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Era of Bronze
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結局その日は待てど暮らせど木村馨からの返信はなく、私は家に着くや否や、日課の水やりもせずにEoBの世界へとログインした。
だが、心当たりの場所に行っても、知らないプレイヤーばかりだ。チャットを開いても、エーオースの名はない
木村馨はすでに死んでいて、私が会っていた人物はその亡霊なのか。あるいは、彼女に成りすました別人?
他に手がかりもなく、けれど読みかけの小説の続きを追う気も起きず、私は手持ち無沙汰に画面の中のイーグルを操作する。とはいえ、目当ての人物が見つからなかった以上、このゲーム内ですることはただ一つ。
明日が休みなのをいいことに、私はイーグルを走らせる。目的は、伝説の武器とやらを探すこと。
アテネの国には、イージスと言う最強の防具が隠されている。それを見つけたものが、この国を統べる王となる、らしい。アリスタイオスもエーオースも、メリッサさえもが探していたもの。
仕方なしに、私は画面端の広告をクリックする。「伝説の武器がアテネに出現中」課金をすれば、それを見つけるのに有利なサービスを受けられるのだ。
レベルの低い初心者の私がこの世界に追い付くには、時間が足りない。時間を補うもの、それは架空世界でも現実世界でも変わらない。金だ。
渋々クレジット情報を登録して、そこそこ高いセットパックを購入した。その情報が示すままにフィールドを進むと、同じく課金勢なのだろう、魔法使いやら剣士やら、なにやらごちゃごちゃとした姿のプレイヤーらがたむろしている。このなかにメリッサやエーオースがいないか見回してみたものの、アバターが多すぎてよくわからない。
そしてその先には、見たこともないような、大きな巨人が猛威を振るっている。ギガースという、これもギリシャ神話由来の怪物らしい。
画面の中のイーグルは必死だ。レベルの低さをアイテムで補って、巨人に一撃を喰らわせる。直後、巨人側からの攻撃。大きく腕を振り上げて、地面を叩く。振動と共に衝撃波がプレイヤーを襲う。
慌てて巨人から離れるイーグルだが、すぐそばにいた魔法使いがそれを喰らって光の粒子となっていく。一撃で死んでしまったのだ。だが彼が死ななければ、死んでいたのはイーグルだ。
秘宝を守る怪物になるべくたくさんのダメージを与え、かつ怪物より先に自分が死ななければ、宝を手にするチャンスが与えられる。これがこのゲームの仕組みだ。イージス級の伝説の武器はそうそう出てこないけど、と前にメリッサが言っていたのを思い出す。
そしてそれらの、そこそこすごい武器たちは、ひとつとは限らない。これだけの人数が一斉にプレイしているのだ、武器のランクによって、百人、二百人と入手できる人数が変わっていく。なるべく攻撃を与え、かつ生き残った者たちのうち、運営が行う抽選によってアイテムを入手できるかもしれない、というわけだ。
怪物がゆっくりと崩れ落ちる。どうやら誰かがトドメをさしてくれたらしい。そして、光の玉のようなものが放物線を描いて、人々の元に落ちてくる。全部で10個ほどだろうか。そのうちの一つが私の元にも落ちてきた。
「これは」
慌ててメニューを開くと、所持品一覧に新たなものが加わっているのを確認した。
なんだかな。私はいまいち納得がいかない。ルール道理に処理されているならば、イーグルが与えた攻撃など微々たるものにしかならない。だというのに。
「これが金をかけた甲斐、ってやつなのか」
画面に目を戻せば、再び巨人が立ち上がろうとしていた。武器放出時間と言うのが決められていて、その間何度も番人は立ち上がる。しかしその中で何人かのプレイヤーが、なにやら不穏な雰囲気を纏い私を見ているのに気が付いた。以前見た、裏切りのエーオースの姿にそっくりだった。
「しまった」
舌打ちが出た。そういうゲームなんだ、ここは。エーオースの言葉を思い出す。PK。私を殺して、このレアアイテムを奪うつもりか。ああ、なんて野蛮なゲームなのだろう。金と力がすべての世界だなんて。まるで現実世界そのものじゃないか。にじり寄る彼らに、せめてもの威嚇と剣を向けたところで、辺りにまばゆい光が立ち込めた。
『なんだ?』
『逃げる気か』
追剥らの声が小さくなっていく。画面がホワイトアウトして、次に映ったのは清流のほとりだった。
『あら、どうも。急にごめんなさい』
目を疑うイーグルに、線の細い女が話しかけてきた。
『いくらこのゲームがそういうシステムだからって、なんでも力づくってのは美しくない。そうでしょう?』
どうやらこの女が、私をあの場から逃がしてくれたらしい。
銀色の腰まで届く髪から覗く、尖った耳。よくRPGで見るエルフ、というやつだ。そいつが、妙に馴れ馴れしく私に近づいてくる。
『取引はスムーズに、かつ頭を使わないと』
『助けてくれたところ申し訳ないですが、私に何か用ですか?』
そう返しつつも、私には思い当たる節など一つしかなかった。
『あなたの手に入れた〈アイドス・キュエネー〉を譲ってほしいのよ』
『なるほど』
やはりこいつもアイテム狙いだったか。しかし、データ上にしか存在しないものに、そこまで必死になる彼らの心理がわからなかった。
『もちろん、タダとは言わないわ。一万円でどう?』
急にゲーム内とは違う通貨を持ち出され、私は困惑する。どういうことだ?
