【完】王妃の座を愛人に奪われたので娼婦になって出直します

112

文字の大きさ
上 下
34 / 50
二章(ジョン視点)

16

しおりを挟む

「クルチザンヌ」は夕方に開店する。侍従の報告を聞いたのは昼過ぎだったが、あれこれと支度をしていたら、到着したのは夕方くらいになってしまった。
 いきなり王の姿で訪れたら、騒ぎが起こる。今回も黒のかつらで変装して乗り込んだ。

 早い時間だというのに、一階にはそれなりの人間が杯を交わしていた。そこにエレオノールの姿は無かった。

 給仕をしている少年に声をかける。

「エマを呼んでこい」
「エマさんならまだ寝てるよ。それにお客さんから個人的にエマさんは呼べないんだ」
「起きるまで待つ。目覚めたら前の夫に似た男が来たと言え」

 侍従が少年に金貨を渡す。大金の心付けにすっかり気を良くした少年は、大喜びで階段を上がっていった。

 しばらくして少年が降りてくる。上がって、という少年にジョンはもう一枚、金貨を渡した。

 侍従は外で待機させて、一人で部屋に入る。そこには最後に会った時と変わらないエレオノールの姿があった。
 眠っていたという言葉通り、エレオノールは夜着一枚をまとっていた。空いた胸元や袖口から見える指先が艶めかしく、黒髪が誘うように乱れている。
 
「まぁいけませんよ。このような所に通うようになっては。貴方様は前途あるお方。病気を移されてしまいますよ」
「病気なのか?」
「今のところはまだ。でも明日からは分かりません」

 にこりと笑う。笑わないと聞いていたエレオノールは、その評判と裏腹にジョンにだけは笑顔を振りまく。微笑みを向けられると、息が止まりそうなほど胸が高鳴る。ジョンは顔がニヤけるのを必死でこらえた。

「会いたかった」
「私もです。またお会い出来たらなぁと思っておりました」
「それは俺が、前の夫に似ているからなんだな?」
「それもありますけど、あまり気になさないでくださいまし。ちゃんと私は貴方様の人となりも気に入っておりますのよ」

 小気味良い調子に乗せられてついその気にさせられそうになる。これがエレオノールの本心なのか、ただの常套句なのか、ジョンには見分けがつかない。

「前の夫は」

 と言いかけた所で、唇に人差し指を当てられる。

「忘れてくださいまし。前の夫の話をすべきではありませんでしたね」
「話したくないのは、未練があるからか」
「止めてください。これ以上お聞きにならないで。もうお会いしませんよ」

 困ったようにエレオノールが笑う。眉毛を寄せて苦痛をごまかそうとしている。悲しみに満ちた過去を思い出しているのは明白だった。
 もう無理だ。これ以上は待てない。

「…エレオノール」

 つい名を口にしてしまう。いや、最初から偽らずに会うべきだった。

「え?」

 聞き返すエレオノールの前で、かつらを取る。金髪を見せたジョンに、エレオノールは大きく目を見開く。

「……うそ」
「エレオノール、すまなかった。全て分かった。何があって何をされたのか。全部分かった」

 硬直して動かないエレオノールの手を取る。この柔らかな感触。この質感だ。ジョンは手を重ねた。

「すまなかった。エレオノール。もう何の苦しみを与えない。お前を脅かす者はいない」
「…………」
「ここを出よう。またやり直そう。王宮に戻って、俺の王妃になってくれ」
「…………」
「エレオノール…?」

 返事がないエレオノールの顔を見ると、真っ青だった。震える体を抱きしめようとすると、ふらりと後ろに倒れ込む。

「エレオノール!」

 抱き留める。見ればエレオノールは意識を失っていた。


しおりを挟む
感想 15

あなたにおすすめの小説

【完結】記憶が戻ったら〜孤独な妻は英雄夫の変わらぬ溺愛に溶かされる〜

凛蓮月
恋愛
【完全完結しました。ご愛読頂きありがとうございます!】  公爵令嬢カトリーナ・オールディスは、王太子デーヴィドの婚約者であった。  だが、カトリーナを良く思っていなかったデーヴィドは真実の愛を見つけたと言って婚約破棄した上、カトリーナが最も嫌う醜悪伯爵──ディートリヒ・ランゲの元へ嫁げと命令した。  ディートリヒは『救国の英雄』として知られる王国騎士団副団長。だが、顔には数年前の戦で負った大きな傷があった為社交界では『醜悪伯爵』と侮蔑されていた。  嫌がったカトリーナは逃げる途中階段で足を踏み外し転げ落ちる。  ──目覚めたカトリーナは、一切の記憶を失っていた。  王太子命令による望まぬ婚姻ではあったが仲良くするカトリーナとディートリヒ。  カトリーナに想いを寄せていた彼にとってこの婚姻は一生に一度の奇跡だったのだ。 (記憶を取り戻したい) (どうかこのままで……)  だが、それも長くは続かず──。 【HOTランキング1位頂きました。ありがとうございます!】 ※このお話は、以前投稿したものを大幅に加筆修正したものです。 ※中編版、短編版はpixivに移動させています。 ※小説家になろう、ベリーズカフェでも掲載しています。 ※ 魔法等は出てきませんが、作者独自の異世界のお話です。現実世界とは異なります。(異世界語を翻訳しているような感覚です)

