを告げた。 それから2年。ジゼルは結婚を諦め、第三王子妃付きの文官となっていた。そんな中、仕事で隣国に行っていたフィルマンが帰って来て、復縁を申し出るが…… ご都合主義の創作物ですので、広いお心でお読みください。 他サイトでも掲載しています。

愛すべきマリア

志波 連
恋愛
幼い頃に婚約し、定期的な交流は続けていたものの、互いにこの結婚の意味をよく理解していたため、つかず離れずの穏やかな関係を築いていた。 学園を卒業し、第一王子妃教育も終えたマリアが留学から戻った兄と一緒に参加した夜会で、令嬢たちに囲まれた。 家柄も美貌も優秀さも全て揃っているマリアに嫉妬したレイラに指示された女たちは、彼女に嫌味の礫を投げつける。 早めに帰ろうという兄が呼んでいると知らせを受けたマリアが発見されたのは、王族の居住区に近い階段の下だった。 頭から血を流し、意識を失っている状態のマリアはすぐさま医務室に運ばれるが、意識が戻ることは無かった。 その日から十日、やっと目を覚ましたマリアは精神年齢が大幅に退行し、言葉遣いも仕草も全て三歳児と同レベルになっていたのだ。 体は16歳で心は3歳となってしまったマリアのためにと、兄が婚約の辞退を申し出た。 しかし、初めから結婚に重きを置いていなかった皇太子が「面倒だからこのまま結婚する」と言いだし、予定通りマリアは婚姻式に臨むことになった。 他サイトでも掲載しています。 表紙は写真ACより転載しました。

君のためだと言われても、少しも嬉しくありません

みみぢあん
恋愛
子爵家の令嬢マリオンの婚約者、アルフレッド卿が王族の護衛で隣国へ行くが、任期がながびき帰国できなくなり婚約を解消することになった。 すぐにノエル卿と2度目の婚約が決まったが、結婚を目前にして家庭の事情で2人は……    暗い流れがつづきます。 ざまぁでスカッ… とされたい方には不向きのお話です。ご注意を😓

【完結】大好きな貴方、婚約を解消しましょう

凛蓮月
恋愛
大好きな貴方、婚約を解消しましょう。 私は、恋に夢中で何も見えていなかった。 だから、貴方に手を振り払われるまで、嫌われていることさえ気付か なかったの。 ※この作品は「小説家になろう」内の「名も無き恋の物語【短編集】」「君と甘い一日を」より抜粋したものです。 2022/9/5 隣国の王太子の話【王太子は、婚約者の愛を得られるか】完結しました。 お見かけの際はよろしくお願いしますm(_ _ )m

処理中です...