『なかなかプレイ時間も確保できない、けれどお金はある人に代わって、レアアイテムを回収して販売するのが私の仕事なの。あら、申し遅れましたわね。私は〈エコー〉』
そう言って、銀髪をふわりと揺らして、女が優雅におじぎした。現実離れしたきれいな顔だ。そいつは確かにこう言った。商談。
もしや、メリッサがアリスタイオスと行っていた商談というのも、こう言う事なのか?
『いや、金は要らない。それより欲しい情報があるんだが』
『あら、それだけでいいならこちらもありがたいわ。何の情報が欲しいの?』
得意げにうなずく姿から見るに、彼女はこの世界にも詳しいようだ。その姿に一筋の光を見た気がして、私は彼女に問うた。
『エーオースかアリスタイオスを知らないか?』
『……ああ、アテネのナンバー1・2ね。あなたもあの二人を探してるの?』
どうやら二人の失踪は、この世界の大きなニュースになっているらしい。
『申し訳ないけど、その二人については私も知らないわ。だってあの二人が、お金の為にレアアイテムを売るなんてありえないんだもの』
商談相手にもならないわ、とエコーが肩をすくめるしぐさをした。
『じゃあ、メリッサは?あなたの仲間じゃないのか?』
『仲間?』
『メリッサはアリスタイオスと現実世界で商談した、と言っていた。商談とは、こういうことなんだろう?』
『それはどうかしら。でも……そうね、思い出したわ。メリッサって、ピンクの髪の女の子でしょう?』
『そうだ』
実際に操作しているのは女の子、ではなさそうだったが。
『彼女とはこないだ仕事させてもらったわ。でも、向こうが入手したレアアイテムを私が買い取っただけ。普通やり取りはオンラインで済ませるから、実際会うなんてことないはずよ。現に私だって顧客の顔も知らないもの。知っているのはゲーム内のアバターの姿だけ』
そんなものなのか。私は落胆した。いよいよもって、手がかりを失ってしまった。
『でも、そうねえ。メリッサはお金に困っていたみたい』
『ゲーム内じゃなく、現実で?』
『ゲーム内じゃ大金持ちなのにってぼやいてたわ。レアアイテムを私に売ってくれたのも、現金が欲しかったみたいよ』
『メリッサは、金に困っていた……』
『なんでも、事業に失敗したとか』
『事業?何のだ?』
『さあ、そこまでは』
彼女は肩をすくめるしぐさをした。『で、どうする?一応私の持ってる情報は開示したけれど。取引に応じてもらえるのかしら』
しかし、得られたのはメリッサが金に困っていたというだけだ。あのゲーム廃人のことだ、課金しすぎて首が回らなくなっただけなんじゃないのか。万年金欠というのは私にも容易に想像がついた。
『それじゃあ、もう一つ。これは確実な情報じゃないから、ヒントだけ』
『ヒント?』
『この世界はギリシャ神話をベースにしている。だからプレイヤーは、それになぞらえた名前を自分に付けることが多い』
『そんなものなのか』
ゲームのキャラクターの名前など、大半の人間は深くは考えずにつけるはずだ。例えば私のように。自分の名をそのまま、あるいは弄ったりだとか、好きな何かの名前にするだとか、そんなところだろう。だが、メリッサの名には何か意味があるのだろうか。
『あとはちょっと調べればわかるわ。あくまでも推測でしかないけど』
ウインクをして、エコーが私に向かって手を伸ばす。
『それじゃあ、商談成立ってことで』
『え、これだけ?金は』
『あら、いらないって言ったじゃない』
