1964年の魔法使い

鷲野ユキ

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1964.10.10 開会式 選手入場 5

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 菅野の恨めしい視線を浴びながらも悠々と歩いていく青野に、座席から掛けられた声があった。厳つい身体を、秋だというのにタンクトップ一枚に包んだ、まるで選手のような出で立ちの男だった。
「赤崎主任?」
 英紀はその姿を認めて呟いた。あの姿は見間違うわけがない。
「開発部がここで何をやっている。開発部は電波受信がうまくいくか確認するために、東京タワーで待機しているはずじゃなかったのか?」
 腕を組みたしなめる姿は、部下を注意している時のいつもの主任だった。だがそう言う彼は呑気にオリンピック観戦に来ているので、あまり説得力がない。だがこれはチャンスだ。英紀は思った。元士官で、今も現役並みに鍛えている赤崎主任だ。彼なら、アイツを捕まえることが出来るかもしれないぞ!
「赤崎主任!」
 英紀は残った力を振り絞って叫んだ。
「そいつを捕まえてください!そいつが、開発部の資材を盗んでいた犯人なんです!」
 驚いた赤崎が声のする方を向き、そこでぐったりとしている菅野の姿を認めた。
「菅野!お前、社長の娘さんはどうしたんだ、何を会社をサボって、堂々と浮気なんてしてるんだ!」
 どうやら主任はメグと一緒にいる菅野のことをそう思ったらしく注意したものの、「いや、そんなことより、コイツが窃盗犯だっていうのは本当か?」
 と目の前を横切ろうとした青野を睨みつけた。
「そうです、資材を盗んで爆弾を作り、社長の家を爆破したのはそいつです!」
「なんだと!おい、お前!」
 もはや悠々と歩く余裕も無くなった青野が、これはマズイとばかりに駆けだした。けれど赤崎があっという間に追いつくと、必死の抵抗を見せる青野をわけもなく押し倒し、腕を後ろに掴んでひねりあげてしまった。
「これでいいか?」
「はい、ありがとうございます」
 メグに身体を支えてもらいながら、英紀は赤崎と捉えられた青野の元に来た。青野は地面に押さえつけられながらも騒いでいる。けれどそれも、喜びに沸く人々の声にかき消されてしまって聞き取れない。メグが地面に転がる元恋人をひと蹴りするとそれも収まった。
「ええと、それで俺はコイツをどうすればいいんだ?」
 赤崎が、厄介なものを捕まえてしまえたとばかりに、顔をしかめて英紀に問う。するとメグが大事に抱えていたリュックから、ロープやらガムテープやら、なにやら物騒なものを取り出した。どうやら青野を捕まえるというのは本気だったようだ。
「これで逃げないようにグルグルに巻いてやってください」
 親切にそれを赤崎に差し出すと、「とりあえず縛ればいいんだな」と、とりあえずどころか丁寧にみっちりと青野の腕を縛る。
 これで一安心だ。英紀はほっとした。なぜ青野が放り投げた爆弾が爆発しなかったのは英紀にはわからなかった。他の誰かが、自分と同じような力を持つ人間が助け舟を出してくれたとしか思えなかった。だがこんな気味の悪い力、他に使える人間がいるのだろうか。
 いるのならばぜひ、話してみたい気はしたが。
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