悪い冗談

鷲野ユキ

文字の大きさ
上 下
16 / 49

Era of Bronze

しおりを挟む
 結局その日は待てど暮らせど木村馨からの返信はなく、私は家に着くや否や、日課の水やりもせずにEoBの世界へとログインした。

 だが、心当たりの場所に行っても、知らないプレイヤーばかりだ。チャットを開いても、エーオースの名はない
 木村馨はすでに死んでいて、私が会っていた人物はその亡霊なのか。あるいは、彼女に成りすました別人?

 他に手がかりもなく、けれど読みかけの小説の続きを追う気も起きず、私は手持ち無沙汰に画面の中のイーグルを操作する。とはいえ、目当ての人物が見つからなかった以上、このゲーム内ですることはただ一つ。

 明日が休みなのをいいことに、私はイーグルを走らせる。目的は、伝説の武器とやらを探すこと。

 アテネの国には、イージスと言う最強の防具が隠されている。それを見つけたものが、この国を統べる王となる、らしい。アリスタイオスもエーオースも、メリッサさえもが探していたもの。

 仕方なしに、私は画面端の広告をクリックする。「伝説の武器がアテネに出現中」課金をすれば、それを見つけるのに有利なサービスを受けられるのだ。

 レベルの低い初心者の私がこの世界に追い付くには、時間が足りない。時間を補うもの、それは架空世界でも現実世界でも変わらない。金だ。

 渋々クレジット情報を登録して、そこそこ高いセットパックを購入した。その情報が示すままにフィールドを進むと、同じく課金勢なのだろう、魔法使いやら剣士やら、なにやらごちゃごちゃとした姿のプレイヤーらがたむろしている。このなかにメリッサやエーオースがいないか見回してみたものの、アバターが多すぎてよくわからない。

 そしてその先には、見たこともないような、大きな巨人が猛威を振るっている。ギガースという、これもギリシャ神話由来の怪物らしい。

 画面の中のイーグルは必死だ。レベルの低さをアイテムで補って、巨人に一撃を喰らわせる。直後、巨人側からの攻撃。大きく腕を振り上げて、地面を叩く。振動と共に衝撃波がプレイヤーを襲う。

 慌てて巨人から離れるイーグルだが、すぐそばにいた魔法使いがそれを喰らって光の粒子となっていく。一撃で死んでしまったのだ。だが彼が死ななければ、死んでいたのはイーグルだ。

 秘宝を守る怪物になるべくたくさんのダメージを与え、かつ怪物より先に自分が死ななければ、宝を手にするチャンスが与えられる。これがこのゲームの仕組みだ。イージス級の伝説の武器はそうそう出てこないけど、と前にメリッサが言っていたのを思い出す。

 そしてそれらの、そこそこすごい武器たちは、ひとつとは限らない。これだけの人数が一斉にプレイしているのだ、武器のランクによって、百人、二百人と入手できる人数が変わっていく。なるべく攻撃を与え、かつ生き残った者たちのうち、運営が行う抽選によってアイテムを入手できるかもしれない、というわけだ。

 怪物がゆっくりと崩れ落ちる。どうやら誰かがトドメをさしてくれたらしい。そして、光の玉のようなものが放物線を描いて、人々の元に落ちてくる。全部で10個ほどだろうか。そのうちの一つが私の元にも落ちてきた。

「これは」

 慌ててメニューを開くと、所持品一覧に新たなものが加わっているのを確認した。
 なんだかな。私はいまいち納得がいかない。ルール道理に処理されているならば、イーグルが与えた攻撃など微々たるものにしかならない。だというのに。

「これが金をかけた甲斐、ってやつなのか」

 画面に目を戻せば、再び巨人が立ち上がろうとしていた。武器放出時間と言うのが決められていて、その間何度も番人は立ち上がる。しかしその中で何人かのプレイヤーが、なにやら不穏な雰囲気を纏い私を見ているのに気が付いた。以前見た、裏切りのエーオースの姿にそっくりだった。