伸ばされた手から、光がほとばしる。まばゆい光に貫かれ、私の姿が塵となる。そして、画面が暗転し、見慣れた『GAME OVER』の文字。
「なにが、力づくは美しくない、だ」
ふてくされて、私はスマホを布団の上に放り投げた。結局追剥にPKされたのと同じじゃないか。しかもそうして入手したものを高額で転売するだなんて、犯罪行為そのものだ。今度生活安全課のサイバー班に相談すべきだろう。まあ、ゲームオタク呼ばわりされて、バカにされるのがオチかもしれないが。
だが、エコーの残した言葉が気になるのも事実だった。焼死体で発見された被害者と同じ名前の木村馨。ゲーム内での名前はエーオース。その消えた恋人の名は、アリスタイオス。そしてその二人と関係のありそうなメリッサ。
このことに、何か意味があるのか。
「ギリシャ神話、ねぇ」
そう言えば、学生時代に詳しい先輩がいたな。私は遠い昔のことを思い出した。ギリシャ文学だか哲学なぞという、マニアックな学部を専攻していた、同じサークルの先輩だ。あの人に聞けば早いかもしれない。
寝転がったままポチポチとスマホを弄り、アドレスを探し出す。億劫がって整理していないアドレス帳にその名は残されていて、通話ボタンを押してみたものの流れたのは『現在この番号は使われておりません』の音声のみ。
こういう時、なんだか無性に寂しくなる。向こうはもう、こちらを必要としていないのだ。十年以上かけたことのない番号など、確かに何の価値もないだろうが。
再びスマホを放り投げ、私は眼鏡を外すとそのまま瞼を閉じた。
だが、心当たりの場所に行っても、知らないプレイヤーばかりだ。チャットを開いても、エーオースの名はない
木村馨はすでに死んでいて、私が会っていた人物はその亡霊なのか。あるいは、彼女に成りすました別人?
他に手がかりもなく、けれど読みかけの小説の続きを追う気も起きず、私は手持ち無沙汰に画面の中のイーグルを操作する。とはいえ、目当ての人物が見つからなかった以上、このゲーム内ですることはただ一つ。
明日が休みなのをいいことに、私はイーグルを走らせる。目的は、伝説の武器とやらを探すこと。
アテネの国には、イージスと言う最強の防具が隠されている。それを見つけたものが、この国を統べる王となる、らしい。アリスタイオスもエーオースも、メリッサさえもが探していたもの。
仕方なしに、私は画面端の広告をクリックする。「伝説の武器がアテネに出現中」課金をすれば、それを見つけるのに有利なサービスを受けられるのだ。
レベルの低い初心者の私がこの世界に追い付くには、時間が足りない。時間を補うもの、それは架空世界でも現実世界でも変わらない。金だ。
渋々クレジット情報を登録して、そこそこ高いセットパックを購入した。その情報が示すままにフィールドを進むと、同じく課金勢なのだろう、魔法使いやら剣士やら、なにやらごちゃごちゃとした姿のプレイヤーらがたむろしている。このなかにメリッサやエーオースがいないか見回してみたものの、アバターが多すぎてよくわからない。
そしてその先には、見たこともないような、大きな巨人が猛威を振るっている。ギガースという、これもギリシャ神話由来の怪物らしい。
画面の中のイーグルは必死だ。レベルの低さをアイテムで補って、巨人に一撃を喰らわせる。直後、巨人側からの攻撃。大きく腕を振り上げて、地面を叩く。振動と共に衝撃波がプレイヤーを襲う。
慌てて巨人から離れるイーグルだが、すぐそばにいた魔法使いがそれを喰らって光の粒子となっていく。一撃で死んでしまったのだ。だが彼が死ななければ、死んでいたのはイーグルだ。
