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告白
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人けの無くなった部屋に寂しさを覚え、ごろりと畳に横たわりつつも私は無意識にスマホを弄っていた。
ハマった、わけではないと思う。ただ何とはなしに習慣になってしまったというか、暇を持て余しているというか、ごく自然に私の指はEoBのアプリを立ち上げていた。
『連続ログインボーナス!』
開くと同時に、夏休みのラジオ体操のスタンプカードのようにポンとハンコが押されて、消費アイテム――例えば体力を回復するキノコやジュースだ――が配られる。
まんまと釣られているわけではない、と思う。私の目的は、事件解決の糸口をこの世界に見出すことだ。もはやルーティーン化しているレアアイテムの回収と、日々のストレスの吐口となっているモンスター討伐。けれど探し人にはそううまく巡り合えるはずもなく、さてもう寝ようかというところで声を掛けられた。
『あら、こんな時間まで起きてるの?』
この、妙に色気のある声は聞き覚えがある。峰不二子のような声。エコーだ。
いや、正確に言うと声ではない。無数にいるプレイヤーのキャラにいちいち音声など付けていたら処理が大変だ。あくまでも無機質な吹き出しに文字列が羅列するだけだが、私の頭の中で彼女の声はそのように再生されている。それは、彼女のキャラのせいかもしれないが。
『また何か奪いに来たのか?』
彼女と会って私はロクな目に遭っていない。苦心して得たアイテムをPKされて奪われたり、敵キャラの標的にされたりと散々だ。
私がルパンならそれでもめげずに美女にアタックしているところだろうが、所詮ここはゲームの世界。ゲーム内のキャラ通りに本人が美人なはずがない。
というより、まるで男が理想とするような美女過ぎて、却って冷めてしまう。本当に中身は女なんだろうか。
『今日はパス。前にも放出されてたアイテムなんて、ぜんぜんレアじゃない。新規プレイヤーを釣る為に、使いまわしのアイテム出すなんて運営もいよいよだわ』
そうなのか。ゲームを初めて一カ月程度の私は貴重なものを入手したと思っていたが、さすが年季の入ったプレイヤーは違うらしい。
『そんな前からこのゲームをやっているのか?』
『まあね』
どうやら今日の彼女は特に私に用はないらしい。こちらだって狩られるのを期待しているわけではないが、なんだか拍子抜けしてしまった。
『それじゃあ、俺はもうログアウトするから』
明日が休みとはいえ、気付けば時刻は深夜の一時を過ぎている。慣れない夜更かしなどして、月曜寝坊するのはごめんだ。
『あら、ちょうどこれからあなたのお探しの人と会うんだけど』
『探し人が多すぎて誰だかわからない。エーオースか?アリスタイオスか?』
『もうメリッサのことは探していないの?』
『メリッサが来るのか?』
一番に疑っている人物の名を聞き、私は思わず身を起こした。
『そうよ。私のお客さんが欲しいアイテムを持ってるっていうから、買い取りに来たの』
『本当に買い取るのか?どうせPKするんだろ』
『あれでもメリッサは強いのよ、下手にこっちがやられたら大損だもの』
『俺も同席して構わないか?』
エーオースとアリスタイオスが捕まれば話が早いが、依然その二人は雲隠れしたままだ。残された手がかりは、エーオースと〈商談〉したというメリッサのみ。この願ってもない偶然に、私の目が冴えてきた。
『どうぞ』
『でも、また逃げられたら』
『とりあえず、商談の間は逃げないと思うわよ。その後は、どうだか知らないけど』
