95 / 101
1964.10.10 東京タワー 2
しおりを挟む
どうやら、ここは資材置き場らしい。展望台よりは狭い窓から差し込む光が、薄暗いこのフロアの宙を舞う埃を浮かび上がらせる。
地上から見上げたとおり、狭い空間だ。円形のフロアの中央に業務用のエレベーターが設置されており、穴の空いたドーナッツのような作りをしている。
その狭い空間にはパラボラアンテナやらチューナーやら、なんだかわからない大きな塊が乱雑に置かれていて、まるで物置のようだった。狭いのが難点だが、展望台よりはるかに高い位置だ、公開したら喜ぶ客もいるんじゃなかろうかとも思ったが、今はそんなことを考えている場合でもない。
荷物の山の合間を縫って英紀は進んでいく。うっすらと埃の積もった地面には、最近使用したのだろう、複数人の足跡と、妙に新しい足跡があった。そのうちの一つは他のものに比べて一回り小さく、女性のようだった。しかもなんだか、引きずられているのだろうか、時折引っ張られるのに抵抗するかのように、ズルズルと伸びた足跡もあった。
やはり彼女はここにいて、しかも矢野に無理やり連れてこられたのだ。なぜ、という思いばかりが英紀の中に蓄積されていく。
なぜ、真理亜さんを連れ去った?なぜ、矢野、お前はそんなことをしたんだ?
フロアを半周ほどしたところで、ドン、という衝撃音が走った。ニューオータニのガラスの時のようだった。急な衝撃に、光の差し込むガラスにひびが入り、それはやがて互いに互いを食いつぶすかのように、お互いに粉々になって霧散する。と同時に悲鳴が聞こえた。ひどく怯えた声の主は聞くまでもなく真理亜だった。
「真理亜さん!」
この状況でそろそろと様子をうかがっている場合でもない。英紀は声を上げると、爆発音のした方へと難儀しながら進んでいく。
「す、菅野さん?」
英紀の声に反応して、女の子の声が響いた。混乱と恐怖の中、その声には喜びの色が混じっていた。と同時に、「菅野だと?」と、低い男の声が聞こえた。ああ、これは、聞き間違えるはずがない。かつて苦難を共にした、旧友の声に間違いがなかった。
「矢野、なぜこんなことをした?」
二人の姿を見つけた英紀が躍り出る。そこには、いつものおさげではなくポニーテールにパンツ姿の真理亜と、彼女の腕をつかみ、もう片手にバッグを抱える矢野の姿があった。
「菅野、なんでお前がこんなところに?」
矢野が驚きの声を上げた。そしてそれはやがて、なぜだか怒りの声へと変わる。
「まさか、俺の邪魔をしに来たのか?」
「お前が何をしようとしてるかなんて知らないが、僕はその人を助けに来たんだ」
「この女をか?」
「ああ。彼女から手を離せ」
「まさか、お前もグルなのか?」
「は?何を言っている?」
「やっぱり、お前もグルだったんだな、この女もだ!畜生、なんで俺の邪魔をする?ちゃんと俺は一人ででもうまくやれたんだ、ほら、こうして金だって手に入れられた」
そう言って矢野は、大事に抱えたバッグを地面に落とした。その衝撃で、中から札束が零れ落ちる。それにつられて英紀もバッグを見た。ああ、あれがメグが言っていた、青野が英紀を人質に用意させた身代金だ。
「その金は、青野が僕を人質に、真理亜さんに用意させた金だ。なぜそれをお前が持っているんだ?」
「青野だと?はっ、アイツは俺に協力してくれただけだ。あの爆弾マニアは自分の作った爆弾の威力を知りたいんだってな。おかげで俺でもこうして爆弾を作れるようになった」
そう言って矢野が、自由な方の手でポケットから煙草を取り出すと、それを咥えてライターで火を点けた。そしてろくに吸いもせず、それを英紀の方へと放り投げた。
「何をするんだ!」
慌てて英紀は意識を集中する。ボン、という音とともに小さな火炎が巻き起こり、それがこちらに向かってくる。その周りを空気中の二酸化炭素で包んでやると、やがて、炎は酸素を失って宙に消えていく。ただそれだけのことなのに、英紀の息は荒れていた。
「これも俺が作ったんだ。威力は小さいが、搖動くらいには使える。それに、お前の力を削ぐのにもな」
そう言い切る前に、今度はいっぺんに煙草を口にくわえると、それらすべてに火を点けた。そして、それを無造作に英紀の方へ投げてくる。
「菅野さん!」
「一つ一つは小さいが、数があると面倒だろう」
襲いかかる炎に苦戦している英紀に、矢野が悠々と声を掛けた。
「どうだ、大したもんだろう。いいか、何を勘違いしているのか知らないが、この金は、俺が警察の犬コロどもに脅迫状を送って用意させた金だ。お前もテレビは見ただろう?」
「なんだって?」
ようやく炎を消し終えて、息も絶え絶えに英紀は矢野のセリフを反芻する。警察に脅迫状を送っただと?矢野が?