秘宝を守る怪物になるべくたくさんのダメージを与え、かつ怪物より先に自分が死ななければ、宝を手にするチャンスが与えられる。これがこのゲームの仕組みだ。イージス級の伝説の武器はそうそう出てこないけど、と前にメリッサが言っていたのを思い出す。
そしてそれらの、そこそこすごい武器たちは、ひとつとは限らない。これだけの人数が一斉にプレイしているのだ、武器のランクによって、百人、二百人と入手できる人数が変わっていく。なるべく攻撃を与え、かつ生き残った者たちのうち、運営が行う抽選によってアイテムを入手できるかもしれない、というわけだ。
怪物がゆっくりと崩れ落ちる。どうやら誰かがトドメをさしてくれたらしい。そして、光の玉のようなものが放物線を描いて、人々の元に落ちてくる。全部で10個ほどだろうか。そのうちの一つが私の元にも落ちてきた。
「これは」
慌ててメニューを開くと、所持品一覧に新たなものが加わっているのを確認した。
なんだかな。私はいまいち納得がいかない。ルール道理に処理されているならば、イーグルが与えた攻撃など微々たるものにしかならない。だというのに。
「これが金をかけた甲斐、ってやつなのか」
画面に目を戻せば、再び巨人が立ち上がろうとしていた。武器放出時間と言うのが決められていて、その間何度も番人は立ち上がる。しかしその中で何人かのプレイヤーが、なにやら不穏な雰囲気を纏い私を見ているのに気が付いた。以前見た、裏切りのエーオースの姿にそっくりだった。
「しまった」
舌打ちが出た。そういうゲームなんだ、ここは。エーオースの言葉を思い出す。PK。私を殺して、このレアアイテムを奪うつもりか。ああ、なんて野蛮なゲームなのだろう。金と力がすべての世界だなんて。まるで現実世界そのものじゃないか。にじり寄る彼らに、せめてもの威嚇と剣を向けたところで、辺りにまばゆい光が立ち込めた。
『なんだ?』
『逃げる気か』
追剥らの声が小さくなっていく。画面がホワイトアウトして、次に映ったのは清流のほとりだった。
『あら、どうも。急にごめんなさい』
目を疑うイーグルに、線の細い女が話しかけてきた。
『いくらこのゲームがそういうシステムだからって、なんでも力づくってのは美しくない。そうでしょう?』
どうやらこの女が、私をあの場から逃がしてくれたらしい。
銀色の腰まで届く髪から覗く、尖った耳。よくRPGで見るエルフ、というやつだ。そいつが、妙に馴れ馴れしく私に近づいてくる。
『取引はスムーズに、かつ頭を使わないと』
『助けてくれたところ申し訳ないですが、私に何か用ですか?』
そう返しつつも、私には思い当たる節など一つしかなかった。
『あなたの手に入れた〈アイドス・キュエネー〉を譲ってほしいのよ』
『なるほど』
やはりこいつもアイテム狙いだったか。しかし、データ上にしか存在しないものに、そこまで必死になる彼らの心理がわからなかった。
『もちろん、タダとは言わないわ。一万円でどう?』
急にゲーム内とは違う通貨を持ち出され、私は困惑する。どういうことだ?
『なかなかプレイ時間も確保できない、けれどお金はある人に代わって、レアアイテムを回収して販売するのが私の仕事なの。あら、申し遅れましたわね。私は〈エコー〉』
そう言って、銀髪をふわりと揺らして、女が優雅におじぎした。現実離れしたきれいな顔だ。そいつは確かにこう言った。商談。
もしや、メリッサがアリスタイオスと行っていた商談というのも、こう言う事なのか?