となると、どう話を持って行けばいいのだろう。本職の刑事張りに私は考える。力では向こうが上だ。そして、最強の逃げ道、ログアウトという手が向こうにはある。現実のように走って追いかけることも出来ない。なんと不利な聞き込みだろう。
『もうそろそろ来るわよ』
動きを止めたイーグルに、エコーが声を掛ける。その時だった。まばゆい光と共に、非現実的な髪色の少女が現れた。
『やっほーエコー。アイテム持ってきたからお金ちょうだい』
何とも直球なセリフだ。彼女が金に困っているのは本当らしい。
『げ、なんであんたがここにいるのよ』
上機嫌で現れたメリッサだったが、エコーの後ろにいた私に気付くや否や、露骨に遠くに飛びずさる。
『そんなに嫌がらなくてもいいじゃないか』
あまりにあからさまな態度に、画面越しに私は思わず舌打ちをした。あんまり、私がコイツのことを疑っていることは表に出さないほうが賢明だろう。
『俺はただ、現実世界でのアリスタイオスを探しているだけなんだ。その為に、実際会ったことのあるあなたに聞きたいことがたくさんある』
『知らないよ、そんなの。それよりアタシはエコーに用があるの。てかエコーあんた、なに部外者まで呼んでんのよ』
メリッサの怒りはエコーまで飛び火したようだが、彼女は至って冷静なものだ。
『別に呼んだわけじゃない。たまたま待ち合わせ場所に彼が居たのよ』
『ふうん、たまたま、ねぇ』
『それは本当だ、本当に、たまたま』
そうでなければおかしい。まさかエコーが、私がゲームにログインするタイミングを計り知ることなど出来ないはずだ。私が現実世界で、ついさっきまで人と一緒に過ごしていて、その後の物寂しさからログインするだなんて知りようがない。
『まあ、とにかくアタシはお金さえもらえればいいの。ちゃんと持ってきたわよ、アウロラの光輪。高値で買い取ってくれるんでしょ』
『ええ、事前登録したプレイヤーにのみ配れたアイテムでしょう?クライアントはそれに間に合わなかったらしくて、とにかくそれが欲しいんですって。でもそんな大切なもの、手放していいの?』
話を聞く限りでは、メリッサはゲーム内ではとても貴重なものを手放そうとしているらしい。そこまでして、なぜ金が必要なのだろう。私は口を挟んだ。
『メリッサ、何だってお前、そんなに金が要るんだ?』
『うるさいな、お金は誰だって必要でしょ』
『それはそうだが……』エコー曰く、事業に失敗したんだったか。
『そんなにメリッサの話が聞きたいなら、お金を出してあげれば?』
不毛なやり取りに見かねたのか、エコーが声を挟む。
『金?私が?』
『知ってる?情報って、タダじゃないのよ?』
確かに私も大して内容のない情報に対して、多大な犠牲をエコーに強いられた経験がある。しかし、なぜ私がそこまでしなければならないのか。だがその提案に、メリッサは乗り気なようだった。
『そうだな、十万円。それでどう?』
『十万?ふざけるな』
薄給の公務員に対して、なんていう仕打ちだろう。
『ふざけてなんかないよぉ。こちとら、一世一代の大告白をしてやろうって言うんだから』
『おい待て、俺はエーオースの行方を探しているだけなんだ、それがなんでお前の一世一代の大告白になるんだ』
そこまで言って、はたと私は呟いた。
『やっぱり……お前が殺したのか?』
『殺した?』
不穏な発言に、エコーが眉をひそめる。
『はあ?言いがかりはやめてもらえる?それになんで、アリスタイオス……しかも現実世界の彼を、アタシが殺しただなんて言うのよ』
言葉遣いが荒くなっている。もはや仮想世界の姿を脱ぎ捨てて、メリッサがわめく。その姿が却って私には怪しく思えた。
『わかった、金なら出そう』
私は腹をくくった。だがしかし、殺人などという重大な罪の告白を、十万程度でするのだろうか。不安になった。私だったらしないだろう。
