1964年の魔法使い

鷲野ユキ

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1964.10.10 東京タワー 2

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 どうやら、ここは資材置き場らしい。展望台よりは狭い窓から差し込む光が、薄暗いこのフロアの宙を舞う埃を浮かび上がらせる。
 地上から見上げたとおり、狭い空間だ。円形のフロアの中央に業務用のエレベーターが設置されており、穴の空いたドーナッツのような作りをしている。
 その狭い空間にはパラボラアンテナやらチューナーやら、なんだかわからない大きな塊が乱雑に置かれていて、まるで物置のようだった。狭いのが難点だが、展望台よりはるかに高い位置だ、公開したら喜ぶ客もいるんじゃなかろうかとも思ったが、今はそんなことを考えている場合でもない。
 荷物の山の合間を縫って英紀は進んでいく。うっすらと埃の積もった地面には、最近使用したのだろう、複数人の足跡と、妙に新しい足跡があった。そのうちの一つは他のものに比べて一回り小さく、女性のようだった。しかもなんだか、引きずられているのだろうか、時折引っ張られるのに抵抗するかのように、ズルズルと伸びた足跡もあった。
 やはり彼女はここにいて、しかも矢野に無理やり連れてこられたのだ。なぜ、という思いばかりが英紀の中に蓄積されていく。
 なぜ、真理亜さんを連れ去った?なぜ、矢野、お前はそんなことをしたんだ?
 フロアを半周ほどしたところで、ドン、という衝撃音が走った。ニューオータニのガラスの時のようだった。急な衝撃に、光の差し込むガラスにひびが入り、それはやがて互いに互いを食いつぶすかのように、お互いに粉々になって霧散する。と同時に悲鳴が聞こえた。ひどく怯えた声の主は聞くまでもなく真理亜だった。
「真理亜さん!」
 この状況でそろそろと様子をうかがっている場合でもない。英紀は声を上げると、爆発音のした方へと難儀しながら進んでいく。
「す、菅野さん?」
 英紀の声に反応して、女の子の声が響いた。混乱と恐怖の中、その声には喜びの色が混じっていた。と同時に、「菅野だと?」と、低い男の声が聞こえた。ああ、これは、聞き間違えるはずがない。かつて苦難を共にした、旧友の声に間違いがなかった。
「矢野、なぜこんなことをした?」
 二人の姿を見つけた英紀が躍り出る。そこには、いつものおさげではなくポニーテールにパンツ姿の真理亜と、彼女の腕をつかみ、もう片手にバッグを抱える矢野の姿があった。
「菅野、なんでお前がこんなところに?」
 矢野が驚きの声を上げた。そしてそれはやがて、なぜだか怒りの声へと変わる。
「まさか、俺の邪魔をしに来たのか?」
「お前が何をしようとしてるかなんて知らないが、僕はその人を助けに来たんだ」
「この女をか?」
「ああ。彼女から手を離せ」
「まさか、お前もグルなのか?」
「は?何を言っている?」
「やっぱり、お前もグルだったんだな、この女もだ!畜生、なんで俺の邪魔をする?ちゃんと俺は一人ででもうまくやれたんだ、ほら、こうして金だって手に入れられた」
 そう言って矢野は、大事に抱えたバッグを地面に落とした。その衝撃で、中から札束が零れ落ちる。それにつられて英紀もバッグを見た。ああ、あれがメグが言っていた、青野が英紀を人質に用意させた身代金だ。
「その金は、青野が僕を人質に、真理亜さんに用意させた金だ。なぜそれをお前が持っているんだ?」
「青野だと?はっ、アイツは俺に協力してくれただけだ。あの爆弾マニアは自分の作った爆弾の威力を知りたいんだってな。おかげで俺でもこうして爆弾を作れるようになった」
 そう言って矢野が、自由な方の手でポケットから煙草を取り出すと、それを咥えてライターで火を点けた。そしてろくに吸いもせず、それを英紀の方へと放り投げた。
「何をするんだ!」
 慌てて英紀は意識を集中する。ボン、という音とともに小さな火炎が巻き起こり、それがこちらに向かってくる。その周りを空気中の二酸化炭素で包んでやると、やがて、炎は酸素を失って宙に消えていく。ただそれだけのことなのに、英紀の息は荒れていた。
「これも俺が作ったんだ。威力は小さいが、搖動くらいには使える。それに、お前の力を削ぐのにもな」
 そう言い切る前に、今度はいっぺんに煙草を口にくわえると、それらすべてに火を点けた。そして、それを無造作に英紀の方へ投げてくる。
「菅野さん!」
「一つ一つは小さいが、数があると面倒だろう」
 襲いかかる炎に苦戦している英紀に、矢野が悠々と声を掛けた。
「どうだ、大したもんだろう。いいか、何を勘違いしているのか知らないが、この金は、俺が警察の犬コロどもに脅迫状を送って用意させた金だ。お前もテレビは見ただろう?」
「なんだって?」
 ようやく炎を消し終えて、息も絶え絶えに英紀は矢野のセリフを反芻する。警察に脅迫状を送っただと?矢野が?
 疲労もあいまって、英紀の頭は混乱するばかりだった。それなら確かに英紀も見た。モノレールから落ちて意識を失い、ようやく回復して自宅に帰る途中だ。街灯テレビでしきりにそのニュースを流していて、まさかその後自分がその爆弾魔に捕まるだなんて思っても見なかった。
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