1964年の魔法使い

鷲野ユキ

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1964.10.10 東京タワー 1

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 さて、どうしたものか。
 ああは言ったものの、正直体力の限界だった。同じ都内とは言え、東京タワーはすぐそこに見えても近くはない。英紀は遠くに見える赤い鉄塔を睨んだ。タクシーを拾おうにも競技場周辺は人で溢れかえっているし、そもそもそこまで金を持っていない。
 失敗したな。英紀は頭をかきむしる。ズボンのポケットにつっこまれた財布の中には小銭しか入っていない。矢野は何で東京タワーまで何で向かったのだろう。金ならたくさんある。きっとタクシーを拾ったのだろう。だが道路は大渋滞だ。これならまだ、追いつく可能性はあるかもしれない。
 英紀は信濃町までとぼとぼと歩き、そこから路面電車へと乗り込んだ。道路を走る小さな電車は人でギュウギュウだったが、けれど車より優先されるこの電車は緩いスピードながら確実に目的地に向かっていく。今頃、選手たちは全員入場し終わったころだろうか。じりじりと過ぎていく時間に気をとられながらも、北青山で乗り換えて、御成門へと向かう。
 いつもは見物客でにぎわう東京タワーは閑散としていて、放送関係者が忙しなく作業をしているのが目立った。皆、きっとここから発信されるオリンピックのテレビ放送を見ているのだろう。
 本当に小百合の言うとおりに、矢野はここにいるのだろうか。券売所で入場券を支払ったところで財布の中が空になった。これでは食料を買うことも出来ない。ぐう、と鳴る腹をさすって受付嬢に青い目の女の子と男が現れなかったかと聞けば、展望台に登って行きました、との答えが返ってきた。
 矢野と真理亜はここにいるのだ。ほっとした反面、それを信じたくない気持ちを抱きながら、英紀はエレベーターへと乗り込んだ。
 大展望台で降ろされ、英紀は慎重にあたりに目をやりつつ一周したものの、まばらな観光客が明治神宮の方を一生懸命眺めているぐらいだった。確かにここからなら望遠鏡を使えば開会式の様子がうかがえるかも知れないが、それならテレビで見たほうが鮮明だ。
 けれどそれ以外に人影もなく、真理亜はおろか、矢野の姿も見当たらない。二人はどこへ、と思ったところで、展望台へ上がってきたエレベーターとは反対側に、柵に囲われた業務用のエレベーターのランプが点滅しているのに気が付いた。
 ――まだ上があるのか?
 良く考えればそうだろう。電波塔としての役割を果たしているのは、展望台のさらに上、尖った塔の先端だ。そういえば、と英紀は思い出す。あの槍のようなアンテナと鉄塔を繋ぐ間に、何か空間がありやしなかったか。
 受付嬢は、二人は展望台に上がったと言っていた。だが二人はここにはいない。考えられるのは。降りたか受付嬢が嘘を言ったのか、あるいはさらに上にあがったかだ。何が狙いか知らないが、わざわざ展望台に上がって、景色だけ見て帰りました、とはならないだろう。周りに誰もいないことを確認すると、英紀は柵を乗り越えてエレベーターへと乗り込み、地上223メートルへと降り立った。
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