『ふん、なら商談成立ね。まずはそっちが先に、指定の口座に金を振り込んでちょうだい』
『指定の口座?けど、今は銀行は閉まってるだろ』
『オンラインで出来るでしょ』
そんなこと言われても、そんなものは持っていない。
『仕方ないわね、とりあえず私が立て替えてあげる』
救いの声をさしのべてくれたのはエコーだった。
『とりあえず半分の五万円。あとは、情報の内容によるわ』
『まあ、とりあえずはそれでいいよ』
『すまない』
『私もエーオースの行方は気になるもの。もしあのアカウントが宙に浮いたままなら、レアアイテムをなんとかして回収しようっと』
なるほど、それが狙いか。呆れる私に構わず、エコーが杖を一振りするしぐさをする。
『それと、ガセネタだけ伝えて逃げないように結界を張ったから安心して』
『結界?』
『まあ、チートなんだけど。最近多くて困るのよ、お金だけもらって逃げようとするやつが』
『なるほど』
確かにこいつのことだ、金だけもらって逃げかねない。しばらく無言のまま突っ立っていたメリッサが口を開いた。どうやら入金の確認をしていたらしい。
『確かに五万入ってる。いいでしょう、話してあげる』
『逃げるんじゃないぞ』
『わかってるよ』
釘を刺す俺を睨んで――実際にメリッサの目はつり気味で、何をしてなくても睨まれている気分になる――、メリッサは口を開いた。
『アタシは、アリスタイオスに蜂蜜を売ったの』
なんだ、それだけなのか。落胆を胸に私は言葉を返す。
『ああ、だからメリッサなんだろ』
『なんだ、知ってたの?』
『なんとなく予測は付いていた。だが、なぜアリスタイオスが蜂蜜をわざわざお前から買ったのかの理由がわからない。それに、なぜそんなにそのことを隠すのかを』
『……蜂蜜って言って何を思い浮かべる?』
メリッサから問いかけられ、私の頭に真っ先に壺いっぱいの蜂蜜を抱きかかえる黄熊の姿が浮かんで、慌てて振り払う。
『ええと……甘くてべたべたしてる』
『そうねえ、美容とか健康にいいイメージがあるけれど』
貧相な私の想像に対し、エコーが補足をしてくれた。
『それ。健康食品なの、蜂蜜は。それこそ、このゲームのベースにもなったギリシャ神話でも良く出てくるでしょ』
『アリスタイオスも、ギリシャ神話上では蜂蜜の神だったな』
感心しているのか、それとも馬鹿にしているのか。その真意は分からなかったが、エコーが呟いた。
『あら、よく調べてるのね』
『アリスタイオスは美容に興味があったのか?』
蜂蜜男はオカマだったのだろうか。笹塚課長の想像が当たったとでも?
『いや、詳しくは知らないけど、なんか病気だったらしいよ』
『病気?』
『何の病気かは知らない。けど、確かにやつれてて顔色も悪かった。で、それに効くかもしれないからって』
蜂蜜に病気を治すほどの効能があるのだろうか。私にはにわかに信じられなかった。
『そんなこと言って、お前が怪しいセールスでも掛けたんじゃないのか?』
『万病に効くって?まさか。そういうわけじゃないの、たまたまキャラの名前の話になって。アタシは養蜂家だったからメリッサにしたんだ』
『養蜂家……だった?』
『そ。もともと親が農家だったんだけど、もう歳でやめちゃって。でも農家なんて儲からないし、けど土地だけはやたらあるからさ、健康ブームにあやかって、蜂蜜やらプロポリスやらローヤルゼリーやら、そういうのを売ったほうが儲かるかなって始めたんだけど』
『もしかして金が要るってのは』
『それがぜんぜんうまく行かなくてさぁ』
『けどそれだけなら、別にそんな隠す必要なんてないじゃない』
わからない、といった顔でエコーが口を挟んだ。
『それが……』
いままでペラペラと喋っていたメリッサの口が重くなる。
『アタシの蜂蜜を食べて、気持ち悪くなったって』