『いや、金は要らない。それより欲しい情報があるんだが』
『あら、それだけでいいならこちらもありがたいわ。何の情報が欲しいの?』
得意げにうなずく姿から見るに、彼女はこの世界にも詳しいようだ。その姿に一筋の光を見た気がして、私は彼女に問うた。
『エーオースかアリスタイオスを知らないか?』
『……ああ、アテネのナンバー1・2ね。あなたもあの二人を探してるの?』
どうやら二人の失踪は、この世界の大きなニュースになっているらしい。
『申し訳ないけど、その二人については私も知らないわ。だってあの二人が、お金の為にレアアイテムを売るなんてありえないんだもの』
商談相手にもならないわ、とエコーが肩をすくめるしぐさをした。
『じゃあ、メリッサは?あなたの仲間じゃないのか?』
『仲間?』
『メリッサはアリスタイオスと現実世界で商談した、と言っていた。商談とは、こういうことなんだろう?』
『それはどうかしら。でも……そうね、思い出したわ。メリッサって、ピンクの髪の女の子でしょう?』
『そうだ』
実際に操作しているのは女の子、ではなさそうだったが。
『彼女とはこないだ仕事させてもらったわ。でも、向こうが入手したレアアイテムを私が買い取っただけ。普通やり取りはオンラインで済ませるから、実際会うなんてことないはずよ。現に私だって顧客の顔も知らないもの。知っているのはゲーム内のアバターの姿だけ』
そんなものなのか。私は落胆した。いよいよもって、手がかりを失ってしまった。
『でも、そうねえ。メリッサはお金に困っていたみたい』
『ゲーム内じゃなく、現実で?』
『ゲーム内じゃ大金持ちなのにってぼやいてたわ。レアアイテムを私に売ってくれたのも、現金が欲しかったみたいよ』
『メリッサは、金に困っていた……』
『なんでも、事業に失敗したとか』
『事業?何のだ?』
『さあ、そこまでは』
彼女は肩をすくめるしぐさをした。『で、どうする?一応私の持ってる情報は開示したけれど。取引に応じてもらえるのかしら』
しかし、得られたのはメリッサが金に困っていたというだけだ。あのゲーム廃人のことだ、課金しすぎて首が回らなくなっただけなんじゃないのか。万年金欠というのは私にも容易に想像がついた。
『それじゃあ、もう一つ。これは確実な情報じゃないから、ヒントだけ』
『ヒント?』
『この世界はギリシャ神話をベースにしている。だからプレイヤーは、それになぞらえた名前を自分に付けることが多い』
『そんなものなのか』
ゲームのキャラクターの名前など、大半の人間は深くは考えずにつけるはずだ。例えば私のように。自分の名をそのまま、あるいは弄ったりだとか、好きな何かの名前にするだとか、そんなところだろう。だが、メリッサの名には何か意味があるのだろうか。
『あとはちょっと調べればわかるわ。あくまでも推測でしかないけど』
ウインクをして、エコーが私に向かって手を伸ばす。
『それじゃあ、商談成立ってことで』
『え、これだけ?金は』
『あら、いらないって言ったじゃない』
伸ばされた手から、光がほとばしる。まばゆい光に貫かれ、私の姿が塵となる。そして、画面が暗転し、見慣れた『GAME OVER』の文字。
「なにが、力づくは美しくない、だ」
ふてくされて、私はスマホを布団の上に放り投げた。結局追剥にPKされたのと同じじゃないか。しかもそうして入手したものを高額で転売するだなんて、犯罪行為そのものだ。今度生活安全課のサイバー班に相談すべきだろう。まあ、ゲームオタク呼ばわりされて、バカにされるのがオチかもしれないが。
だが、エコーの残した言葉が気になるのも事実だった。焼死体で発見された被害者と同じ名前の木村馨。ゲーム内での名前はエーオース。その消えた恋人の名は、アリスタイオス。そしてその二人と関係のありそうなメリッサ。
このことに、何か意味があるのか。
「ギリシャ神話、ねぇ」
そう言えば、学生時代に詳しい先輩がいたな。私は遠い昔のことを思い出した。ギリシャ文学だか哲学なぞという、マニアックな学部を専攻していた、同じサークルの先輩だ。あの人に聞けば早いかもしれない。
寝転がったままポチポチとスマホを弄り、アドレスを探し出す。億劫がって整理していないアドレス帳にその名は残されていて、通話ボタンを押してみたものの流れたのは『現在この番号は使われておりません』の音声のみ。
こういう時、なんだか無性に寂しくなる。向こうはもう、こちらを必要としていないのだ。十年以上かけたことのない番号など、確かに何の価値もないだろうが。
再びスマホを放り投げ、私は眼鏡を外すとそのまま瞼を閉じた。
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