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帰宅
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「急になんで充電器なんかが必要なんです。ってか、身体は大丈夫なんですか?なんで先生とドライブなんてしてるんです!みんな心配してたのに!」
一日休んだくらいで大仰な。そう思いながらも、こんな時間にわざわざ呼び出した後ろめたさもあり、私はひたすら詫びるしかできなかった。
「すまない、安藤。これにはいろいろとわけがあってだな」
甲府駅付近で安藤を拾い、行き慣れた道をレクサスは走って行く。後部座席では状況を読み込めていない安藤が、手にしたビニール袋をふりまわしながら喚いている。
「何回か電話したんですよ、でも全然出ないし。お腹壊してるっていうし、何も食べないでいたらどうしようとか心配して、ほら栄養ドリンクとかゼリーとかいろいろ買ったんです」
ぬるくなったスポーツドリンクを差し出され、私は喉の渇きを思い出す。ありがたくそれを頂戴した。隣で先生は勝手に差し入れのプリンを食べている。
「インフルエンザだったらどうしようとか、みんなで話してたんです。なのに、なんで充電器なんです」
「それだ」
妙案を得た、とばかりに私はそれに食いついた。
「インフルだったことにしておいてくれないか?そうすれば明日も休める」
「何言ってるんですか、明日もサボるつもりですか?」
心外、とばかりに安藤が非難するが、とてもじゃないが明日、職場に何事もなかったかのように顔を出せる自信はなかった。
それに、これからが本番だ。有栖医師が隠したiPadには、一体どんな秘密が隠されているというのか。
「そうだな、そのほうがいいだろう」
プリンを食べ終えた先生も同意した。「ここまで来たらもう、事件のすべてを明らかにしなければ」
そうだ、我々がこんな犯罪めいた――いや、事実犯罪だ、を行った大義名分が必要だ。正義の名のもとに、これらは必要悪だったと堂々と宣言できるような、明確な証拠を明らかにしなければならない。でなければ先生はこのまま捕まるし、恐らく私もそうだろう。
「事件って、もしかして仕事サボってそっちの捜査してたんですか?」
まったくもう、と安藤が嘆いた。「おかげで私今日一日笹塚課長のお守りをさせられて、ぜんぜん仕事はかどらなかったんですから」
それは私の責任ではないだろう。そう言い返す前に、車は私の家に着いた。
「とりあえず何か食べるもの作りますから」
今回ばかりはそう言う安藤の好意に甘えることにした。緊張と疲労で身体はボロボロだ。なにか温かいものでも摂って、この身を少しでも休ませてやりたかった。
一方先生は、車の中に事前に準備しておいたと言うのだろうか。いつの間にか白衣姿からいつもの白スーツに身を包むと、慌ただしくiPadを充電器と繋いだ。
そして、唯一の丸いボタンを長押しする。部屋の隅で男二人が小さな画面を一心に見つめている。不思議な光景だ。
青味がかった画面が浮かび上がる。そして、『パスワードを入力してください』の文字と数字キー。思わず私は頭をのけぞらせた。
「また暗号か?」
「いや、これは職場の備品だ。そう難しい話ではないはず」
そう言って先生はリンゴの絵が描かれた裏面を覗くと、慣れた手つきで数字を入力した。そしてあっけなく、セキュリティは解除されてしまった。
「今、なんて入れたんです?」
「後ろに書いてある。0246」裏面には、管理番号がナンバリングされている。NO246と。
「でもこれって、ゼロじゃなくてオーなんじゃ」
「まあ一応、それでごまかせると思っていたんだろう。大体職場のセキュリティなどあってないようなものだからな」
あまり大きな声では言えないが、確かにそうだ。情報が漏れては困るが、なにより一番困るのは、パスを忘れてパソコンを開けなくなることだ。仕事にならない。
だからこうやって、まるで玄関わきの郵便ポストに堂々と家の鍵を隠しておく、ようなことが行われている。
現れたのは美しい海の画像。画面をタップするとそれは消えて、無愛想な青一色の画面が現れた。画面上には、『設定』『カレンダー』『時計』『メール』『メッセージ』などの、デフォルトで必ず入っているアイコンが並んでいる。ずいぶんと色気のない画面だ。
「いったいどこにあるっていうんだ?」
先生が『フォルダ』のアイコンをタップした。ここに例の実験の論文でも隠されているのだろうか。そう期待したが、現れたのは意外なものだった。
「なんでここに、こんなものが?」
そこには見慣れた、『Era of Bronze』のアイコンがあった。
「なるほど」
先生が何を納得したのか、神妙にうなずく。
「もしかして有栖医師は、仕事をサボって病院の備品でゲームしてたのを隠したくて、あんな暗号を作ったっていうんですかね」
「どうだろうな。だが恐らく、『Deukarionと共に、青銅の時代の終わりがやってくる』とはこのことだ」
彼女の残した暗号。青銅の時代とは、このゲームのタイトルの和訳だ。
「じゃあ、この中になにかが隠されていると?」
「ああ」
こんな公共性の高いゲームの中に?私には想像がつかなかった。それにゲームの中を探るだけなら、なにもこのiPadでなくたって。
先生がアイコンをタップした。すぐに開くかと思いきや、『ダウンロードを開始します』。
「しばらくプレイしてないと、バージョンアップデータがたまるんですよね」
何をそんなに増やさなければならないのかわからないが、アプリゲームはとにかく容量を食う。私のスマホが耐えられるか心配なくらいに。
「仕方ない、待つしかないだろう」
とにかく今夜は長丁場になりそうだ。安藤が、心配そうな顔でこちらの様子をうかがっている。台所からは、鼻腔をくすぐる香りが流れてきた。
「その間にとりあえずは腹ごしらえ、だな」
一日休んだくらいで大仰な。そう思いながらも、こんな時間にわざわざ呼び出した後ろめたさもあり、私はひたすら詫びるしかできなかった。
「すまない、安藤。これにはいろいろとわけがあってだな」
甲府駅付近で安藤を拾い、行き慣れた道をレクサスは走って行く。後部座席では状況を読み込めていない安藤が、手にしたビニール袋をふりまわしながら喚いている。
「何回か電話したんですよ、でも全然出ないし。お腹壊してるっていうし、何も食べないでいたらどうしようとか心配して、ほら栄養ドリンクとかゼリーとかいろいろ買ったんです」
ぬるくなったスポーツドリンクを差し出され、私は喉の渇きを思い出す。ありがたくそれを頂戴した。隣で先生は勝手に差し入れのプリンを食べている。
「インフルエンザだったらどうしようとか、みんなで話してたんです。なのに、なんで充電器なんです」
「それだ」
妙案を得た、とばかりに私はそれに食いついた。
「インフルだったことにしておいてくれないか?そうすれば明日も休める」
「何言ってるんですか、明日もサボるつもりですか?」
心外、とばかりに安藤が非難するが、とてもじゃないが明日、職場に何事もなかったかのように顔を出せる自信はなかった。
それに、これからが本番だ。有栖医師が隠したiPadには、一体どんな秘密が隠されているというのか。
「そうだな、そのほうがいいだろう」
プリンを食べ終えた先生も同意した。「ここまで来たらもう、事件のすべてを明らかにしなければ」
そうだ、我々がこんな犯罪めいた――いや、事実犯罪だ、を行った大義名分が必要だ。正義の名のもとに、これらは必要悪だったと堂々と宣言できるような、明確な証拠を明らかにしなければならない。でなければ先生はこのまま捕まるし、恐らく私もそうだろう。
「事件って、もしかして仕事サボってそっちの捜査してたんですか?」
まったくもう、と安藤が嘆いた。「おかげで私今日一日笹塚課長のお守りをさせられて、ぜんぜん仕事はかどらなかったんですから」
それは私の責任ではないだろう。そう言い返す前に、車は私の家に着いた。
「とりあえず何か食べるもの作りますから」
今回ばかりはそう言う安藤の好意に甘えることにした。緊張と疲労で身体はボロボロだ。なにか温かいものでも摂って、この身を少しでも休ませてやりたかった。
一方先生は、車の中に事前に準備しておいたと言うのだろうか。いつの間にか白衣姿からいつもの白スーツに身を包むと、慌ただしくiPadを充電器と繋いだ。
そして、唯一の丸いボタンを長押しする。部屋の隅で男二人が小さな画面を一心に見つめている。不思議な光景だ。
青味がかった画面が浮かび上がる。そして、『パスワードを入力してください』の文字と数字キー。思わず私は頭をのけぞらせた。
「また暗号か?」
「いや、これは職場の備品だ。そう難しい話ではないはず」
そう言って先生はリンゴの絵が描かれた裏面を覗くと、慣れた手つきで数字を入力した。そしてあっけなく、セキュリティは解除されてしまった。
「今、なんて入れたんです?」
「後ろに書いてある。0246」裏面には、管理番号がナンバリングされている。NO246と。
「でもこれって、ゼロじゃなくてオーなんじゃ」
「まあ一応、それでごまかせると思っていたんだろう。大体職場のセキュリティなどあってないようなものだからな」
あまり大きな声では言えないが、確かにそうだ。情報が漏れては困るが、なにより一番困るのは、パスを忘れてパソコンを開けなくなることだ。仕事にならない。
だからこうやって、まるで玄関わきの郵便ポストに堂々と家の鍵を隠しておく、ようなことが行われている。
現れたのは美しい海の画像。画面をタップするとそれは消えて、無愛想な青一色の画面が現れた。画面上には、『設定』『カレンダー』『時計』『メール』『メッセージ』などの、デフォルトで必ず入っているアイコンが並んでいる。ずいぶんと色気のない画面だ。
「いったいどこにあるっていうんだ?」
先生が『フォルダ』のアイコンをタップした。ここに例の実験の論文でも隠されているのだろうか。そう期待したが、現れたのは意外なものだった。
「なんでここに、こんなものが?」
そこには見慣れた、『Era of Bronze』のアイコンがあった。
「なるほど」
先生が何を納得したのか、神妙にうなずく。
「もしかして有栖医師は、仕事をサボって病院の備品でゲームしてたのを隠したくて、あんな暗号を作ったっていうんですかね」
「どうだろうな。だが恐らく、『Deukarionと共に、青銅の時代の終わりがやってくる』とはこのことだ」
彼女の残した暗号。青銅の時代とは、このゲームのタイトルの和訳だ。
「じゃあ、この中になにかが隠されていると?」
「ああ」
こんな公共性の高いゲームの中に?私には想像がつかなかった。それにゲームの中を探るだけなら、なにもこのiPadでなくたって。
先生がアイコンをタップした。すぐに開くかと思いきや、『ダウンロードを開始します』。
「しばらくプレイしてないと、バージョンアップデータがたまるんですよね」
何をそんなに増やさなければならないのかわからないが、アプリゲームはとにかく容量を食う。私のスマホが耐えられるか心配なくらいに。
「仕方ない、待つしかないだろう」
とにかく今夜は長丁場になりそうだ。安藤が、心配そうな顔でこちらの様子をうかがっている。台所からは、鼻腔をくすぐる香りが流れてきた。
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