『誰が?』
『アタシの蜂蜜を買って行った客たちだよ』
『もしかして、アリスタイオスも?』
『そうよ』
『それで、そのことに腹を立てて、彼を殺したのか?』
『まさか。……いや、さすがに死ぬまではないと思うんだけど……』
だが言い返すメリッサの言葉は弱々しい。
『ただ、気になって調べたの。そしたらマジで蜂蜜に有害物質があるとか言われてさ』
『有害毒素?』
『グラヤノトキシンとかいうやつ。ツツジの一種に含まれてるらしいんだけど、どうにもその良くないツツジがうちの近くに生えてたみたいで』
『グラヤノトキシンだと?』
グラヤノトキシン。聞き覚えがある。先生が言っていたではないか。蜂蜜男から、一部のツツジに含まれる、グラヤノトキシンが見つかったと。
『その毒が、アリスタイオスを死に至らしめたのか』
『そんなことはない、と思う……』
こんな偶然、あり得るはずがない。では、やはりあの男は、本当にアリスタイオスその人だったのだ。私はショックを隠し切れなかった。
『そうか……わかった、ありがとう』
『ねえ、信じてよ。アタシだってそんなつもりで売ったんじゃないんだから。でもそれ以来エアリスタイオスが全然姿を現さないし……不安で』
『大丈夫だ、蜂蜜は直接の死因じゃない、多分な』
『死因って。……まさか本当に、アリスタイオスは死んだの?』
そう問われて、私はどこまで話すべきか悩んだ。蜂蜜男の直接の死因は蜂蜜とは限らない。濃厚なのは肋骨に残された刃物の跡だ。だが、それによって遺体は獣にかじられ荒らされた。その原因を作ったコイツにも、彼を死に至らしめた責任はあるのではないか。
『ああ、殺されたんだ。誰かに』
『殺された?』エコーが眉をひそめた。
『あ、アタシじゃないからね!アタシの蜂蜜が原因じゃないんでしょ』
『けれど、蜜の毒で苦しめられたのは確かだろう』
『だからそんなつもりじゃなかったって言ってるでしょ』
メリッサがひどく錯乱したように喚く。そして、その姿が突然消えた。
『おい!?』
『あら、逃げられちゃったみたい』
『結界を張ったんじゃなかったのか?』
『タイムアウトね』
やれやれと言ったように、エコーが肩をすくめた。『セキュリティの穴をついて無理やり固定したチート技だから、不安定なのよ』
『だが、おかげで助かった。あとは、アリスタイオスの身元を調べられればいいんだが……』
そう思考の海に泳ぎ出そうとしたところで、私はふと気が付いた。
『立て替えてもらった金だが』
ネット口座とやらを開くまで待っていてもらえないか。なんなら連絡先を、と続けようとしたところで、私の言葉は遮られる。
『構わないわ、五万くらい。レアアイテムを流してくれれば充分よ』
そう言い残して、エコーは姿を消してしまった。私としては下手に恩を着せられるのも、あとで何をされるのかわかったものじゃなくて恐ろしいのではあるが。
だがしかし、なぜ彼女はここまで協力的なのだろう。
冷え切った部屋の中で、私は不思議に思う。もしかしたら、だが。
エコーも、この事件の関係者なのではないか。
ハマった、わけではないと思う。ただ何とはなしに習慣になってしまったというか、暇を持て余しているというか、ごく自然に私の指はEoBのアプリを立ち上げていた。
『連続ログインボーナス!』
開くと同時に、夏休みのラジオ体操のスタンプカードのようにポンとハンコが押されて、消費アイテム――例えば体力を回復するキノコやジュースだ――が配られる。
まんまと釣られているわけではない、と思う。私の目的は、事件解決の糸口をこの世界に見出すことだ。もはやルーティーン化しているレアアイテムの回収と、日々のストレスの吐口となっているモンスター討伐。けれど探し人にはそううまく巡り合えるはずもなく、さてもう寝ようかというところで声を掛けられた。