疲労もあいまって、英紀の頭は混乱するばかりだった。それなら確かに英紀も見た。モノレールから落ちて意識を失い、ようやく回復して自宅に帰る途中だ。街灯テレビでしきりにそのニュースを流していて、まさかその後自分がその爆弾魔に捕まるだなんて思っても見なかった。
地上から見上げたとおり、狭い空間だ。円形のフロアの中央に業務用のエレベーターが設置されており、穴の空いたドーナッツのような作りをしている。
その狭い空間にはパラボラアンテナやらチューナーやら、なんだかわからない大きな塊が乱雑に置かれていて、まるで物置のようだった。狭いのが難点だが、展望台よりはるかに高い位置だ、公開したら喜ぶ客もいるんじゃなかろうかとも思ったが、今はそんなことを考えている場合でもない。
荷物の山の合間を縫って英紀は進んでいく。うっすらと埃の積もった地面には、最近使用したのだろう、複数人の足跡と、妙に新しい足跡があった。そのうちの一つは他のものに比べて一回り小さく、女性のようだった。しかもなんだか、引きずられているのだろうか、時折引っ張られるのに抵抗するかのように、ズルズルと伸びた足跡もあった。
やはり彼女はここにいて、しかも矢野に無理やり連れてこられたのだ。なぜ、という思いばかりが英紀の中に蓄積されていく。
なぜ、真理亜さんを連れ去った?なぜ、矢野、お前はそんなことをしたんだ?
フロアを半周ほどしたところで、ドン、という衝撃音が走った。ニューオータニのガラスの時のようだった。急な衝撃に、光の差し込むガラスにひびが入り、それはやがて互いに互いを食いつぶすかのように、お互いに粉々になって霧散する。と同時に悲鳴が聞こえた。ひどく怯えた声の主は聞くまでもなく真理亜だった。
「真理亜さん!」
この状況でそろそろと様子をうかがっている場合でもない。英紀は声を上げると、爆発音のした方へと難儀しながら進んでいく。
「す、菅野さん?」
英紀の声に反応して、女の子の声が響いた。混乱と恐怖の中、その声には喜びの色が混じっていた。と同時に、「菅野だと?」と、低い男の声が聞こえた。ああ、これは、聞き間違えるはずがない。かつて苦難を共にした、旧友の声に間違いがなかった。
「矢野、なぜこんなことをした?」
二人の姿を見つけた英紀が躍り出る。そこには、いつものおさげではなくポニーテールにパンツ姿の真理亜と、彼女の腕をつかみ、もう片手にバッグを抱える矢野の姿があった。
「菅野、なんでお前がこんなところに?」
矢野が驚きの声を上げた。そしてそれはやがて、なぜだか怒りの声へと変わる。
「まさか、俺の邪魔をしに来たのか?」
「お前が何をしようとしてるかなんて知らないが、僕はその人を助けに来たんだ」
「この女をか?」
「ああ。彼女から手を離せ」
「まさか、お前もグルなのか?」
「は?何を言っている?」
「やっぱり、お前もグルだったんだな、この女もだ!畜生、なんで俺の邪魔をする?ちゃんと俺は一人ででもうまくやれたんだ、ほら、こうして金だって手に入れられた」
そう言って矢野は、大事に抱えたバッグを地面に落とした。その衝撃で、中から札束が零れ落ちる。それにつられて英紀もバッグを見た。ああ、あれがメグが言っていた、青野が英紀を人質に用意させた身代金だ。
「その金は、青野が僕を人質に、真理亜さんに用意させた金だ。なぜそれをお前が持っているんだ?」
「青野だと?はっ、アイツは俺に協力してくれただけだ。あの爆弾マニアは自分の作った爆弾の威力を知りたいんだってな。おかげで俺でもこうして爆弾を作れるようになった」
そう言って矢野が、自由な方の手でポケットから煙草を取り出すと、それを咥えてライターで火を点けた。そしてろくに吸いもせず、それを英紀の方へと放り投げた。
「何をするんだ!」
慌てて英紀は意識を集中する。ボン、という音とともに小さな火炎が巻き起こり、それがこちらに向かってくる。その周りを空気中の二酸化炭素で包んでやると、やがて、炎は酸素を失って宙に消えていく。ただそれだけのことなのに、英紀の息は荒れていた。
「これも俺が作ったんだ。威力は小さいが、搖動くらいには使える。それに、お前の力を削ぐのにもな」
そう言い切る前に、今度はいっぺんに煙草を口にくわえると、それらすべてに火を点けた。そして、それを無造作に英紀の方へ投げてくる。
「菅野さん!」
「一つ一つは小さいが、数があると面倒だろう」
襲いかかる炎に苦戦している英紀に、矢野が悠々と声を掛けた。
「どうだ、大したもんだろう。いいか、何を勘違いしているのか知らないが、この金は、俺が警察の犬コロどもに脅迫状を送って用意させた金だ。お前もテレビは見ただろう?」
「なんだって?」
ようやく炎を消し終えて、息も絶え絶えに英紀は矢野のセリフを反芻する。警察に脅迫状を送っただと?矢野が?
