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二章(ジョン視点)
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しおりを挟むジョンはエレオノールの両親を王宮に呼びつけた。
マルツァーノ伯爵夫妻は急な呼び出しにも関わらず、ずいぶん着飾ってやって来た。継母の首元には、大粒の真珠がぶら下がっている。
膝を折る夫妻に、ジョンは早速、本題を切り出した。
「エレオノールのことだが、娼館へ売りつけたと耳にしたが本当か?」
「はい陛下。その通りでございます」
「なぜ?」
「は?」
「なぜそんなことをした」
二人は顔を見合わせる。伯爵が答えた。
「あの娘はマルツァーノ家の恥。陛下の意向に添えない者は私どもの一族ではありません。ですので売り飛ばしました」
伯爵は当然という口調で言った。
「思えばエレオノールとの婚約の打診をいただきました時に、お断りするべきでした。王家の仲間入りなど我が伯爵家には分不相応過ぎました」
「それは元娼婦を王妃に据えた俺への皮肉か?」
「滅相もございません!」
声を荒げたのは継母だった。継母は媚びるように手をすり合わせた。
「滅相もございません。ココット王妃様は華やかで陽気なお方で、陛下と並んで歩かれる様はよくお似合いです。対するエレオノールは衣装すらも質素で、なにより根暗ですので、陛下にはふさわしくありませんでした。これから外国の王族を次々と招くこの大事な時期に、エレオノールを廃したのは英断ですわ」
「よく回る舌だ」
「光栄です」
「褒めてないんだがな」
「え?」
ジョンは鼻で笑った。王を賛美する言葉をつらつらと吐けるのに、受け答えすらまともに出来ないとは。軽薄な者の特徴だ。
「まぁいい。それにしても、随分とめかし込んでいるな。借金がかさんで首も回らない状況だと聞いていたが」
「あ、これはエレオノールから」
「馬鹿!余計なことを言うな」
口を滑らせた継母を伯爵が遮る。その反応を見て、侍従の調査の裏付けが出来た。
「やはりそのようだな」
「あ、いや、これは」
「エレオノールが娼婦として稼いだ金で、お前たちはその宝石と服を買ったのだな」
「ま、まさか。違いますよ」
「隠そうとするのは、それが恥だと分かっているからだ。調べは済んでいる。エレオノールの金で借金を返済し、豪遊しているのもな」
紹介状で雇われた娼婦は、稼ぎの何割かが紹介主に振り込まれる。エレオノールの場合は、全ての稼ぎが伯爵家に奪われていた。
これではエレオノールは稼いでも稼いでも自分の懐には入らない。死ぬまで娼婦を抜け出せない。この伯爵と継母は、エレオノールに死ねと言っているのだ。
ジョンは後ろに控えていた侍従から剣を受け取る。抜きざま、二人に命令する。
「ひざまずけ!」
二人は途端に追い詰められた顔になって、その場に崩れ落ちた。しかし継母の方が立ち直りが早く、お待ちください、と声を上げた。
「お待ちください!エレオノールは自らの意思で娼婦になったのです!自分から紹介状を書けと言ってきて、報酬のこともエレオノールから…!」
「誰がそんな嘘を信じる馬鹿がいるんだ!」
「本当なんです陛下…!──そ、そうだわ!あの娘は私たちをハメるために自分から娼婦になって、さ、最初から私たちに復讐するつもりで…!」
「馬鹿も休み休み言え!」
ジョンは抜き身を伯爵にかざす。継母は悲鳴を上げた。
「やめて!お助けを!」
「黙れ!エレオノールを恥だとあざけりながら、娘の身を削って稼いだ金で遊び呆けるなど恥知らずにも程がある!」
剣を振り落とす。一刀両断のもと、伯爵はうつ伏せに倒れる。
「あ、いやあああ!」
侍従がこれを、とハンカチを渡してきた。返り血が飛んだ頬を拭う。
うるさい悲鳴に片耳を塞ぎながら、ジョンは見下ろす。
「──ああ言い忘れていたが、ここに来る前に、お前の伯爵位は剥奪しておいた」
聞こえないだろうが、一応、元伯爵に告げておく。返せそうにない借金をこしらえ、領土の経営もまともに出来ない者をのさばらせておくほど、この国は豊かではない。
継母は血だまりの旦那にすがりついて泣き叫んでいる。致命傷ではない。手当てをすれば命の危険はない。
ジョンは侍従にハンカチを返しながら言った。
「医者に治療させろ。ちゃんと医療費は請求しろよ」
「は」
「夫人は投獄しろ。爵位持ちでない者が王宮にいるのだ。罰を受けさせろ」
「仰せのままに」
衛兵が継母を両脇から抱き上げ連行しようとする。割れんばかりの悲鳴を上げ暴れるが、鍛え上げられた兵士たちには児戯にも等しい抵抗だった。部屋から消えた継母が居た場所には、血のついた真銀の靴が片方取り残されていた。
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