『あら、こんな時間まで起きてるの?』
この、妙に色気のある声は聞き覚えがある。峰不二子のような声。エコーだ。
いや、正確に言うと声ではない。無数にいるプレイヤーのキャラにいちいち音声など付けていたら処理が大変だ。あくまでも無機質な吹き出しに文字列が羅列するだけだが、私の頭の中で彼女の声はそのように再生されている。それは、彼女のキャラのせいかもしれないが。
『また何か奪いに来たのか?』
彼女と会って私はロクな目に遭っていない。苦心して得たアイテムをPKされて奪われたり、敵キャラの標的にされたりと散々だ。
私がルパンならそれでもめげずに美女にアタックしているところだろうが、所詮ここはゲームの世界。ゲーム内のキャラ通りに本人が美人なはずがない。
というより、まるで男が理想とするような美女過ぎて、却って冷めてしまう。本当に中身は女なんだろうか。
『今日はパス。前にも放出されてたアイテムなんて、ぜんぜんレアじゃない。新規プレイヤーを釣る為に、使いまわしのアイテム出すなんて運営もいよいよだわ』
そうなのか。ゲームを初めて一カ月程度の私は貴重なものを入手したと思っていたが、さすが年季の入ったプレイヤーは違うらしい。
『そんな前からこのゲームをやっているのか?』
『まあね』
どうやら今日の彼女は特に私に用はないらしい。こちらだって狩られるのを期待しているわけではないが、なんだか拍子抜けしてしまった。
『それじゃあ、俺はもうログアウトするから』
明日が休みとはいえ、気付けば時刻は深夜の一時を過ぎている。慣れない夜更かしなどして、月曜寝坊するのはごめんだ。
『あら、ちょうどこれからあなたのお探しの人と会うんだけど』
『探し人が多すぎて誰だかわからない。エーオースか?アリスタイオスか?』
『もうメリッサのことは探していないの?』
『メリッサが来るのか?』
一番に疑っている人物の名を聞き、私は思わず身を起こした。
『そうよ。私のお客さんが欲しいアイテムを持ってるっていうから、買い取りに来たの』
『本当に買い取るのか?どうせPKするんだろ』
『あれでもメリッサは強いのよ、下手にこっちがやられたら大損だもの』
『俺も同席して構わないか?』
エーオースとアリスタイオスが捕まれば話が早いが、依然その二人は雲隠れしたままだ。残された手がかりは、エーオースと〈商談〉したというメリッサのみ。この願ってもない偶然に、私の目が冴えてきた。
『どうぞ』
『でも、また逃げられたら』
『とりあえず、商談の間は逃げないと思うわよ。その後は、どうだか知らないけど』
となると、どう話を持って行けばいいのだろう。本職の刑事張りに私は考える。力では向こうが上だ。そして、最強の逃げ道、ログアウトという手が向こうにはある。現実のように走って追いかけることも出来ない。なんと不利な聞き込みだろう。
『もうそろそろ来るわよ』
動きを止めたイーグルに、エコーが声を掛ける。その時だった。まばゆい光と共に、非現実的な髪色の少女が現れた。
『やっほーエコー。アイテム持ってきたからお金ちょうだい』
何とも直球なセリフだ。彼女が金に困っているのは本当らしい。
『げ、なんであんたがここにいるのよ』
上機嫌で現れたメリッサだったが、エコーの後ろにいた私に気付くや否や、露骨に遠くに飛びずさる。
『そんなに嫌がらなくてもいいじゃないか』
あまりにあからさまな態度に、画面越しに私は思わず舌打ちをした。あんまり、私がコイツのことを疑っていることは表に出さないほうが賢明だろう。
『俺はただ、現実世界でのアリスタイオスを探しているだけなんだ。その為に、実際会ったことのあるあなたに聞きたいことがたくさんある』