疲労もあいまって、英紀の頭は混乱するばかりだった。それなら確かに英紀も見た。モノレールから落ちて意識を失い、ようやく回復して自宅に帰る途中だ。街灯テレビでしきりにそのニュースを流していて、まさかその後自分がその爆弾魔に捕まるだなんて思っても見なかった。
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
【完結】私だけが知らない
綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
【完結】亡き冷遇妃がのこしたもの〜王の後悔〜
なか
恋愛
「セレリナ妃が、自死されました」
静寂をかき消す、衛兵の報告。
瞬間、周囲の視線がたった一人に注がれる。
コリウス王国の国王––レオン・コリウス。
彼は正妃セレリナの死を告げる報告に、ただ一言呟く。
「構わん」……と。
周囲から突き刺さるような睨みを受けても、彼は気にしない。
これは……彼が望んだ結末であるからだ。
しかし彼は知らない。
この日を境にセレリナが残したものを知り、後悔に苛まれていくことを。
王妃セレリナ。
彼女に消えて欲しかったのは……
いったい誰か?
◇◇◇
序盤はシリアスです。
楽しんでいただけるとうれしいです。
王が気づいたのはあれから十年後
基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。
妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。
仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。
側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。
王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。
王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。
新たな国王の誕生だった。
愚かな父にサヨナラと《完結》
アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」
父の言葉は最後の一線を越えてしまった。
その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・
悲劇の本当の始まりはもっと昔から。
言えることはただひとつ
私の幸せに貴方はいりません
✈他社にも同時公開
前略、旦那様……幼馴染と幸せにお過ごし下さい【完結】
迷い人
恋愛
私、シア・エムリスは英知の塔で知識を蓄えた、賢者。
ある日、賢者の天敵に襲われたところを、人獣族のランディに救われ一目惚れ。
自らの有能さを盾に婚姻をしたのだけど……夫であるはずのランディは、私よりも幼馴染が大切らしい。
「だから、王様!! この婚姻無効にしてください!!」
「My天使の願いなら仕方ないなぁ~(*´ω`*)」
※表現には実際と違う場合があります。
そうして、私は婚姻が完全に成立する前に、離婚を成立させたのだったのだけど……。
私を可愛がる国王夫婦は、私を妻に迎えた者に国を譲ると言い出すのだった。
※AIイラスト、キャラ紹介、裏設定を『作品のオマケ』で掲載しています。
※私の我儘で、イチャイチャどまりのR18→R15への変更になりました。 ごめんなさい。
お飾り公爵夫人の憂鬱
初瀬 叶
恋愛
空は澄み渡った雲1つない快晴。まるで今の私の心のようだわ。空を見上げた私はそう思った。
私の名前はステラ。ステラ・オーネット。夫の名前はディーン・オーネット……いえ、夫だった?と言った方が良いのかしら?だって、その夫だった人はたった今、私の足元に埋葬されようとしているのだから。
やっと!やっと私は自由よ!叫び出したい気分をグッと堪え、私は沈痛な面持ちで、黒い棺を見つめた。
そう自由……自由になるはずだったのに……
※ 中世ヨーロッパ風ですが、私の頭の中の架空の異世界のお話です
※相変わらずのゆるふわ設定です。細かい事は気にしないよ!という読者の方向けかもしれません
※直接的な描写はありませんが、性的な表現が出てくる可能性があります
懐妊を告げずに家を出ます。最愛のあなた、どうかお幸せに。
梅雨の人
恋愛
最愛の夫、ブラッド。
あなたと共に、人生が終わるその時まで互いに慈しみ、愛情に溢れる時を過ごしていけると信じていた。
その時までは。
どうか、幸せになってね。
愛しい人。
さようなら。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる