悪い冗談

鷲野ユキ

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新年の珍客

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 年が明けた。私が目覚めた時、すでに新年がやってきていた。

 昨日、いや去年の年末は何をしていたんだったか。一人で住むには広いこの家で見るでもなくテレビを付けて、毎年代わり映えのしない年末の特番を見ながら酒を飲み、手持ち無沙汰でゲームをしていた、ように思う。

 だがその後除夜の鐘が撞かれる映像を見た覚えもなく、目が覚めればこのザマだ。炬燵に入ってしまったのがいけないのだろうか。それとも飲みすぎたか。

 こめかみの奥でズキズキと主張する痛みを追いやって、台所から水を汲むと一気に飲み干した。冷たさが歯にしみる。だが歯医者に行くのも億劫だ。思わず顔をしかめた時に、外の方からガシャンと言う音と、バイクのエンジン音が聞こえた。

 大変なこった。

 ぼりぼりと頭を掻き、仕方なしに私は玄関へと向かう。別に待ちわびていたわけでもないが、わざわざ元旦返上で郵便局員がこんなところにまで届けてきてくれたのだ。それを放置したままと言うのも、なんだか失礼な気がした。

 宮部、松本、西村。他にもぱらぱらと。中にはありがちな家族写真を送ってくるやつもいる。皆、大学時代のサークルのメンバーだ。一部のやつらが律儀にこうして毎年送ってくるものだからこちらも出さないわけにはいかず、ハガキの物々交換を繰り返すという不毛な行為を毎年行っている。

『子供が産まれました。今度遊びに来てください』 
『今年こそきっとうまく行きます!頑張ってください』
『ユキ先輩の連絡先知りませんか?』

 毎年代わり映えのしない文面を眺めていた私の目が止まった。ユキ先輩。

『番号も住所も変わってるみたいで捕まりません。面白いの見つけたから勧めようと思ってたのに!』

 そんなこと、私に聞かれても困る。むしろ私だって、ユキ先輩とは連絡が取れなくて困っていたところだ。

 似たようなことを問うてくる年賀状が数枚あり、みな一様にかの人の行方を探しているようだった。まるで、アリスタイオスだな。私は思った。みんなが必死に探す人。それだけの存在なのに、煙のように消えてしまった。

 私はスマホのアドレスを開く。ユキ先輩の電話番号は確かにそこにあるのに、繋がらない。

 寒さを覚えて、私は炬燵へと戻る。今日はこのまま寝正月だろうと着替えるのさえ億劫がって横になろうとしたところで、今までおとなしかったスマホが暴れ出した。

『あけましておめでとうリンドウ君!』

 飛び込んできたのは、チカチカと点滅する文字。一昔前のホームページのようだ。わざわざメールごときでそこまで手を掛ける意味がわからないが、背景は真っ赤で、その中にレインボーカラーの文字が点滅するだけに飽き足らず、ぴょんぴょんと踊り狂っている。
 それだけで私は辟易して危うく画面を閉じかけたが、このまま無視するのも悪かろうと画面を触るとどうやらまだ続きがあったらしく、よくわからない動物(干支だろうか?)の後ろに、やはりはしゃいだ文字が踊っていた。

『めでたいから富士山に登ろう!』

 酔っぱらってるのか?

 二日酔いの頭で偉そうに。我ながらそう思わなくもなかったが、新年だからめでたいとは思わないひねくれた私はそう考えてしまう。もう富士山でもジャングルジムにでも、勝手に登ってくれ!

 そこへ再びエンジン音が聞こえた。正月の世界は妙に静かだ。さっきの配達員がなにか届け忘れでもしたのだろうか。そう思ったものの、どうにもバイクのエンジン音とも違う気がする。だがいちいち確認しに行くのも億劫だ。炬燵から出ずにぼんやりとその音を聞いていると、あろうことかインターフォンが鳴るではないか。

「誰だ?」

 この家に来るとしたら、あとは配送会社の人間くらいだ。けれど特に何かネットで買った記憶もない。ご近所さんだとしたら、わざわざ車で来るわけもない。

 なんだか嫌な予感がした。静かな我が家は最近、彼の別荘かのような扱いを受けている。そして、あの人はとにかく行動が早い。こうして、一応メールが来ただけマシなのだろうか。

 再びインターフォンが鳴る。ピンポンと連呼される。こんなの、何年も前に近所の子供のイタズラでされた以来だ。近所の農家の女の子。普通、大人はこんな執拗にピンポンを鳴らさない。だが、あの人はどうだろう。すごくやりそうな気がした。

「せっかくの正月が……」

 やり過ごすにはうるさいそれに耐えかね、私はようやく炬燵からはいずり出た。渋々開けた玄関の先には、やはり加賀見先生が居たのだった。
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