『知らないよ、そんなの。それよりアタシはエコーに用があるの。てかエコーあんた、なに部外者まで呼んでんのよ』
メリッサの怒りはエコーまで飛び火したようだが、彼女は至って冷静なものだ。
『別に呼んだわけじゃない。たまたま待ち合わせ場所に彼が居たのよ』
『ふうん、たまたま、ねぇ』
『それは本当だ、本当に、たまたま』
そうでなければおかしい。まさかエコーが、私がゲームにログインするタイミングを計り知ることなど出来ないはずだ。私が現実世界で、ついさっきまで人と一緒に過ごしていて、その後の物寂しさからログインするだなんて知りようがない。
『まあ、とにかくアタシはお金さえもらえればいいの。ちゃんと持ってきたわよ、アウロラの光輪。高値で買い取ってくれるんでしょ』
『ええ、事前登録したプレイヤーにのみ配れたアイテムでしょう?クライアントはそれに間に合わなかったらしくて、とにかくそれが欲しいんですって。でもそんな大切なもの、手放していいの?』
話を聞く限りでは、メリッサはゲーム内ではとても貴重なものを手放そうとしているらしい。そこまでして、なぜ金が必要なのだろう。私は口を挟んだ。
『メリッサ、何だってお前、そんなに金が要るんだ?』
『うるさいな、お金は誰だって必要でしょ』
『それはそうだが……』エコー曰く、事業に失敗したんだったか。
『そんなにメリッサの話が聞きたいなら、お金を出してあげれば?』
不毛なやり取りに見かねたのか、エコーが声を挟む。
『金?私が?』
『知ってる?情報って、タダじゃないのよ?』
確かに私も大して内容のない情報に対して、多大な犠牲をエコーに強いられた経験がある。しかし、なぜ私がそこまでしなければならないのか。だがその提案に、メリッサは乗り気なようだった。
『そうだな、十万円。それでどう?』
『十万?ふざけるな』
薄給の公務員に対して、なんていう仕打ちだろう。
『ふざけてなんかないよぉ。こちとら、一世一代の大告白をしてやろうって言うんだから』
『おい待て、俺はエーオースの行方を探しているだけなんだ、それがなんでお前の一世一代の大告白になるんだ』
そこまで言って、はたと私は呟いた。
『やっぱり……お前が殺したのか?』
『殺した?』
不穏な発言に、エコーが眉をひそめる。
『はあ?言いがかりはやめてもらえる?それになんで、アリスタイオス……しかも現実世界の彼を、アタシが殺しただなんて言うのよ』
言葉遣いが荒くなっている。もはや仮想世界の姿を脱ぎ捨てて、メリッサがわめく。その姿が却って私には怪しく思えた。
『わかった、金なら出そう』
私は腹をくくった。だがしかし、殺人などという重大な罪の告白を、十万程度でするのだろうか。不安になった。私だったらしないだろう。
『ふん、なら商談成立ね。まずはそっちが先に、指定の口座に金を振り込んでちょうだい』
『指定の口座?けど、今は銀行は閉まってるだろ』
『オンラインで出来るでしょ』
そんなこと言われても、そんなものは持っていない。
『仕方ないわね、とりあえず私が立て替えてあげる』
救いの声をさしのべてくれたのはエコーだった。
『とりあえず半分の五万円。あとは、情報の内容によるわ』
『まあ、とりあえずはそれでいいよ』
『すまない』
『私もエーオースの行方は気になるもの。もしあのアカウントが宙に浮いたままなら、レアアイテムをなんとかして回収しようっと』
なるほど、それが狙いか。呆れる私に構わず、エコーが杖を一振りするしぐさをする。
『それと、ガセネタだけ伝えて逃げないように結界を張ったから安心して』
『結界?』
『まあ、チートなんだけど。最近多くて困るのよ、お金だけもらって逃げようとするやつが』
『なるほど』
確かにこいつのことだ、金だけもらって逃げかねない。しばらく無言のまま突っ立っていたメリッサが口を開いた。どうやら入金の確認をしていたらしい。