「しまった」

 舌打ちが出た。そういうゲームなんだ、ここは。エーオースの言葉を思い出す。PK。私を殺して、このレアアイテムを奪うつもりか。ああ、なんて野蛮なゲームなのだろう。金と力がすべての世界だなんて。まるで現実世界そのものじゃないか。にじり寄る彼らに、せめてもの威嚇と剣を向けたところで、辺りにまばゆい光が立ち込めた。

『なんだ?』
『逃げる気か』

 追剥らの声が小さくなっていく。画面がホワイトアウトして、次に映ったのは清流のほとりだった。

『あら、どうも。急にごめんなさい』

 目を疑うイーグルに、線の細い女が話しかけてきた。

『いくらこのゲームがそういうシステムだからって、なんでも力づくってのは美しくない。そうでしょう?』

 どうやらこの女が、私をあの場から逃がしてくれたらしい。
 銀色の腰まで届く髪から覗く、尖った耳。よくRPGで見るエルフ、というやつだ。そいつが、妙に馴れ馴れしく私に近づいてくる。

『取引はスムーズに、かつ頭を使わないと』
『助けてくれたところ申し訳ないですが、私に何か用ですか?』

 そう返しつつも、私には思い当たる節など一つしかなかった。

『あなたの手に入れた〈アイドス・キュエネー〉を譲ってほしいのよ』
『なるほど』

 やはりこいつもアイテム狙いだったか。しかし、データ上にしか存在しないものに、そこまで必死になる彼らの心理がわからなかった。

『もちろん、タダとは言わないわ。一万円でどう?』

 急にゲーム内とは違う通貨を持ち出され、私は困惑する。どういうことだ?

『なかなかプレイ時間も確保できない、けれどお金はある人に代わって、レアアイテムを回収して販売するのが私の仕事なの。あら、申し遅れましたわね。私は〈エコー〉』

 そう言って、銀髪をふわりと揺らして、女が優雅におじぎした。現実離れしたきれいな顔だ。そいつは確かにこう言った。商談。

 もしや、メリッサがアリスタイオスと行っていた商談というのも、こう言う事なのか?

『いや、金は要らない。それより欲しい情報があるんだが』
『あら、それだけでいいならこちらもありがたいわ。何の情報が欲しいの?』

 得意げにうなずく姿から見るに、彼女はこの世界にも詳しいようだ。その姿に一筋の光を見た気がして、私は彼女に問うた。

『エーオースかアリスタイオスを知らないか?』
『……ああ、アテネのナンバー1・2ね。あなたもあの二人を探してるの?』

 どうやら二人の失踪は、この世界の大きなニュースになっているらしい。

『申し訳ないけど、その二人については私も知らないわ。だってあの二人が、お金の為にレアアイテムを売るなんてありえないんだもの』

 商談相手にもならないわ、とエコーが肩をすくめるしぐさをした。

『じゃあ、メリッサは?あなたの仲間じゃないのか?』
『仲間?』
『メリッサはアリスタイオスと現実世界で商談した、と言っていた。商談とは、こういうことなんだろう?』
『それはどうかしら。でも……そうね、思い出したわ。メリッサって、ピンクの髪の女の子でしょう?』
『そうだ』

 実際に操作しているのは女の子、ではなさそうだったが。

『彼女とはこないだ仕事させてもらったわ。でも、向こうが入手したレアアイテムを私が買い取っただけ。普通やり取りはオンラインで済ませるから、実際会うなんてことないはずよ。現に私だって顧客の顔も知らないもの。知っているのはゲーム内のアバターの姿だけ』

 そんなものなのか。私は落胆した。いよいよもって、手がかりを失ってしまった。

『でも、そうねえ。メリッサはお金に困っていたみたい』
『ゲーム内じゃなく、現実で?』
『ゲーム内じゃ大金持ちなのにってぼやいてたわ。レアアイテムを私に売ってくれたのも、現金が欲しかったみたいよ』
『メリッサは、金に困っていた……』
『なんでも、事業に失敗したとか』
『事業?何のだ?』
『さあ、そこまでは』

