【完】王妃の座を愛人に奪われたので娼婦になって出直します

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一章(エレオノール視点)

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「というと?」
「私は復讐しようとしています。夫は私を陰気だと言って、指一本触れませんでした。愛人は、私には夫を魅了する術が無いのだと言いました。なので、勉強したいんです」

 復讐の詳細を話すつもりは無いが、理由は話せた。多分、復讐の為にはこの人に頼るしかない。

「実戦を学びたいってか」
「先の通り、私には経験値が足りませんので」
「理解できんな。旦那と寝て、愛人を見返したいのか」
「復讐です」

 男からしたら、エマがしようとしている事は復讐に見えないのかもしれない。自分を捨てた夫よりも、夫を奪った愛人に怒りの矛先が向く物語を、歌劇でも小説でも目にしてきた。
 だがエマは夫を取り戻したいわけじゃない。愛人にも復讐をするし、夫にも復讐する。絶対にする。
 確実にする為には、もう一つ、段階を踏む必要がある。

「ペレさん教えてください。上手くなりたいんです」

 色事が皆無だと知られてしまった以上、開き直って事情を知るペレに頼んでみたのだが、彼には鼻で笑われてしまった。馬鹿にされている。エマにとっては深刻で真剣な頼みでも、ペレからしたら一笑に付してしまえるような些事なのだ。
 でもこれくらい呑気な反応をしてくれる方が助かった。色恋など所詮遊び。真剣だからといって身につくような術ではないのだ。

 エマは試しに、ペレにキスしてみようと顔を近づけた。ペレの顔に黒髪が落ちていく。彼はくすぐったそうに目を細める。

 唇が触れる瞬間、ペレの腕がエマの肩を抱いた。ぐるりと回転して、上下が逆になる。

「きゃっ…!」

 エマに覆いかぶさるかと思われたペレは、何もしないまま隣に寝転んだ。

「眠い。レッスンは明日からな」

 そのままペレは目を閉じた。直ぐに寝息が聞こえてくる。
 エマはポカンとしたまま、乱れた黒髪を直そうとしたが、一部がペレの下敷きになっていて、寝返りは打てるものの、起き上がることは出来なくなっていた。

「なんて寝付きのいい人なの…」

 呆気にとられて、とんちんかんな事を口走ってしまう。肩透かしをくらって、気が抜けてしまった。





「アンタ、ずいぶん色気出てきたねぇ」

 女主人のヒルダは、エマを見るなりそう言った。

「あの男前に仕込んでもらったんだろ」
「ええ、まぁ」
「恋でもしてんのかい?」
「まさか」
「やめときなよ。惚れるだけ無駄さ。アンタは娼婦なんだからね」

 色々な娼婦を雇ってきたやり手のヒルダは、色恋で富を得ながら、色恋を最もくだらないものだと切り捨てていた。

 あの日から、ペレは毎日のようにやって来る。時間はいつも決まって夜の十時。食事をすることもあるが、大抵は食べできていて、酒だけを嗜む程度だ。
 例の本の進捗を報告しあい、あとは他愛のない話。彼は旅行でこの国に来ていて、もう少ししたら本国に帰るのだという。

 ひと息ついた所でレッスンが始まる。とは言っても直ぐに終わる。一回二回と口づけを交わすのみで、それ以上にはならない。彼からしたら簡単で、児戯のようなやりとり。

 先をお願いするエマに、ペレは頷かなかった。優しい人だった。

 そんなやり取りを思い出して、エマはヒルダの忠告にも納得していた。
 惚れるだけ無駄。そう。心得ている。己の心が動くだけ、受ける傷は深くなる。
 あんな目に遭うのは一度で十分だった。人を愛したばかりにこうなっている。でも御者の誘いのまま、修道女になっていたほうが良かったとは思えない。


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