『確かに五万入ってる。いいでしょう、話してあげる』
『逃げるんじゃないぞ』
『わかってるよ』
釘を刺す俺を睨んで――実際にメリッサの目はつり気味で、何をしてなくても睨まれている気分になる――、メリッサは口を開いた。
『アタシは、アリスタイオスに蜂蜜を売ったの』
なんだ、それだけなのか。落胆を胸に私は言葉を返す。
『ああ、だからメリッサなんだろ』
『なんだ、知ってたの?』
『なんとなく予測は付いていた。だが、なぜアリスタイオスが蜂蜜をわざわざお前から買ったのかの理由がわからない。それに、なぜそんなにそのことを隠すのかを』
『……蜂蜜って言って何を思い浮かべる?』
メリッサから問いかけられ、私の頭に真っ先に壺いっぱいの蜂蜜を抱きかかえる黄熊の姿が浮かんで、慌てて振り払う。
『ええと……甘くてべたべたしてる』
『そうねえ、美容とか健康にいいイメージがあるけれど』
貧相な私の想像に対し、エコーが補足をしてくれた。
『それ。健康食品なの、蜂蜜は。それこそ、このゲームのベースにもなったギリシャ神話でも良く出てくるでしょ』
『アリスタイオスも、ギリシャ神話上では蜂蜜の神だったな』
感心しているのか、それとも馬鹿にしているのか。その真意は分からなかったが、エコーが呟いた。
『あら、よく調べてるのね』
『アリスタイオスは美容に興味があったのか?』
蜂蜜男はオカマだったのだろうか。笹塚課長の想像が当たったとでも?
『いや、詳しくは知らないけど、なんか病気だったらしいよ』
『病気?』
『何の病気かは知らない。けど、確かにやつれてて顔色も悪かった。で、それに効くかもしれないからって』
蜂蜜に病気を治すほどの効能があるのだろうか。私にはにわかに信じられなかった。
『そんなこと言って、お前が怪しいセールスでも掛けたんじゃないのか?』
『万病に効くって?まさか。そういうわけじゃないの、たまたまキャラの名前の話になって。アタシは養蜂家だったからメリッサにしたんだ』
『養蜂家……だった?』
『そ。もともと親が農家だったんだけど、もう歳でやめちゃって。でも農家なんて儲からないし、けど土地だけはやたらあるからさ、健康ブームにあやかって、蜂蜜やらプロポリスやらローヤルゼリーやら、そういうのを売ったほうが儲かるかなって始めたんだけど』
『もしかして金が要るってのは』
『それがぜんぜんうまく行かなくてさぁ』
『けどそれだけなら、別にそんな隠す必要なんてないじゃない』
わからない、といった顔でエコーが口を挟んだ。
『それが……』
いままでペラペラと喋っていたメリッサの口が重くなる。
『アタシの蜂蜜を食べて、気持ち悪くなったって』
『誰が?』
『アタシの蜂蜜を買って行った客たちだよ』
『もしかして、アリスタイオスも?』
『そうよ』
『それで、そのことに腹を立てて、彼を殺したのか?』
『まさか。……いや、さすがに死ぬまではないと思うんだけど……』
だが言い返すメリッサの言葉は弱々しい。
『ただ、気になって調べたの。そしたらマジで蜂蜜に有害物質があるとか言われてさ』
『有害毒素?』
『グラヤノトキシンとかいうやつ。ツツジの一種に含まれてるらしいんだけど、どうにもその良くないツツジがうちの近くに生えてたみたいで』
『グラヤノトキシンだと?』
グラヤノトキシン。聞き覚えがある。先生が言っていたではないか。蜂蜜男から、一部のツツジに含まれる、グラヤノトキシンが見つかったと。
『その毒が、アリスタイオスを死に至らしめたのか』
『そんなことはない、と思う……』
こんな偶然、あり得るはずがない。では、やはりあの男は、本当にアリスタイオスその人だったのだ。私はショックを隠し切れなかった。
『そうか……わかった、ありがとう』