 彼女は肩をすくめるしぐさをした。『で、どうする?一応私の持ってる情報は開示したけれど。取引に応じてもらえるのかしら』

 しかし、得られたのはメリッサが金に困っていたというだけだ。あのゲーム廃人のことだ、課金しすぎて首が回らなくなっただけなんじゃないのか。万年金欠というのは私にも容易に想像がついた。

『それじゃあ、もう一つ。これは確実な情報じゃないから、ヒントだけ』 
『ヒント?』
『この世界はギリシャ神話をベースにしている。だからプレイヤーは、それになぞらえた名前を自分に付けることが多い』
『そんなものなのか』

 ゲームのキャラクターの名前など、大半の人間は深くは考えずにつけるはずだ。例えば私のように。自分の名をそのまま、あるいは弄ったりだとか、好きな何かの名前にするだとか、そんなところだろう。だが、メリッサの名には何か意味があるのだろうか。

『あとはちょっと調べればわかるわ。あくまでも推測でしかないけど』

 ウインクをして、エコーが私に向かって手を伸ばす。

『それじゃあ、商談成立ってことで』
『え、これだけ?金は』
『あら、いらないって言ったじゃない』

 伸ばされた手から、光がほとばしる。まばゆい光に貫かれ、私の姿が塵となる。そして、画面が暗転し、見慣れた『GAME OVER』の文字。

「なにが、力づくは美しくない、だ」

 ふてくされて、私はスマホを布団の上に放り投げた。結局追剥にPKされたのと同じじゃないか。しかもそうして入手したものを高額で転売するだなんて、犯罪行為そのものだ。今度生活安全課のサイバー班に相談すべきだろう。まあ、ゲームオタク呼ばわりされて、バカにされるのがオチかもしれないが。

 だが、エコーの残した言葉が気になるのも事実だった。焼死体で発見された被害者と同じ名前の木村馨。ゲーム内での名前はエーオース。その消えた恋人の名は、アリスタイオス。そしてその二人と関係のありそうなメリッサ。

 このことに、何か意味があるのか。

「ギリシャ神話、ねぇ」

 そう言えば、学生時代に詳しい先輩がいたな。私は遠い昔のことを思い出した。ギリシャ文学だか哲学なぞという、マニアックな学部を専攻していた、同じサークルの先輩だ。あの人に聞けば早いかもしれない。

 寝転がったままポチポチとスマホを弄り、アドレスを探し出す。億劫がって整理していないアドレス帳にその名は残されていて、通話ボタンを押してみたものの流れたのは『現在この番号は使われておりません』の音声のみ。

 こういう時、なんだか無性に寂しくなる。向こうはもう、こちらを必要としていないのだ。十年以上かけたことのない番号など、確かに何の価値もないだろうが。

 再びスマホを放り投げ、私は眼鏡を外すとそのまま瞼を閉じた。
 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

カフェ・シュガーパインの事件簿

山いい奈
ミステリー
大阪長居の住宅街に佇むカフェ・シュガーパイン。 個性豊かな兄姉弟が営むこのカフェには穏やかな時間が流れる。 だが兄姉弟それぞれの持ち前の好奇心やちょっとした特殊能力が、巻き込まれる事件を解決に導くのだった。

パラダイス・ロスト

真波馨
ミステリー
架空都市K県でスーツケースに詰められた男の遺体が発見される。殺された男は、県警公安課のエスだった――K県警公安第三課に所属する公安警察官・新宮時也を主人公とした警察小説の第一作目。 ※旧作『パラダイス・ロスト』を加筆修正した作品です。大幅な内容の変更はなく、一部設定が変更されています。旧作版は〈小説家になろう〉〈カクヨム〉にのみ掲載しています。

マクデブルクの半球

ナコイトオル
ミステリー
ある夜、電話がかかってきた。ただそれだけの、はずだった。 高校時代、自分と折り合いの付かなかった優等生からの唐突な電話。それが全てのはじまりだった。 電話をかけたのとほぼ同時刻、何者かに突き落とされ意識不明となった青年コウと、そんな彼と昔折り合いを付けることが出来なかった、容疑者となった女、ユキ。どうしてこうなったのかを調べていく内に、コウを突き落とした容疑者はどんどんと増えてきてしまう─── 「犯人を探そう。出来れば、彼が目を覚ますまでに」 自他共に認める在宅ストーカーを相棒に、誰かのために進む、犯人探し。