【完結】望んだのは、私ではなくあなたです

灰銀猫
恋愛
婚約者が中々決まらなかったジゼルは父親らに地味な者同士ちょうどいいと言われ、同じ境遇のフィルマンと学園入学前に婚約した。 それから3年。成長期を経たフィルマンは背が伸びて好青年に育ち人気者になり、順調だと思えた二人の関係が変わってしまった。フィルマンに思う相手が出来たのだ。 その令嬢は三年前に伯爵家に引き取られた庶子で、物怖じしない可憐な姿は多くの令息を虜にした。その後令嬢は第二王子と恋仲になり、王子は婚約者に解消を願い出て、二人は真実の愛と持て囃される。 この二人の騒動は政略で婚約を結んだ者たちに大きな動揺を与えた。多感な時期もあって婚約を考え直したいと思う者が続出したのだ。 フィルマンもまた一人になって考えたいと言い出し、婚約の解消を望んでいるのだと思ったジゼルは白紙を提案。フィルマンはそれに二もなく同意して二人の関係は呆気なく終わりを告げた。 それから2年。ジゼルは結婚を諦め、第三王子妃付きの文官となっていた。そんな中、仕事で隣国に行っていたフィルマンが帰って来て、復縁を申し出るが…… ご都合主義の創作物ですので、広いお心でお読みください。 他サイトでも掲載しています。

だから言ったでしょう?

わらびもち
恋愛
ロザリンドの夫は職場で若い女性から手製の菓子を貰っている。 その行為がどれだけ妻を傷つけるのか、そしてどれだけ危険なのかを理解しない夫。 ロザリンドはそんな夫に失望したーーー。

婚約破棄をされた悪役令嬢は、すべてを見捨てることにした

アルト
ファンタジー
今から七年前。 婚約者である王太子の都合により、ありもしない罪を着せられ、国外追放に処された一人の令嬢がいた。偽りの悪業の経歴を押し付けられ、人里に彼女の居場所はどこにもなかった。 そして彼女は、『魔の森』と呼ばれる魔窟へと足を踏み入れる。 そして現在。 『魔の森』に住まうとある女性を訪ねてとある集団が彼女の勧誘にと向かっていた。 彼らの正体は女神からの神託を受け、結成された魔王討伐パーティー。神託により指名された最後の一人の勧誘にと足を運んでいたのだが——。

〖完結〗その愛、お断りします。

藍川みいな
恋愛
愛する人と結婚して一年、幸せな毎日を送っていた。それが、一瞬で消え去った…… 彼は突然愛人と子供を連れて来て、離れに住まわせると言った。愛する人に裏切られていたことを知り、胸が苦しくなる。 邪魔なのは、私だ。 そう思った私は離婚を決意し、邸を出て行こうとしたところを彼に見つかり部屋に閉じ込められてしまう。 「君を愛してる」と、何度も口にする彼。愛していれば、何をしても許されると思っているのだろうか。 冗談じゃない。私は、彼の思い通りになどならない! *設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。

さよなら、皆さん。今宵、私はここを出ていきます

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【復讐の為、今夜私は偽の家族と婚約者に別れを告げる―】 私は伯爵令嬢フィーネ・アドラー。優しい両親と18歳になったら結婚する予定の婚約者がいた。しかし、幸せな生活は両親の突然の死により、もろくも崩れ去る。私の後見人になると言って城に上がり込んできた叔父夫婦とその娘。私は彼らによって全てを奪われてしまった。愛する婚約者までも。 もうこれ以上は限界だった。復讐する為、私は今夜皆に別れを告げる決意をした―。 ※マークは残酷シーン有り ※(他サイトでも投稿中)

冷遇する婚約者に、冷たさをそのままお返しします。

ねむたん
恋愛
貴族の娘、ミーシャは婚約者ヴィクターの冷酷な仕打ちによって自信と感情を失い、無感情な仮面を被ることで自分を守るようになった。エステラ家の屋敷と庭園の中で静かに過ごす彼女の心には、怒りも悲しみも埋もれたまま、何も感じない日々が続いていた。 事なかれ主義の両親の影響で、エステラ家の警備はガバガバですw

皆さん、覚悟してくださいね?

柚木ゆず
恋愛
 わたしをイジメて、泣く姿を愉しんでいた皆さんへ。  さきほど偶然前世の記憶が蘇り、何もできずに怯えているわたしは居なくなったんですよ。  ……覚悟してね? これから『あたし』がたっぷり、お礼をさせてもらうから。  ※体調不良の影響でお返事ができないため、日曜日ごろ(24日ごろ)まで感想欄を閉じております。

処理中です...