『ねえ、信じてよ。アタシだってそんなつもりで売ったんじゃないんだから。でもそれ以来エアリスタイオスが全然姿を現さないし……不安で』
『大丈夫だ、蜂蜜は直接の死因じゃない、多分な』
『死因って。……まさか本当に、アリスタイオスは死んだの?』
そう問われて、私はどこまで話すべきか悩んだ。蜂蜜男の直接の死因は蜂蜜とは限らない。濃厚なのは肋骨に残された刃物の跡だ。だが、それによって遺体は獣にかじられ荒らされた。その原因を作ったコイツにも、彼を死に至らしめた責任はあるのではないか。
『ああ、殺されたんだ。誰かに』
『殺された?』エコーが眉をひそめた。
『あ、アタシじゃないからね!アタシの蜂蜜が原因じゃないんでしょ』
『けれど、蜜の毒で苦しめられたのは確かだろう』
『だからそんなつもりじゃなかったって言ってるでしょ』
メリッサがひどく錯乱したように喚く。そして、その姿が突然消えた。
『おい!?』
『あら、逃げられちゃったみたい』
『結界を張ったんじゃなかったのか?』
『タイムアウトね』
やれやれと言ったように、エコーが肩をすくめた。『セキュリティの穴をついて無理やり固定したチート技だから、不安定なのよ』
『だが、おかげで助かった。あとは、アリスタイオスの身元を調べられればいいんだが……』
そう思考の海に泳ぎ出そうとしたところで、私はふと気が付いた。
『立て替えてもらった金だが』
ネット口座とやらを開くまで待っていてもらえないか。なんなら連絡先を、と続けようとしたところで、私の言葉は遮られる。
『構わないわ、五万くらい。レアアイテムを流してくれれば充分よ』
そう言い残して、エコーは姿を消してしまった。私としては下手に恩を着せられるのも、あとで何をされるのかわかったものじゃなくて恐ろしいのではあるが。
だがしかし、なぜ彼女はここまで協力的なのだろう。
冷え切った部屋の中で、私は不思議に思う。もしかしたら、だが。
エコーも、この事件の関係者なのではないか。
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死体に呼応するかのように東京、神奈川、埼玉、千葉の民家からは男女二人の異様なバラバラ死体が次々と発見されていく。
2014年1月。
とある新興宗教団体にまつわる、一都三県に跨がった恐るべき事件の顛末を描く『怠惰な死体』。
難解にしてマニアック。名状しがたい悪夢のような複雑怪奇な事件の謎に、個性豊かな三人の男女が挑む『隅の麗人』シリーズ第1段!
カバーイラスト 歩いちご
※『隅の麗人』をエピソード毎に分割した作品です。
呪鬼 花月風水~月の陽~
暁の空
ミステリー
捜査一課の刑事、望月 千桜《もちづき ちはる》は雨の中、誰かを追いかけていた。誰かを追いかけているのかも思い出せない⋯。路地に追い詰めたそいつの頭には・・・角があった?!
捜査一課のチャラい刑事と、巫女の姿をした探偵の摩訶不思議なこの世界の「陰《やみ》」の物語。
夜の動物園の異変 ~見えない来園者~
メイナ
ミステリー
夜の動物園で起こる不可解な事件。
飼育員・えまは「動物の声を聞く力」を持っていた。
ある夜、動物たちが一斉に怯え、こう囁いた——
「そこに、"何か"がいる……。」
科学者・水原透子と共に、"見えざる来園者"の正体を探る。
これは幽霊なのか、それとも——?
ARIA(アリア)
残念パパいのっち
ミステリー
山内亮(やまうちとおる)は内見に出かけたアパートでAR越しに不思議な少女、西園寺雫(さいおんじしずく)と出会う。彼女は自分がAIでこのアパートに閉じ込められていると言うが……
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