秘められた遺志

しまおか
ミステリー
亡くなった顧客が残した謎のメモ。彼は一体何を託したかったのか!?富裕層専門の資産運用管理アドバイザーの三郷が、顧客の高岳から依頼されていた遺品整理を進める中、不審物を発見。また書斎を探ると暗号めいたメモ魔で見つかり推理していた所、不審物があると通報を受けた顔見知りであるS県警の松ケ根と吉良が訪れ、連行されてしまう。三郷は逮捕されてしまうのか?それとも松ケ根達が問題の真相を無事暴くことができるのか!?

ビジョンゲーム

戸笠耕一
ミステリー
高校2年生の香西沙良は両親を死に追いやった真犯人JBの正体を掴むため、立てこもり事件を引き起こす。沙良は半年前に父義行と母雪絵をデパートからの帰り道で突っ込んできたトラックに巻き込まれて失っていた。沙良も背中に大きな火傷を負い復讐を決意した。見えない敵JBの正体を掴むため大切な友人を巻き込みながら、犠牲や後悔を背負いながら少女は備わっていた先を見通す力「ビジョン」を武器にJBに迫る。記憶と現実が織り交ざる頭脳ミステリーの行方は! SSシリーズ第一弾!

ハイブリッド・ブレイン

青木ぬかり
ミステリー
「人とアリ、命の永さは同じだよ。……たぶん」  14歳女子の死、その理由に迫る物語です。

彼女が愛した彼は

朝飛
ミステリー
美しく妖艶な妻の朱海(あけみ)と幸せな結婚生活を送るはずだった真也(しんや)だが、ある時を堺に朱海が精神を病んでしまい、苦痛に満ちた結婚生活へと変わってしまった。 朱海が病んでしまった理由は何なのか。真相に迫ろうとする度に謎が深まり、、、。

クロネコ魔法喫茶の推理日誌

花シュウ
ミステリー
★魔法使いの少女と魔法が使えない変人が織りなす、ファンタジーの皮を被った日常系ミステリー。ロジカルな思考は異世界の魔法だろうと凌駕する。そしてクロネコは今日も気ままに元気です。 ★<第3話 裏返された三角形> ★一風変わったお客様。彼が帰った後のテーブルを前に、私は首を傾げます。 「むむむ?」 ★いつもよりもちょっとだけ慌ただしいお店の中で、私が見つけた小さな違和感。気にしなければ良いだけなのに、なぜだか妙に気になります。 ★魔法喫茶の日常で、奇人変人が語り上げる毎度毎度のとんでも推理。果たして今日は、どんな世迷い言を言い出すつもりなのやら。 ★「どうだい、見えない部分にまでこだわったんだよぉ!」(リニア談) ★<第2話 書棚の森の中ほどで> ★「ごめんくださいませ」  ★大量の蔵書を誇る魔法喫茶店。本日最後にその扉を開けたのは、ちょっと一息なお客様ではなく──  ★「これでも当店は喫茶店ですので」  ★「あわよくば、私を巻き込もうとしているのが見え見えだねぇ」  ★どこぞのお嬢様が持ち込んできた、ちょっと不思議な本探し。今日も今日とてこのお店では、変人の奇天烈推理が場を荒らしまくる。  ★<第1話 役に立たない金のメダル> ★古い魔法店を改装した喫茶店。その店にはひと時の憩いを求める来店客以外にも、色々な騒動が持ち込まれる。こともたまにあるかもしれない。 ★「毎日のように給仕や司書の真似事ばかり。たまには本職のお仕事とか来ませんかね?」(魔法使い談) ★「私は魔法と言うものに縁がないらしいからね」 ★「最初の頃は、妙な魔法でも使ってるのかと勘ぐってましたね」(魔法使い談) ★お楽しみいただければ幸いです。

処理中です...